合わない視線
(ムイはなぜ、俺を見てはくれないのだ)
ムイの様子がおかしいとジュリが気づく前から、リューンはそう思っていた。
言葉も発しないし、いくらムイに話しかけても視線が合わないのだ。
(以前は、あんなにも熱い眼差しで、俺を見てくれたというのに)
一緒にベッドに潜り込む時、ムイは恥ずかしがりはするが、とろんととろけるような瞳で、自分を見つめてくれた。
その視線がリューンの身体を熱くし、そして深い愛情を与えてくれた。
「ムイ、俺を見てくれ」
天井を見たままのムイが、そのままそっと目を閉じる。そして、いつも眠ってしまうのだ。
「良いよ、眠りなさい。しっかり治してからで良い。傷が癒えたらで良いんだ。そしたらまた、俺の名を呼んでくれ」
手を握った。
初めのうちは、そうされていた。
けれど途中から、ムイから手を離すようになった。
その離し方。逃げるように引っ込められる。
リューンは、ムイが自分から離れていくのではないかという不安な気持ちを持った。
(……明日には、良くなるはずだ)
けれど、一向に状況は良くはならず、むしろ悪くなっているのではと、リューンは何度もそう思った。
「何も、覚えていないのかもしれません」
「ルアーニ、どういうことだ?」
「記憶を失っているのかも、ということです」
「なんだって、」
「頭を強く打っていますし、こういうことはままあることで。失った記憶が戻ることもありますし、永遠に戻らないこともあります」
「どうして、そう思う?」
「ムイにとって、今回の事件は辛い思い出となったはずです。意に沿わないことを無理矢理に押しつけられたわけですからね。それに……」
ルアーニは、盛大にため息をつきながら、続けた。
「これはムイがわかっているかどうかはわかりませんが、シバというムイの友人が、ムイを庇って死んでいます。知っているのなら、それもショックだったことでしょう」
「ムイはリューン様が不在の間に、このリンデンバウムを蹂躙してしまったことを酷く、後悔していました。あの小さな胸を握り潰すくらいの、大きな罪悪感を感じていたのだと思います」
そうローウェンが挟んだ。
リューンの握ったこぶしが震えだした。
「ムイ、何という辛い思いを……俺が、不用意にもブァルトブルグに行ったばかりに」
涙が頬を伝った。
リューンはもう人前で涙を見せることに抵抗がなかった。それほど、リューンの人生は、悲しみや苦しさに見舞われていたのだ。
「辛い記憶を消してしまおうとするのは、人間の防衛本能によるものです。どうか、ムイを責めることはせず、記憶を取り戻す助けとなってあげてください」
「……そうだな、わかった。ムイは俺が守る」
その場の誰一人、異を唱えなかった。