美しい花たち
シバは薄っすらと微笑んでいた。
「シバ……?」
「いるよ、最愛の人」
「誰なの?」
「それはね、」
シバは、哀しそうに顔を傾げた。
「……ムイ、あなたなの」
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「ねえ、団長、聞いてよっ。またムイってば、花束を貰ったのよ。ムイにばかりで、ちょっと不公平じゃない?」
シバが心底、不満そうに言った。
国王陛下直属の楽団「パロール」をまとめ上げる代表であり指揮者でもあるレジーナがケースの中に、慇懃に指揮棒を仕舞った。
「不公平って言ったってねえ。ここじゃ歌うたいのムイが目立っちまうのは仕方がないことさ」
レジーナが髪留めを取って、ばさりと髪を落とした。緑がかった黒髪にまとめ上げていた髪型の癖がついて、波のようにうねっている。
歌姫ムイの人気はさることながら、この美人指揮者の人気も高く、二人を目当てに遠方から一日をかけてやってくる客もいるほどだった。
艶のある髪が、レジーナの妖艶さを引き立てている。
レジーナは、その自慢の髪を手櫛で何度かとぐと、指揮棒ケースを取り上げてカバンの中へと丁寧に入れた。
「でも団長、私の二胡も大したもんでしょ?」
「ああ、あんたの奏でる二胡の旋律は、人の琴線に絶妙に触れてくるんだよ。あんたあっての、ムイだね」
さっきから二人のやりとりを苦笑いで聞いていたムイが、靴を履きながら声を掛けた。
「そうよ、シバ。あなたあっての、私よ」
シバは、嬉しそうな顔をすると、「そうよねっ」と胸を張って自慢げに言った。
「いただいた花束をみんなで分けましょう」
ムイが言うと、楽団の女性の団員たちが寄ってきて、歓声をあげる。
「綺麗な花ね」
「本当に」
「こういうのは男に直接、貰いたいもんだわ」
皆がちらっと後ろを見やる。
そこには男性の団員がたむろしていて、楽器を置いたままテーブルを取り囲んで、カードに興じていた。
「俺らに期待すんなよ」
「そうだそうだ、恋人にでも貰ってくれ」
わははと囃し立てると、女性の団員たちがそれに応じた。
「バカね、期待なんかするかっての」
「そうだそうだ」
プイッと顔を戻すと、花を分け始める。
「でもいいなあ、ムイは。こんなにもたくさんの男に言い寄られて」
「よりどりみどり、選びたい放題だね」
「ムイはちょっとヌケてるところがあるから、ちゃんと品定めしないとダメだよ」
次々に言ってくる言葉を笑いながら受け流し、ムイは花を分けていった。
「ねえ、ムイには好きな人がいるんだよね?」