元には戻らない
「ユウリ様」
今度はローウェンのドスの効いた声が響いた。
「下らないことを。口を慎んでください」
「あら、あなた。執事のくせにわたくしを愚弄するのですか? 国王陛下から使いを申しつけられた、ローゼント家のわたくしに向かって、」
「ローウェン、ムイはどこにいる」
リューンが割って入る。その問いには、アランが答えた。
「マリアの家で、横になっています」
「すぐに迎えにいく」
「リューン様がわざわざ赴かなくとも」
ユウリが、腕を回す。
「恋人のお方に任せておけば良いのです。とても仲睦まじくていらっしゃるのよ。リューン様がいらっしゃってもお邪魔なだけですわ」
ライアンが慌てて入る。
「ムイはそんな女じゃない」
「あら、真実ですわ。わたくし、見たのです。ムイ様が男性の方と抱き合っているのを。カイトさんという方です。カイトさんがムイ様にキスを、」
「やめろっ」
リューンの怒声。ローウェンはリューンを見た。恐ろしい、その目で空を睨みつけている。
(ムイに出会う前のリューン様に戻ってしまったようだ)
けれど、ユウリの話は止まらない。
「いえ、見間違えしたのではないわ。そうそう、あれはムイ様からキスをされていたのです。背伸びしていらっしゃいましたもの。それでカイトさんがムイ様の腰をお抱きになって、」
「あんた、」
アランが言った。
「作り話が上手だな」
ユウリが、カッとなって応酬した。
「この目で見ましたもの。わたくし、先ほどまで外出していて」
「失礼ですが、ユウリ様はその時間、お部屋におられたはずです。侍女のジュリを呼びましょうか? 彼女は廊下の掃除係です。あなたが外出されたと言い張るなら、それが事実かどうか確認しましょう」
ローウェンが言い放った。
ユウリは言葉に詰まったが、そのまま続けた。
「リューン様、カイトさんとムイ様が抱き合っていたというのは本当ですわ。わたくしの侍女が見ておりましたもの」
「ムイをあなたの侍女に見張らせていたのですか。それは、何の為にですか?」
「……そ、それは」
ついに言葉が回らなくなったユウリは、ふんっと顔を背けて、廊下を足早に去っていった。
ようやく降参したかと呆れながら、ローウェンがリューンを見る。さっきまでは、恐ろしい形相だったリューンの顔は、今はもう跡形もなく崩れてしまった。
「…………」
虚ろな目は床を這いつくばるような視線を落としている。
ローウェンはイラッとしながら、言った。
「リューン様、ムイを迎えに行くのですか、それとも行かないのですか?」
「……お前に任せる」
ローウェンは唇を噛みたい思いを募らせた。
(また、このようなことをっ)
ムイがリューンを思って、城を出ていった時のことを思い出す。
(あんな狂ったような痛みに、あなたはまた耐えるのか)
リューンが部屋へと戻っていく。
ローウェンもアランにムイを迎えにいくよう再度、指示をすると、自室へと戻りドアが壊れるほど乱暴に閉めた。