宰相の使い手ハイド
「あの、リューン様、これは、いったい、」
ベッドの上に寝かされて、そしてその上からリューンが覆いかぶさってくる。両の手首は頭の上で押さえられ、動くことができない。
「さあ、言え。さっきの男は一体誰なんだ?」
ムイは息のかかる距離にあるリューンの顔を、まじまじと見た。
「……あの方は、国王陛下の宰相の一人、リアン様の使い手の方です」
「使い手?」
リューンが眉根を寄せて、問う。
「はい、リアン様の手足となって行動される方です」
「それが、お前に何の用だ。まさか、国王に言われて、この結婚式をぶち壊しに来たのではあるまいな」
「いえ、違います」
ムイは、ほう、と溜め息をついた。
「私の名前を、手に入れようとしているのです」
「お前の真の名前を、か」
「はい。ハイド様には私がブァルトブルグ城にいる時から、声をかけられておりました。リアン宰相のお役に立つように、と。私が断ると、とても恐ろしいお顔をされるので、私は苦手に思っておりましたが」
「だが、お前の真の名前はもう、」
「はい、もう捨てました。覚えてもおりません。なので、何の力もありません。ハイド様にもそう伝えました。もうブァルトブルグ城にお戻りになったかもしれません」
「そうか、それなら良いのだが」
リューンが退いた。起き上がると、そのままムイの足をさする。
「捻ったところは大丈夫か?」
優しい声に、ムイも半身を起こしてから、「大丈夫です」と言う。
リューンがさすった足を見ると、少し腫れて熱を持っているようだった。
「薬を持って来させよう」
ベッドから立ち上がり、部屋から出ていった。廊下でローウェンを呼ぶ声が響く。
ムイは、ごろんと横になると、目を瞑った。脳裏に蘇るのは、ハイドの不気味な笑顔。
(……このまま何ごともないといいけれど)
ムイは結婚式の疲れもあってか、戻るリューンを待たずに、そのまま眠ってしまった。