王妃ソフィア
ベッドの上で少しだけ、うとうととしていると、廊下のドアの前がにわかに騒がしくなり、リューンは目を開けた。
耳をすますと、何やら甲高い声と低い声が交わされている。
ドアの前には衛兵が二人、常時立っていて、リューンを見張っているはず。
その中に混じって、女性の声がしているのを、リューンは耳に入れた。
(何だ、)
壁にかかっている時計を見る。針は夕方近くを指していた。
「そこを退きなさい」
女性の、興奮を含んだ声を聞いて、リューンはドアへと顔を戻した。
(……一体、何を騒いでいるのだ)
ドアにはカギは掛かっていない。無理にも逃げ出そうとはしないリューンに安心したのか、見張りはいるものの、途中からはカギは掛けられなくなった。
すると、バタンっとドアが開いて、衛兵の荒げた声が部屋へと飛び込んできた。
「お待ちください」
「妃殿下っ」
リューンがさっと立ち上がると、一人の女性がゆっくりと入ってきた。
そして、お入りにならないでください、と制しようとする衛兵を追い払うかのように、後ろ手にドアをバタンと閉めた。
「リューン様でいらっしゃいますね。少しだけ失礼致します」
頭を軽く下げる。
肩をさらさらと流れ落ちた長い黒髪は、このように薄暗い部屋の灯りでも、艶を放っている。その黒髪があまりに印象的で、リューンは目を見張った。
薄い水色に染めたドレスの裾が、絨毯の上で擦れる音がする。そんな衣擦れの音がさらりと耳に入ってきて、リューンは思わず片膝を屈した。
「妃殿下、初にお目にかかります」
リューンが深く頭を下げた。そして、そのまま見上げると、ソフィアは手を前に重ねて姿勢良く立っていた。
再度、頭を下げる。
「リューン様、突然のこのような訪問、大変失礼致しました」
リューンが立ち上がって、部屋のソファを勧めると、ソフィアはすっと座り、足を横で揃えた。
ソフィアが手を差し出して、そ、と自分の前に置いてある一人がけのソファを指し示す。
リューンは、促されるまま、そこへ大人しく座った。
「リンデンバウム領領主、リューン様。お噂はかねがねお聞きしております」
「はい、」
「この度は、ムイとのご結婚、心から祝福いたします」
心にじんときた。国王陛下の近しい人間に、祝福されるとは思わなかったからだ。
リューンが、ソフィアをじっと見る。美しさは気高いものであり、その佇まいには品が感じられる。このような質素な小部屋であっても、高貴な空気は淀まない。
(さすが、国王の奥方だ)
思いながら、慇懃に礼を言う。
「ありがとうございます」
「それはそうと、」
急いでいる、というように慌てて話を進めながら、ソフィアが眉を歪ませた。みるみる悲哀の表情に変わっていく。
「このような場所にこのように閉じ込めるとは……」
「そのことですが、なぜここが?」
リューンが尋ねて、ソフィアが答えた。
「わたくしの側近は、城一番の情報通ですの」
歪ませた表情のまま、口角を上げた。
「捕らえられており、身動きが取れません」
「わたくしからリアン宰相にご説明をさせていただきます。ですから、リューン様はわたくしと一緒においでになってください」