それなら、独りで
(あんなに泣いたのに、まだ涙が出て仕方がない)
張り裂けそうな胸を抱えて、ムイはガゼボへと走った。
激しく動く心臓と息と、そして流れ落ちる涙とを落ち着かせようと、ベンチへと座った。
(このガゼボは、リューン様が私を欲してくださった場所)
ムイは過去に思いを馳せた。
ムイが永遠の別れを決意したあの時。まだ国王の歌姫だった時。そして二度目にリューンの元を去ろうとした時。
(あの時も、リューン様とお美しいサリー様のご結婚のお祝いを申し上げた……)
身を切られる思いで、別れを言った。
けれど、リューンはムイを決して離さなかった。
「どんな女も愛さない。ムイ、お前を失うなら、この先独りで生きていく。リューン=リンデンバウム、」
「リューン様、おやめくださいっ‼︎」
「お前は永遠に……独りで生きるのだ」
リューンはそれまで、代々受け継がれた名前を握る力によって、相手を支配することができ、そしてそれを不本意にでも実行してきた。
名前を握ることで、自分の思い通りに命令し、言うことをきかせてきたという経緯があったのだ。
ムイはその時、リューンが自分自身に向かって、ムイと共に生きられないのなら、お前は独りで孤独に生きろと命令したリューンの行動に驚き、恐れ慄いた。
この時、ムイはリューンが名を握る力を失っていたことを知らなかったのもある。
けれど、長い年月を経ているというのに、まだ自分を忘れないでいてくれた。リューンの覚悟と自分への深い愛情を知った。
そして、自分にとってもリューンしかいないのだと、この時、身をもって知らされたのだ。
これほど、深く愛せる人はもういない。
(……それなら、私ももうこれからは独りで生きるしかない)
リューンの側にいたいという微かな希望も失った。
リューンとユウリ、二人の幸せそうな姿など、とうてい直視などできるはずがないのだ。
ムイは今、仄暗い絶望の淵を、よろよろと歩いている。
落ち着かせようとした涙は、もう手のつけられない状態に陥り、背中を激しく上下させてしゃくりあげながら、ムイは長い時間、思い出のガゼボでさめざめと泣いた。




