月の光のドレス
「ムイ、その姿は、」
一瞬にして、奪われた。ムイから目が離せなくなる。
ムイはリューンが贈った白バラのように真っ白なウェディングドレスをまとっていた。
そのバラの名は、「月光」。
(月の光とは、美しい名をつけたものだ)
黒髪をピンで軽くまとめ上げているムイのその透明なうなじや、光沢のある生地から出ている細い肩に、釘付けになる。
「ムイ、すごく綺麗だ」
うっとりとした声が出てしまった。
ふふ、と笑い声がする。
部屋にもう一人女性がいることに気がついて、リューンは少しだけ羞恥を覚えた。
「ストーン夫人、失礼いたしました」
女性は自分のドレスの裾を少しだけ足で避けると、くすくすと笑って言った。
「大丈夫ですわ。ミリアから、リューン様とムイは仲睦まじくていらっしゃるから、いつもこちらが当てられてしまうと、ちゃんと聞いておりますことよ」
ムイが恥ずかしそうな声を上げる。
「す、ストーンさんっ」
リューンも頭を掻きたい衝動に苛まれたが、開き直ってムイの側に寄った。
「綺麗だ、ムイ」
手を、ムイの頬に添える。すいっと撫ぜてから、そっと人差し指で鼻の頭も撫でる。
「あらあら、とても見ていられないわ」
苦笑いとともに聞こえてくる呆れた声。
それには、苦笑で返しながら、リューンはもう一度ムイを見た。
ウェディングドレスの胸元には、パールのビーズが施されている。綺麗ではあるが小柄で少し痩せ気味のムイの身体には、ところどころが少しだぶついているようだった。
「サイズを直すんだね」
ストーン夫人が、首にかけたメジャーをするりと外すと、ムイの胸元に当てた。
「そうです。これでは少し大き過ぎますからね」
「式までには間に合うのか?」
ストーン夫人はにこっと笑うと、もちろんです、と力強い返事を返した。
「胸元と裾、腰回りを直すだけですから、間に合いますとも」
「ブーケはバラ園に頼んであるし、あとは……」
リューンは当初話さねばと思っていたことを思い出し、側にあった一人掛けのソファに座った。
心を決めて、話し始める。
「ムイ、頼みがある。結婚式で、歌を歌ってくれないだろうか?」
ムイは、驚きの顔を浮かべたと思うと、直ぐに悲しそうな表情をした。
「リューン様、」
「ムイ、言いたいことはわかる。けれど、城の門の前に連日、人々がお前の歌を求めて列をなしていることもまた事実だ。ここは大いに宣伝して、この機会に盛大にお前の歌を聴かせ、歌姫はこのリンデンバウムの至宝だと宣言してはどうかと思うのだ」
「良いアイデアですわ」
ストーン夫人が大きく頷いた。
「リンデンバウムの領民も、ムイ様とリューン様がご結婚することによって、この歌姫が我がリンデンバウムのものだと知れば、たいそう喜びますわ」
その夫人の言葉と同時に、ムイが苦く笑った。
「ムイ、お前は反対か?」
リューンが、おず、と問うてくる。
ムイはそのリューンの柔らかな瞳に、深い愛情を感じると、「リューン様のお心のままに、」と言った。
「よし、決まりだ」
ムイの胸が、奥の深いところで、ざわりとざわついた。