魂で歌う
「まさか、このようなことになろうとはな」
心の底からの悔しさを抑えずに、ローウェンはそう吐き捨てた。吐き捨てたはいいが、最悪な気分は癒されるどころか酷くなる一方で、ローウェンには珍しいことであったが、今朝のうちに頭痛薬を処方してもらい飲んだくらいだった。
「……くそっ」
手を額に当てる。冷や汗が出ているのだろうか、手のひらがしっとりと薄く濡れる。
教会の階段。手すりを掴みながら、ふらつく身体をなんとか保ち、鉛のように重い足を一段一段進める。
「領主の留守を預かる執事としては、失敗ばかりだ」
階段の途中で足を止めた。
「こんなにも早く、あいつが人を集めるとは……いや、違う」
心の中で思う。
(ムイだ、ムイの力だ。こんなにも大勢の観客を、)
教会の裏手にあるバルコニーの前には、人がごった返している。結婚式では立ち入り禁止にした墓地も、今回ばかりはそうも言ってはおれず、教会の全ての敷地を解放した、と神父のユリアスが息巻いていた。
今日は結婚式後、ムイの歌を披露する初めての日となる。
情報は人々の口から口へと伝わっていき、開始二時間前だというのに、大勢の観客が教会へと押し寄せてきた。
(こんな大事にリューン様がおられぬとはっ)
芸ごとには無関心のローウェンでも、この盛況ぶりには舌を巻くしかできない。
そんな歌には疎いローウェンでも一瞬、ムイの歌を受け入れたことがあった。
リューンとムイの結婚式。
あの時、ムイの歌声に聴き惚れてしまった自分がいて、こっそり細く息を吐いたのを覚えている。
(心底、素晴らしい歌声だ。「感動」とも違う……奥底にある何かを揺さぶられるのだろうか)
「魂だ」
野太い声に振り返ると、階下にハイドが立っている。ハイドは片側の口角を器用に上げながら、笑った。
「魂を揺さぶられるのだ」
その言葉を聞いて、口に出ていたか、と苦く笑いたい気分になったが、ローウェンはそれをせず、言い返した。
「ユリアス神父はどちらに?」