離れゆく距離
(……綺麗な、人)
同じ女であるムイでさえ、目を離せなくなるほどの美貌の持ち主だ。ドレスが浮き上がらせる身体のラインは、女性的で丸みを帯び、ドキッとするほどの胸の谷間が艶かしい。
「リューン様、このリンデンバウム城は、世界一の素晴らしいバラ園をお持ちだと耳にしております。食事の後、散策させていただいても?」
リューンは笑顔で、どうぞ、と言った。
そのリューンの笑顔に、ムイの心臓が鳴った。
「ローウェンに……いや、私が案内しよう」
心臓はさらに痛みを与えられて、ムイはせり上がってくる息苦しさを感じた。フォークで口に入れた魚料理が、喉元を通らない。もぐもぐと咀嚼を繰り返し、水で流し込むようにしてようやく飲み込んだ。
(リューン様みずからご案内を、)
頭の中が混乱して、ムイはフォークを皿の上へと置いた。
「ムイ様もご一緒にいかがですか?」
その声に、はっと顔を上げる。
「わ、私は、その……」
「このように素晴らしいリューン様とのご結婚、羨ましい限りでございます」
「あ、ありが……」
礼を言おうとして、言葉が出てこなかった。
リューンとの結婚。少し前までは確かだったものが、今はぐらついてしまっている。
リューンを見る。するとリューンは、冷ややかな目でムイを見ていた。
いつもの慈しみの瞳ではない。その優しさのかけらもない視線に、足がすくむ思いがした。
「あ、あの、リューンさ、ま、」
リューンの冷たい声が、ムイの言葉を制した。
「ムイ、お前は来なくていい」
ユウリが少しだけ慌てたように言う。
「で、ですが、リューン様。未来の奥方様にも、」
「ムイ、お前は部屋へ戻っていろ」
「りゅ、リューン様、」
悲しみがマニ湖のさざ波のように、じわじわと押し寄せてくる。
涙を我慢して食事を済ませると、ムイは席を立ち部屋へと戻り、窓から見えるバラ園を隠すように、カーテンを引いた。