守るもの、守られるもの
「ムイの父親が、ブァルトブルグ城に? それは本当なんでしょうか」
ローウェンが片眉を上げて、言い放った。
「ハイドといういけすかない奴がそう告げてきたのだ。父親を人質に取って、ムイを寄越せと言っている。国王陛下から何かの打診があるであろうとは思ってはいたが、このように早く使いを寄越してくるとは」
「収穫祭の夜の、あの騒動は大いに話題になりましたからね」
「あれはまあ、そうだろうな……」
「ロマンチックな恋愛話としても、大袈裟に飾り立てられて伝わっているようですからね。噂好きの奥方様が国王陛下の耳にでも入れられたのでしょう」
「なんだ、それは?」
「知らないのですか? リンデンバウムの名を握る領主と名を持たぬ歌姫の大恋愛の巻、ですよ」
「そんな噂話が立っているのか」
「何を仰っているのやら。あんな大勢の観客の前で、こちらが見ていられないくらいの熱い抱擁を交わしていた当の本人が、そのようにおとぼけになるとはね。それに、」
リューンには何も言わせないと、息をつかずに言い切った。
「単なる噂話ではありません。収穫祭での大団円は、紛れもない真実の愛ですから」
「ろ、ローウェンっ、もういいっ」
リューンが慌てて、制しようとする。
「とにかく、」
ローウェンが、んん、と喉を鳴らした。
「取り敢えず、ここは相手の出方を見ることにしましょう。私もブァルトブルグにいる友人に、陛下がどのような様子なのかを訊いておりますゆえ」
最後に一言だけ言うと、さっさと部屋を出ていってしまった。
その澄ました態度が癪に触りはしたが、「けれど、ローウェンの言う通りだ」と呟くと、ベッドの上にごろっと転がり目を瞑った。
「……今は様子を見るしかない」
それでも……とリューンは額に手の甲を当てて考える。
(ムイは……ムイは俺が守る)
何度もそう繰り返しては、リューンは心を固めていった。