太陽であり月であり
(……ムイは出かけていったようだな)
押し花を持っていく時に必ず用意する大きなカバンを抱えた、ムイの背中を見送った。バラ園を静かに横切っていく後ろ姿。
ムイとまだ心を交えていない時、バラ園を突っ切った場所にある白いガゼボがムイのお気に入りで、ムイはよくそこへと向かっていた。
部屋の窓からその後ろ姿を、リューンはよく追っていたものだ。
足取りも軽く、ふわふわと駆けていく。ムイを愛しているのだと自覚した日から、リューンはその姿をいつも探していた。
ムイが自分のことを想って、自らリンデンバウムの城を後にした時。
リューンは狂ったような、いや、心臓を半分もぎ取られでもしたような痛みに、耐えた。いや、耐えたというより、耐えられなかったと言っていい。
その時にはもう、自分の人生は終わったも同然だと、廃人同然だと、そう思っていたのだから。
大ぶりのカバンには、たくさんの押し花が入っている。花に囲まれながら笑うムイの笑顔は、リューンにとって太陽のように眩しいものでもあり、月のように美しいものでもあるのに。
(……男に、)
その後ろ姿を見ながら、リューンは唇を噛む。
(他の男に取られるのを、このまま指を咥えて見ているしかないのか)
木こりの男は、屈強な身体を持っていた。ムイを愛して、守ることもできるだろう。
そして、あの目。ムイを見つめる熱い眼差し。
(ムイを愛しているのだ。あれはそういう目だ)
「花を、」
「何ですって?」
呟いて、顔を上げた。
隣に立っていたユウリが、問うたげな顔を寄越す。一瞬、自分がどこにいるのかも忘れてしまうほど、思索に入り込んでいた。
「……いや、何でもない」
「リューン様、なにかご心配事でも? どうぞ、このユウリに何でも仰ってくださいな」
ユウリが腕を伸ばしてきて、リューンの肩口にそっと手を添える。
「リューン様のお心をお話しください。わたくし、リューン様の為でしたら、何でもいたします」
今度はそっと頭を寄せる。
バラ園の中。むせるようなバラの香りがリューンの頭を麻痺させる。
「ユウリ、気を遣わせてしまったな。すまない」
リューンは、そのまま空を仰いだ。
(花を、贈ればいいのか。そうしたら、ムイの心は俺の元に戻るのか。ムイを他の男に取られでもしたら、今度こそ、俺は……)
空は青く、そしてどこまでも、空の彼方までも、雲を流していた。