すべては、夢
全てが夢であったのだろうか。
ムイが目覚めた時、側にリューンは居なかった。
まさかの出来事だった。
「リューン様……?」
毎日の日課にしているバラ園の散歩に出掛けているのだと思った。けれど、いつまで経ってもリューンは戻らず、いつも書類にサインをしている書斎にも、ムイとの大切な場所である白いガゼボにも、そしてマニ湖を望む秘密のバルコニーにも、その姿はない。
ムイは、必死になって城中を駆けずり回った。
「ローウェン様……リューン様はどこへおいでですか?」
何度尋ねてもローウェンは、その答えをはっきりと言わず、言葉を濁すだけで色よい返事は返ってこない。珍しいそんなローウェンの態度で、ムイはこれはただ事ではないという予感を抱えて、ローウェンに迫った。
「どうかお教えください、ローウェン様」
「ムイ、先ほども言ったが、リューン様は領地の様子を見に、旅に出ておられる。仕事なんだよ」
「それは、本当なのですか?」
「お前は知らないだろうが、領民に請われて領地を見にいくことは、ままあることなのだ」
「いつ、お戻りに?」
「わからない、けれどそう長くはないはずだ。お前はリューン様がお戻りになるまで、歌の鍛錬でもしているといい。来年の祈りの祭りの時にはまた、歌を披露してもらいたいからな」
「……私に何も仰らずに、……」
ムイが眉根を寄せながら、不安そうに呟いた。
「急な要請だったから、言い出しにくかったのだろう。さあ、もう良いか? お前は押し花の仕事を再開したいと言っていたはずだ。準備に時間もかかるだろう、すぐに取り掛かった方がいい」
「……はい、」
不安しかなかった。リューンが消えてなくなってしまったような、そんな感覚があった。
(リューン様は、どうして何も仰らずに出かけられたのか……)
耳に残るリューンの言葉。
『ムイ、お前は俺の妻だ。愛してる、どうか、ずっとこのまま俺の側にいてくれ』
ムイは、部屋へと戻り、ベッドの中へと潜り込んだ。
ひとりで眠る夜。
これからはいつも一緒に居られると信じて疑わなかった心に、のし掛かってくるのは、寂しさと不安。
(リューン様、早くお戻りください……)
けれど、いつまで待っても、リューンは城へ、ムイの元へ、戻ることはなかった。