表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

159/205

不気味な微笑み


ムイが後ろへと一歩、下がる。それに合わせるように、男は歩き出し、ムイへと向かってくる。あっという間に詰め寄られて、ムイが身を翻そうとしたところで、身体を奪われてしまった。


「ムイ、会いたかったぞ」


「お、お離しくださいっ」


太い腕が身体を拘束し、ムイには身動きが取れなかった。


「ムイ様っ」


ユリアスが手を伸ばして駆け寄ろうとすると、ムイの身体をひょいと肩に乗せ、男はひらりと後ろへと下がった。


ムイは一生懸命、男から身体を離そうともがく。


「お離しくださいっ」


「ムイ、お前はどうしていつも俺から逃げようとするのだ」


「そのようなこと、……ハイド様、お願いです。降ろしてください」


「相変わらず、お前は軽いな」


ムイを抱え直すと、男は目を細くして、にやりと笑った。


「ハイドさまっ、私はもう、ムイ=リンデンバウムとなりました。名前も新たにいただいたのです。あなたの思うようにはまいりませんっ」


叫んだ。ありったけの声を上げて。


すると、その言い方で男の怒りを買ったのか、地面にどさっと落とされて、ムイは腰を地面に打ちつけた。その拍子に、足首に痛みが走る。


「ふはは、そんなことは関係ない。お前の真の名は、俺が握っているのだからな」


にやと笑う不気味な顔に、ムイの心臓がざわっと騒いだ。胸を手で押さえる。


「真の名はもう捨てました。もう覚えてもおりませんっ」


「国王陛下は騙せても、俺は騙せないぞ」


「騙すも何も、本当に覚えていないのです‼︎」


身体の奥底から声を出し叫んだ。あちこちに痛みがあるが、構ってはいられないと、ムイは大声を張り上げた。


「もう私はただの女に過ぎません」


「……ならなぜ、リューンはあんなにも必死になってお前を捕まえようとしているのだ?」


「私がただの女だとしても、リューン様は私を、」


「愛しているからだ」


声がして振り返ると、我慢していた涙が、ムイの目から散った。


「リューンさま、」


リューンが大股で歩いてくる。その威厳に慄いたのか、男が身じろぎ後ずさった。


「お前は何者だ」


「…………」


「何者だと訊いている」


「…………」


「俺の妻に何をした」


腹の底からの低い声が、不気味な雰囲気の漂う墓地に響く。


けれど、男は無言を貫き通した。


そしてその内、男は踵を返して、墓地を出ていった。


「ムイ、大丈夫か?」


リューンが手を伸ばしてくる。ムイはそれにしがみつくようにして、支えられた。


「ん、」


足首に痛みが走る。それをぐっと堪えるが、ぐらりと身体は倒れようとしている。


「ムイ、無理をするな」


ぐいっと腕を引っ張り上げられ、身体を抱き上げられる。ムイを抱き上げたまま、リューンは大股で墓地を抜けていく。


遠目に見ていたユリアスが、「ムイ様、大丈夫でございますか?」と、慌てふためいた顔で駆け寄ってくる。


「このような目に遭わせてしまい、申し訳ありません。ムイ様のお仲間の方が、まさかあのような暴力を振るうとは思ってもみませんでした」


「ユリアス殿が使いの者を寄越してくれて良かった。ムイ、あの男は何者なのか、後でゆっくりとお前に問うぞ」


リューンの厳しさを含む声よりも。


(どうしよう、ハイド様はまたやってくるだろうか)


『お前の真の名は、俺が握っている』


不安は大きく膨れ上がるようにして、ムイを巻き込んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ