結婚の許可状は
「なに、」
ユウリが何を言おうとしているのか、わからなかった。
リューンは眉をひそめ、怪訝な顔を浮かべると、ユウリに問うた。
「それはどういう意味かな? なぜ陛下が関係してくるのだ?」
ユウリは、フォークに刺してあった魚を行儀よく口の中に入れ、白ワインをちびりと飲むと、「ムイ様が陛下の元へ帰られるというお話です」と、躊躇なく言った。
リューンはますます眉をひそめた。
「何を言っている。ムイは国王の元へなぞ、戻らん」
持っていたワイングラスを、カチンと音を立てて置いた。艶のある白色の液体がゆらゆらと揺れている。
「その件につきましてですが……陛下はムイ様と過ごされるお時間をご所望でございます。今でもムイ様をいたくお気に召されていて、手元に置きたいと、ずっと心の内でお思いになっておられるようです」
「だが、ムイは俺と結婚するのだぞ。許可状も……」
少しの沈黙の後、リューンが立ち上がった。その拍子に、グラスがカタンと倒れた。テーブルクロスに、みるみる染みが広がっていく。
「許可状は偽物か」
「偽物扱いとは、酷いですわ」
「どういうことだ」
「許可状は本物です。ただ、」
リューンはテーブルの上で握り込んでいた両手に力を込め、ユウリの次の言葉を待った。
「サインが入っていない、ということです」
「なんだとっ! この結婚を許してもらえたのではないのかっ?」
今度は、ユウリが立ち上がった。膝に置いていたナフキンが、するりと床に落ちた。
「そのように、みなさまに祝福されないようなご結婚で、幸せになれますでしょうか?」
「あなたには関係ない。それに、みなに祝福などされなくともっ!」
「ですが、ムイ様はどうお思いでしょうか?」
騒ぎを聞きつけて、ローウェンが隣の給仕室から飛び込んできた。
「リューン様、落ち着いてくださいっ」
「ムイは、……ムイだって、幸せになれる。俺が、幸せにしてみせるっ!」
ガタ、とイスが音を立てた。リューンが睨みをきかせて、ユウリに強く言葉を放った。
「ユウリ、今すぐ戻ってサインをもらってくるんだ!」
「リューン様!」
ローウェンの声がぴしゃっと落ちた。
「お部屋にお戻りください!」
ローウェンがイスを引いて、ガタンと倒した。リューンの背中と腕を掴み、強引に動かそうとする。
リューンは怒りで我を忘れて何も考えられなくなった頭をもたげながら、ローウェンのそれに促されて、部屋から出た。