思い出にまみれて
ムイは、国王が姿を消すと、ふうっと安堵の息を吐いた。それでもまだ緊張は続いている。ライアンと、苦く笑いを浮かべているシーア=ブリュンヒルドを見て、唇を結ぶ。
「ムイ、大丈夫か?」
ムイを気遣うライアンの声も遠くに聞こえるような気がしたが、ムイは必死で自分を保った。ここで気を失うわけにはいかなかった。
それが、国王との初めての対面だった。
ムイが少しの間、そうして回顧していると、シバが話し始めた。
「それから、ムイはパパッと王妃ソフィア様のご病気を治しちゃって。私たち楽団の者もみんな驚いていたけど、陛下が一番びっくりなさっていらっしゃったわね」
ムイは、こくんと頷いた。シバが続ける。
「実はムイが喋ることができると聞いて、陛下の怒りを買ったじゃない。でも、そう告白したのがソフィア様を治した後で良かったと、胸を撫で下ろしたもの」
「そうね、陛下を怒らせたら、生きて帰れないくらいだもの」
「うそうそ、そんな暴君じゃないわよ。ムイだって相当、可愛がられていたじゃない。それに、こうして結婚だって」
慌てて口を噤んだシバを見て、ムイは苦笑した。
「ふふ、」
国王に許されていないということは、重々承知だった。
楽団に在籍している間、何度もリンデンバウムに帰りたいと懇願しても、だめだ、許さんの一点張りだった。
だから、ローウェンが画策し、トレビ領主の次女サリー=トレビアヌの心の病を治すという理由で、遠出の外出を許可してもらえたことを、ムイは一生忘れないと思った。
最初は、ひと目だけでもリューンの姿を見られればいいと思っていた。リューンがサリーと結婚することとなるとしても、それでももう一度だけ、リューンに会いたいと思った。
その機会が与えられたからこそ、ムイはリューンと再会し、お互いへの強い恋慕によって、結ばれることができたのだから。
「シバ、私は陛下に許されなくても、私はリューン様のお側にいる」
強い意志が、言葉に宿った。
その言葉を聞いて、シバは腰に手を当てると、「ムイはいつもそう言っていた」と笑った。
そして、二人は懐かしさに埋もれながら、抱き合った。