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動揺して


「リューン様、いい加減にしてくださいませんか」


ローウェンが大仰にはあああっと大きな溜め息を吐いたのに気づいて、リューンは慌てて書類を見直した。


ローウェンが指をさして、「ここも間違っていますし、これ‼︎ ここ‼︎ どうやったらこんなミスを犯すんですか?」


「あれ? これは俺が書いたのか?」


「リューン様しか居ないでしょうっ」


バシンと手で書類を押さえる。


「書き直してください」


念を押すように、ローウェンが声に力を込めて言う。


「あ、ああ。書き直すよ」


魂の抜けたような様子のリューンを見て、ローウェンは諦めて部屋を出た。


「まったく、ムイめ。私の仕事の邪魔ばかりする」


ぶつぶつと言いながらも、先日、大量の花を抱えて戻ってきたムイの姿を思い出した。


「それはどうしたんだ、ムイ?」


「押し花教室の子どもの親御さんからいただきました」


にこっと笑うムイが、その花を自室へと持ち込んだのを見て、マリアがリューンに耳打ちしたのだ。


「双子の父親がムイにって持ってきたんですよ」


「父親が? 母親はどうしたんだ」


「シノとキノの母親はもうとっくに亡くなっているんです。まだ若かったのに、病気で。可哀想でねえ、見てられませんでしたよ」


料理長のソルベが会話に加わってくる。


「ようやく最近になって、双子のために奥さんを探すって、立ち直ったんでさあ。木こりなんですけど、仕事もやけに張り切っておるんです」


「その木こりに花を貰ったのか?」


「カイトがムイの歌声をやたら褒めるんです。この世のものとは思えない歌声だってね。ムイに歌って貰ったそのお礼じゃねえですか」


まさか、と思った。


「……ムイが、……ムイが歌を?……歌を、歌ってきかせたのか?」


「そうらしいですよ。あの花もきっと森へ入ってかき集めてきたんですよ。じゃないと、あんなにたくさんの花、」


そこでローウェンが口を挟んだ。


「マリア、ソルベ、夕食の準備があるのではないですか? さあ、もう行きなさい」


二人を料理室へと帰すと、ローウェンが苦く笑いながら、リューンに向かって言った。


「ムイが押し花を作っているからですよ」


「……ローウェン、気を使わなくていい」


「ムイが頼んだのかもしれません」


「ローウェン」


リューンも同じように苦虫を噛み潰したような顔を浮かべながら、「気にしていないから、お前も仕事に戻れ」と言う。


その日から、このような状態の日々が続いている。


ローウェンがリューンの執務室のドアを背に、はあああっと何度目かの溜め息を吐いた。


(……何が気にしていないだ。このままだと一年に一回しかない収穫祭も知らぬ間に終わっていた、なんてことになってしまうぞ)


ローウェンは組んでいた腕を解くと、どうしたものかと思案しながらその場を離れた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 純粋な好意が悲劇の導火線にならなければいいのですが。
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