触れ合う体温
「その……サリーは結局のところ、あのブリュンヒルド家のライアンと結婚することとなったのだが……」
湯が沸騰し、湯気が立ち込める。紅茶の葉をポットに入れると、鍋の湯を少しずつ注いだ。
「とても、喜ばしいことだと思います」
「そ、そうだな」
ムイは振り返った。リューンの歪んだ顔を見て、ムイも顔を歪ませた。
「リューン様……私はライアン様をお慕いしてはおりません」
「ああ、分かっているよ」
リューンは、実はライアンから、ムイに結婚を迫ったが、はっきりと断られたという経緯を、過去に聞いていたのだった。
「驚いたってもんじゃありませんよっ。ムイは窓から飛び降りようとしたんですよ。信じられますか? そんなに僕は嫌われていたんだと、結構ショックでしたよ」
ライアンは、興奮を落ち着かせると、リューンへと耳打ちをしてきた。
「ムイがリューン殿をそれだけ愛しているのだと思い知らされました。このように酷い仕打ちをしたことを、どうぞお許しください」
カチャと音がして、我に返った。目の前に置かれたティーカップからは、ハーブの香りが漂っている。
「……俺はやきもちばかりで、みっともない男だな」
リューンは、苦笑しながらも気持ちを新たにして、その紅茶をすすった。
「ムイ、歌はまだ?」
「はい、もう歌は歌いません」
振り向かずに返事をする。
「それに私はもう、喋ることすらできないと、表向きはそうなっていますから」
残った湯を再度、ポットへと注ぎ入れると、ムイはリューンを見て笑った。
「世間では、酷い言われようだぞ」
「良いのです。お払い箱とでも役立たずとでも、好きなように言っていただいて結構なのです」
リューンが立ち上がった。
「もう歌姫でも何でもありません。何の肩書きもない、ただの女です」
「ムイ」
「だから、こうしてリューン様にお会いすることができるのです。それだけでも、私は幸せです」
「ムイ」
「幸せなんです」
リューンが近づいてきて、背後からムイを抱き締めた。背中に愛する者の、温かい体温。それは、至福の瞬間。
「ムイ、俺もこうしていられるのがすごく嬉しいんだ。会いたかった、会いたくて仕方がなかった。この前会った日から、どれだけ経った? 三ヶ月か? 今日の日をどれだけ待ち遠しく思ったことか」
「リューン様」
ムイがリューンの腕を抱き締めた。リューンの肩口にこめかみをすり寄せる。
「昨日の晩は、嬉し過ぎて眠れなかったよ」
ふふっと吹き出すと、ムイは身体を捻った。
「では、今夜は眠たくて、眠ってしまわれますね」
「いや、眠らないし、眠らせないからな。覚悟しておけ」
リューンが夜を待てないと、唇を重ねる。ムイはそれに応えて、リューンの背中に手を回す。
「愛している、ムイ」
「リューン様、私もです」
名前を呼び合いながら、二人は抱き合った。




