敬愛
「見ろ、リューン様だ」
「リューン様のお話があるぞっ」
今までは城に閉じこもっていたリューンだったが、名を握る力を失ってからはこうして領民の前に出て、演説することも徐々に増やしていた。
後夜祭では、皆の日頃の労働や苦労をねぎらう意味もあり、最後にリューンが演説をすることが前々から決定していた。
今夜、リューンはローウェンと相談しながら、演説の内容を決めていた。
楽器を持った楽団の諸々が、それぞれの楽器を楽しげに演奏している。
収穫祭は、この最後の夜に開かれる後夜祭に向けて盛り上がっていき、そしてクライマックスを迎えようとしていた。
人々は踊り、そして酒が酌み交わされ、ぐいぐいと飲み干される。
楽団が奏でる曲が半ばを過ぎると、ローウェンに促されて、リューンは壇上に立った。
それを合図に楽団の音楽がキリのいいところで沈黙する。
皆が、リューンへと注目した。
「リューン様は、なんて素敵なお人なんだろうね」
「ああ、それに威厳がある」
「お話しされることも、どこかの賢者のように、素晴らしい出来だ」
人々が口々に言う。
その人混みに混じって、ムイは笑った。
(そう、リューン様は本当に素晴らしい人……)
頭からかぶっている、顔に掛かったフードを少しだけ、よける。
(リューン様……)
人混みの中から、リューンを見つめる。
隣で。
ユウリが頬を染めながら、リューンを見つめている。
二人の姿。悲しかった。悲しみの目で見ていた。
(リューン様は優しく、強くて、そして何より慈愛に満ちている)
ムイは、手を胸に添えた。
(こんな……こんな私にでも、手を伸ばして救ってくださった)
養父に連れてこられた汚れてきたない自分を、自ら抱えて運び風呂に入れ、髪を洗ってくれた。
リューンがこっそりと渡してくれた、花の髪飾り。ムイはそれをずっと心の支えにしてきた。
(寒い時には、暖かいブランケットを掛けてくださった)
そして。
(こんな何の取り柄もないみすぼらしい私を……)
リューンの姿が、ぼやけた。
「……本当に、素晴らしいお方」