両片想い
二人がお互いに愛し合っていると確信が持てた日々は、実はそう多くはなかった。
「そういうのを『両片想い』と言うんですよ。まったく面倒くさいったらありゃしない」
城の近所に店を構える、未亡人のミリアが、腰に手を当てて仁王立ちで言い放った。
「りょ、両片想い?」
リューンが頭を掻きながら、訊き返す。
「そうですよ。お互いがちゃんと相手のことを好きなのに、気持ちがきちんと伝わっていないんです。お二人を見ていると、私なんかはもうじれったくてじれったくて……リューン様っっ、あなたが何とかなさらないとっっ」
「お、俺は、その……ムイが俺を好きになってくれれば、嬉しいに越したことはないのだが、」
照れながら言うと、ミリアは更に声を上げた。
「だからもう、その段階はとっくの昔に超えているんですっっ」
「そ、そうか?」
ミリアの声に驚いて、リューンが手を添えていたティーカップがガチャと音を立てる。
「あなた達は、もうどこからどう見ても完璧な『両想い』なんですから、自信を持ってくださいっ‼︎」
仁王立ちをやめて、ブツブツと言いながらミリアは商品を並べ始めた。けれど、直ぐに手を止める。
「リューン様。あなたがそんなんじゃ、ムイが可哀想です」
「え、」
リューンが顔を上げる。
「ムイはリューン様を心から愛しているんです」
「そ、それが本当なら、すごく嬉しいんだが、」
「リューン様のお側にいたい、ってのがムイの口癖です。以前、リューン様に好きな人ができたって時があったでしょ。あの、いけ好かない女のことですよ」
「ユウリのことか? あれは別に好きとか、そういうんじゃなく、国王陛下の姪だからと、」
「その時も、」
ミリアが、リューンの言葉を遮って続ける。
「その時も、ムイはリューン様の側にいたい、と言っていました。普通はできないでしょう。愛する人が他の女と結婚してですよ、その二人の姿を側で見続けるなんてこと」
「あ、ああ。できない、と思う」
「そんなにムイの愛が信じられませんか?」
「……そうだな。俺が信じてやらないとムイが可哀想だ」
「それにですよ、リューン様だって、」
ミリアが話すのを、今度はリューンが遮った。
「ああ、わかっている。ムイにも信じてもらわねば」
(……俺がムイをどれだけ深く愛しているかを)
言葉にするのは気恥ずかしくてできなかったが、その時、心で強く思った。
そして今。
ムイの髪に顔を埋めたまま、後ろから抱いた両腕に力を込める。
(俺の愛が伝わるように、)
ムイの黒髪に何度もキスをする。
(信じてもらえるように、)
「愛してる、ムイ、愛してる、」
何度も繰り返し、次には首筋にキスをした。
その時。
カタカタと震える身体。それに気がつくと、リューンの腕の力が一気に抜けていった。