諦め
「収穫祭は本当に申し訳ありませんでした」
ミリアの店の後片付けを手伝いながら、ムイは再度謝った。
「なに言ってんのよ。そんなことは気にしないで。それに、ムイのお陰で売り上げが去年の二倍よ、二倍‼︎」
押し花の実演販売が終わりに近づいている夕刻の時間、突然目眩がして、ムイは意識を失った。
(知らないうちにマリアの家に運ばれていたわけだけど……)
イスを持ち上げて重ねる。
(まさか、リューン様が迎えに来てくださるなんて思いも寄らなかった)
「それにしても、リューン様のあの形相と言ったらなかったね。あ、ムイ、イスはこっちにお願いね」
ミリアの声に促され、重ねたイスを二つ、店の奥へと置いた。
「ムイが倒れたって聞いて、さっそく駆けつけるだなんてねえ。本当にあんたはリューン様に愛されてるよ」
「…………」
ムイが何も言わずにイスを運んでいると、ミリアは手元に並べてある手鏡を揃えて置いた。手鏡の裏には、押し花が施されている。それはムイが二日の日数をかけて作った、手作りのデザインだった。
「この手鏡も好評だったね。十個も作ったのに、残ったのはこの二つだけ。買った子が自慢するだろうから、きっと直ぐにお客がやってくるよ。これも売り切れ確実だね」
「……嬉しいです」
ムイがぼんやりと答える。
「あんたが倒れた時さ」
「はい、」
「カイトが運んでくれたんだけど」
ミリアとカイトは同い歳の同級生だと聞いている。お互い連れ合いを亡くしているので普段からよく話をすると、カイトが言っていた。
押し花の実演の時、二人が話している姿を見て、ムイは仲の良さそうな二人を羨ましく思った。
(ああやって、寄り添って話すことができるということは、何と幸福なことなんだろう)
ムイは思った。
(私とリューン様は、もう……ああやってお話しすることもできないのだ)
思った瞬間、目の前が暗くなった。
「そうだったんですか」
「そうだよ。直ぐに駆けつけて、カイトがあんたを抱っこしてね」
「では、お礼を言わなくては」
「それはまあ、そうなんだけど。そうじゃなくてね、カイトがとにかく眠っているあんたから離れないもんだから、リューン様のご機嫌が悪くてね」
(そんなことはないのだと思うけど……)
「お互いが睨み合って、一触即発だったよ」
「そう、ですか」
「マリアが間に入ってくれて良かったんだけど。まだ寝かせといた方がいいっていうのを、結局はリューン様が強引に連れ帰ってしまったんだよ……」
ミリアの口調が途端に重くなった。
「こんなこと言うのもなんだけど、カイトはあんたを気に入っているけど、あんまりカイトに好きにさせないほうがいいよ」
ミリアは紙袋から、コースターをごそっと出すと、机の上に置いた。
「リューン様のお怒りが爆発しないように気をつけなよ」
(もう、そんなこともないだろうに。話すことすら、ううん、声を掛けることももうできないかもしれないのに)
知らぬ間に、涙が出ていた。
ぽたぽたと、地面に落ちていく。
「……ムイ、どうしたの?」
顔を上げると、涙が頬を伝っていく感触。
嫌われたとか、そういうことではないのだ。
愛しい人に。心から愛している人に。
自分ではない、他に想い人ができてしまうという残酷さ。
その、身を切られる痛み。
「ムイ、一体どうしたんだい」
ミリアが手を止めて、ムイを心配そうに見る。
「ミリア、わ、私、」
言葉を始めたムイだったが、込み上げてくる嗚咽に結局は言葉が続かなかった。