別れの予感
(久しぶりにこの部屋に……一体、どうしたのだろうか。何の用だろう)
疑問で頭を一杯にしながらも同時に、「入れ」と声をかける。
言ってから、リューンはしまった、と思った。
それは、入ってきたムイがこれまでにない真剣な表情だったからだ。
咄嗟に。
別れ話だ、と思った。思ってしまった。そうだ、あの男に求婚されたのだ。きっとその話だ、と。
「リューン様、今お時間いいでしょうか」
おずおずと聞きながらも、何か心に決めたことがあるような、そんな芯の通った声と、表情。唇は引き結ばれ、眉はよれているがその瞳は見開かれて、力強い。
リューンはそのムイの顔を見て、恐れおののいてしまった。言葉を失ってしまったのだ。
(だめだだめだ、まだお前を手離す決心などついてはいない)
「リューン様……?」
(別れるなんてことはできない)
「悪いが、今は時間がない」
ぞっとする声が出て、リューンは自分が恐ろしかった。ムイと出会う前はこんな風だったのか、と今更になって気づく。
(そんな俺を、ムイが変えてくれたのに)
愛しさがぶわっと湧き上がった。
けれど、目の前でムイは悲しそうな顔をして、ぽつんと立っている。
(どうして、こんな風になってしまうのだ。俺はいつも酷いことばかり、ムイに強いてしまう)
「少しだけ、お時間を……」
珍しく食い下がったムイに対して、黒々とした気持ちを抑えられなくなっていた。
「ああ、わかってる。そうか、お前はあの男の元へ行くのだろう。良いだろう、行くことを許してやる」
「リュ、リューン様、私はカイトさんのことは何とも……」
「何を言っている。愛しているんだろう」
「違います、愛してなど、」
「では、なぜあいつにだけ歌を歌って聞かせたのだっ‼︎」
「ち、違います、あれはシノとキノに、」
「お前が歌を歌うのを避けているのは、俺のためだとばかり……」
「リューン様っ」
止められなかった。
「はは、俺は騙されたのか……お前の歌は、愛する者に歌うために取ってあったのだな。そして、お前はあの男に歌を歌った……それに、あいつにとってもお前は特別なんだ。目を見ればわかる、あれはお前を愛してるっ。そして、お前も、」
「リューン様っ、待ってください。話を、話を聞いてくださいっ」
この時点で、ムイはもう半泣きだった。けれど、リューンは自分を抑えられなかった。今まで、心の内に押し留めていたものが、堰を切って流れ出る。
「お前にはもう、俺は必要ない」
「違います、リューン様、」
「……悪いが、出ていってくれ」
「リューン様っ」
「出ていけっ‼︎」
腹からの怒声が出て、ムイが身を硬くし、そして震えたのが見えた。
はあはあ、とリューンは胸を押さえながら、ムイを睨んだ。
震えるムイを見たくなく、リューンは振り返って窓の方へと身体を向けた。
後ろで小さく、申し訳ありません、と震える声で返事があり、きいっとドアを開ける音がした。
けれど、その時。
「あら、ご機嫌いかがですか、ムイ様」