他の男を
「……奴隷じゃないぞ、とはな……これほどきつい言葉はない」
リューンは薄く笑うと、デスクの引き出しから小箱を取り出した。中には、紙片が入っている。
字が書けるようになったムイが、初めて自分宛に書いてくれた手紙だ。
『きれいなかみかざり、あたたかいブランケット、おいしいチョコレートをくださって、感謝いたします』
『感謝のきもちをこめて、マドレーヌをつくりました。お口に合うかどうかはわかりませんが、召し上がってください。ムイより』
何度も何度も読んでは、繰り返し言葉にして口に含んだ。
「奴隷になど、していない」
もう名を握る力は失ったのだ。
怒りが湧いてきた。カイトに対してと、そして不甲斐のない自分に対してだ。
「それに、ムイとは愛し合っている」
恋人同士なのだ、それにもうすぐ結婚するのだ、俺の妻になるのだ。
言い聞かせる。が、それと同時に不安にも駆られる。
(……ムイに無理強いをしている、ということはないだろうか?)
ムイが押し花で作った絵も、無理を押し通して、客間に飾った。
(あんなにもムイは嫌がっていたのに……)
不安な気持ちがぽつりとそこに存在する。
(ムイは優しい子だ。俺を失望させないために、自分を納得させているのかもしれない)
ムイの書いた手紙を握る。
それに。
身震いのする考えが、頭を占める。中庭で見た光景。あの時、二人は気づいていなかったようだが、双子もうろうろと側で二人の様子を窺っていた。
見つめ合うムイとカイト。そして、その子供たち。
まるで幸せいっぱいの家族のようだと、そう思ってしまった自分が腹立たしかった。
(ムイに……他に、愛する男ができたら?)
ぞくっと、身体が震える思いがした。
その反動で、手から紙片が滑り落ちる。ひらひらと左右に揺れて落ちていく紙の様が、揺れるリューンの心を表しているようだった。