結ばれた唇
声が出せなくなったのは、13歳の時だった。
それまでは、この子は口から生まれた子だと、皆がそう言って笑ったぐらい、お喋りな子どもだったらしい。兄弟より先に口を出したいと、競って喋っていたことを、自分でも覚えていた。
誰にでも人懐っこく話し掛け、愛嬌もある。ムイはそんな子どもだった。
ムイの家は、畑でできた野菜や果物を町で売って食糧や金にし、それで生活していた。毎日の生活で精一杯の家は貧しく、ムイやムイの兄弟たちも家の農作業を手伝い、毎日ヘトヘトになるまで働く。そんな状況だったため、もちろん勉学などというものには、まるで縁のない生活だ。
「ねえ、今度は何を植えるの?」
ムイが訊くと、父親が次は里芋だと答え、母親もちゃんとお前も手伝うんだよ、と言う。
「ユン兄ちゃんが時々、土をほぐさないうちに、種芋を植えちまってるよ」
「あ、こら‼︎ お前、告げ口なんて卑怯だぞっ」
「だって、ズルしてるんだもん‼︎」
まだこの頃には、家族で冗談を言って笑い合う余裕があった。
けれど実際には、何か一つでも問題が起これば、途端に立ちゆかなくなるという、綱渡りの生活だったように思う。
それを証明するかのような、突然の母親の病死。
死んだ母親も労働力の一人だったこともあり、毎日の食事もままならないほどに困窮してしまった。
十分に食事を摂れなかったその時の栄養失調と重労働によって、兄弟は無理がたたって足や腕を動かすのも、ままならなくなる。
そしてその時。
ムイは言葉を失った。
「……おなか、すいた」
それが、絞り出すように言った、最後の言葉だったことを覚えている。その後は、何とか声を取り戻そうとしたが、それも叶わなかった。どうやって自分が口から生まれた子どものようにお喋りをしていたのかも、もう分からない。喉や舌の使い方も、忘れてしまったかのように動かなかった。
これ以上この生活を続けても、家族全員、死を待つだけだ。そう悟った父親は、兄弟を他所にやり、ムイも同じように父親の知り合いという家族の元に預け、そしてどこかへと去ってしまった。
「お前の父ちゃんはお前をここに捨てて、どっかいっちまったぞ。こんなことされちゃあ、うちも困るってのに……おい、泣くんじゃねえ‼︎ こっちが泣きてぇぐらいだっての‼︎」
そして、3年。その家で子守りや家事などをし働いた。けれど、その家でもとうとう食うにも困るようになり、このリンデンバウム城へと連れてこられた、というわけだ。
「悪いが、お前は他所へ行ってくれ」
「…………」
「リンデン何とかの領主さんなら、雇ってくれるだろうってな」
隣町で取引のある仲買人に聞いたらしい。
「まあ、色々といわくつきのお城らしいが、食うには困らねえ」
そう言われて、正確なのかどうか怪しい手書きの地図を渡され、家を追い出された。その地図を片手にとぼとぼとと歩いていると、育ての男が追い掛けてきて、一緒に行ってやると言う。
「道に迷っちゃいけねえからな」
へへへと頭を掻いているが、ムイには金をせびるつもりだということは分かっていた。昨夜、男の妻が大きな声で「売っちまえばいいんだよ、少しでも金になりゃ儲けもんだろ? あんたは本当に、そういうとこが頭が回らないっていうか、バカだねえ」と言っていたのを聞いていたからだ。
城へ行くのは嫌だったが、この意地悪な夫婦の元にいるのも嫌だった。
(良い領主様だといいな)
ムイは心の内でそう願うと、城までの長い道のりを、育ての男に頭を叩かれながらも、歩き続けた。