その名前は国中に
「町中の宿に人が押し寄せていて、すでに満員だそうです」
「ローウェン、お前は一体どんな手を使ったんだ?」
リューンが呆れたように言った。
「特に何も。これはまあ、ほぼムイの力ですよ」
「そんなに、ムイは有名なのか?」
「国中にその名前はとどろいていると言ってもいいでしょう」
「俺の耳には届かなかったぞ」
リューンは不満そうな顔を浮かべた。足で、廊下をコツコツと打つ。
「それはもちろんです。耳に入らないように努力していましたから」
「……なるほどな」
「あの頃のリューン様はもう、見てられませんでした」
「うるさい」
「ムイから貰った手紙をいつも眺めては、」
「うるさいぞ」
二人のやり取りを横で聞いていたアランが、苦く笑いながら慌てて話題を変えた。
「ミリアなんかはもう、商売っ気を出していて、商品をたくさん揃えていますよ」
「またムイに押し花を頼んでいるのでは?」
リューンも呆れ顔を浮かべた。ローウェンがさらりと答える。
「いいえ、さすがにそれは。何と言ってもリンデンバウムの領主の結婚式ですから。とにかく、準備が大変なんです。押し花なんてやってられませんよ。とんでもないことです」
無表情が、彼の冷静さを如実に表している。このリンデンバウムの城の使用人の中でも、ローウェンの鉄面皮を苦手としている者も多い。
「ムイのドレスに関してはストーン夫人にお任せしてあります。夫人が張り切っていらっしゃいますね」
「ああ、とても綺麗だった」