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目覚めて


「……シ、バ、」


力の入らない唇を動かし、なんとか声を出す。


目の前には高く高く青い空が見えているが、その視界の端に、ついさっきまでそこにいたはずのバルコニーの手すりが映った。


けれど、すぐに視界はぐるぐると回り出し、ムイは目を瞑らざるを得なかった。


背中は、温かい体温に包まれている。


誰かに庇われたとわかっていても、それがシバだとわかるまで、少しだけ時間がかかった。


「ム、イ、」


どこかから聞き覚えがある声。それがシバのものだと、その時知った。


「……私の、歌姫、」


そして、声は聞こえなくなった。


✳︎✳︎✳︎


「ムイ、ムイっっ‼︎」


リューンの声が、廊下にまで聞こえてきて、ローウェンがその部屋の中へと飛び込んだ。


一週間ずっと眠り続けていたムイの目が薄っすらと開いている。傍で、リューンがムイの名前を呼び続けていた。


ローウェンは廊下へと飛び出すと、早歩きで歩きながら叫んだ。


「ルアーニ、ルアーニ、ちょっと来てくれっ」


廊下の先の小部屋から、城の侍医であるルアーニがドアを開けて出てくる。その姿を見たローウェンが、いち早く手を振りながら叫んだ。


「ルアーニっ。ムイの意識が戻ったぞっ」


鉄面皮で通しているローウェンの、言葉に加え足取りまでも跳ねているのを、この時、自分でもわからないほどに、ローウェンは興奮してしまっていた。


✳︎✳︎✳︎


「ムイ、ムイ、良かった、目を覚ましたんだな」


リューンはムイの手を握りながら、涙を流していた。


「ムイ、良かった。本当に良かった」


目覚めたムイは、そう繰り返すリューンの顔をぼうっと見ている。ムイの目は半分開いてはいるが、その瞳の焦点がなかなか合わないのを、リューンは少しもどかしく感じた。


「俺がわかるか? ムイ?」


そっと頬を撫ぜて、額に手を当てる。


「ムイ、なんとか言ってくれ。頼む、お前の声が聞きたいんだ」


背後でドアが開き、バタバタと足音がする。


「リューン様、少し横へ。ちょっと、失礼」


ルアーニが聴診器を片手にベッドの側に立った。毛布をめくり、ムイの寝間着に手を掛ける。


「リューン様、少し外へ出ていてもらえませんか? ローウェン殿もです。直ぐにお呼びしますので、廊下でお待ちください」


「あ、ああわかった」


結局は、ムイの声を聞くことができず、不安を残したまま、部屋を出た。


廊下でうろうろと何往復もしながら、リューンは待った。


「それにしても、意識が戻って良かったです」


ローウェンが珍しく、興奮している姿を見せている。それほどに、ムイの目覚めは、皆に渇望されていた。


第二の首謀者として捕らえられたユリアス神父は、彼の父親、つまりは先代の時代から、教会至上主義の危険思想の片鱗を見せていて、周りはそれを遠巻きに見ていたらしい。それは今回の事件の現場検証において、彼の書いた書物や日記からも窺い知ることができ、彼の謀反の証拠はそれで決定的となった。


第一の首謀者であるハイドが仕えていたリアン宰相は、その責任を取らされて罷免されたが、リューンを軟禁していた事実がソフィア妃殿下の口から漏れたのか、さらに刑を課せられるところを自分は無関係だと抵抗している。


そして、ムイは。


リューンと父親との二人を盾に、ハイド、ユリアスに脅迫された末の行為として、秘密裏に不問とされた。


ムイの歌姫の名誉は未だに続き、リューンはそこにこの上ない国王のムイへの執着を見た気がした。


(けれどもう、ムイを手離しはしない。ずっと側にいるのだ。リンデンバウムの領主としてではなく、ムイの夫として)


ガタンと音がして、中からルアーニが布で手を拭きながら出てくる。

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