花を贈る
ムイの涙で濡れる頬を両の手で包み込む。
「覚えているか? お前が、ガゼボの近くで雛鳥を拾っただろう。お前と俺が面倒を見て、そして最後には空へと飛び去っていった、あの小鳥だ」
「はい、覚えております」
ムイが、国王の所有する森の中の一軒家から、このリンデンバウム城へもどり、すぐのことだった。
庭を二人で歩いていると、雛が一羽、鳥の巣から草むらの上に落ちているのを見つけた。雛鳥は、パタパタと羽を一生懸命に動かしていたが、そのまま放っておけば死んでしまうことは目に見えていた。ムイはリューンの助けを借りてその雛鳥を介抱し、元気になると森へと帰してやった。
そんな出来事があったのだ。
「あの時、お前もあの小鳥のように、どこかへ飛び去っていってしまうのではないかと、不安に思った。それと同時に、俺はお前をあの小鳥と同様に、鳥籠の中にでも閉じ込めているのではないかとも思ったのだ」
リューンが顔を寄せて、ムイの額に自分の額をすり寄せた。
「ムイ、お前には幸せになってもらいたい。けれど本当は……本当は、この俺自身が、お前を幸せにしたいのだ」
「リューン様、私はいつも幸せでございます。こうしてリューン様のお側にいられて、」
「ムイ、」
「どうか、私を離さないでください。リューン様から離れてしまうと、それこそあの巣から落ちた雛鳥のように、弱って死んでしまいます」
「ムイ、ムイ」
ムイは決心して言った。
「リューン様、私と結婚していただけますでしょうか?」
涙でぐしょぐしょの笑顔で。
「はは、お前には敵わないな。俺にもプロポーズをさせてくれ。愛してる、ムイ。俺と、結婚してくれ」
その時のリューンの笑顔が眩しすぎて、ムイはいつもその笑顔を思い出しては、陶酔してしまう。
思いを馳せていたところを、ガタンと音がして、奥のドアが開いた。
ムイは、その陶酔からするりと抜け出すと、立ち上がってリューンを見る。
「ムイ。お前に、これを、」
リューンが抱えているのは、白いバラの花束。大ぶりな花に加え、その数が巾をきかせて、大柄のリューンでも両手に余るほどだ。
花びらの滑らかな白さのところどころに、薄いピンクがふわりふわりと浮き上がっていて、ムイの心を熱くさせる。
「リューン様、こんなにたくさんの綺麗なバラを……ありがとうございます、すごく嬉しいです」
「好きな人には、花を贈るのだと聞いた」
「ふふ、そうです」
「実はこれを使って、お前の心を取り戻そうと目論んでいたのだ」
リューンが苦く笑う。その表情を見て、ムイがくすくすと笑う。そんなムイを花束と一緒に抱きしめると、リューンは息を呑んだ。
「良かった。本当に良かった。俺は、お前を取り戻すことができたのだな。ああ、何という幸せだ」
リューンが、ムイにそっと耳打ちする。
「結婚式でも、この花をお前のブーケに使おう」
「はい、」
ムイは笑うと、近づいたバラの花に顔を寄せて、その香りを胸いっぱいに吸い込んだ。