恐怖に怯える
お似合いだと、思いたくなかった。
(思いたくなかったのに……いつも私は間が悪い)
ムイは力なく笑った。
部屋のソファに置いてあった耐油紙でできた紙袋。新しく出来た押し花を丁寧に詰めたというのに、それを忘れてしまった。
部屋に戻る。ふと、窓からバラ園の中に佇むユウリを見つけた。
隣にリューンがいないことに、ほっと胸を撫で下ろした時。
ドキッと胸が鳴った。
ユウリが上を見上げて、手を振っている。
視線を辿れば、それが誰に向けられているのかは一目瞭然だ。
(リューン様のお部屋の……)
認めたくはなかったが、認めざるを得なかった。それは、自分もこのバラ園から、自室のバルコニーに立つリューンに、何度も手を振ったからだった。
そして、振った手を下ろした途端の、ユウリの笑顔。
嬉しそうに、そして幸せそうに笑っている。
(リューン様が、手を振り返されたのだ……)
ムイは、手に持っていた紙袋を抱きしめると、踵を返して部屋を出た。
今、裏口から出れば、ユウリにもリューンにも会わないはずだ。
廊下を駆けた。必死になって、走った。
振りほどきたいものがあった。けれど、ただこうして走るだけでは、振りほどけはしないということは、痛いほどにわかりきっていた。
息が上がってくる。足も震えて、思うように進まない。それでもなんとか足を運んで裏庭を駆けた。
マリアの家の近くまで来ると、ようやく足を止めることができた。
せり上がってくるものは、ただ恐怖。
リューンを失うことに、まだ覚悟がついていないゆえの恐怖。
はあはあ、と上がる息を鎮めようと大きく息を吸った。
(リューン様の幸せを一番に考えるのなら)
そして、息を細く吐く。
紙袋を抱える腕を見ると、点々と雫がついていた。
これは……なんだろう?
流れる涙に気づかないほど、ムイの心は深い泥の中へと沈んでいた。