出立前夜
一年後
「明日の遠征の用意はできているか?」
「宿はリンデンバウムの名前で取りましたので、そのようにお伝えください」
「分かった」
ローウェンが、二つの鞄を運んできて、台の上に乗せる。
「ですが、お一人で行かれるとは……馬小屋もこれで留守になりますし、仕事がなくなって手持ち無沙汰になるダリアンでもお連れになられた方が、」
「心配は分かるが、邪魔をしないでくれ」
にこっと、リューンが笑みを浮かべる。
「はいはい、分かりました」
「何だ、その態度は。ローウェン、お前は最近……」
「では、お休みなさいませ」
ローウェンが部屋からそそくさと出て行くと、リューンは不服そうな顔を浮かべ、独りごちた。
「小言が多くて、まるで俺の母親のようだ、と言いたかったのだが」
ローウェンが用意した鞄の中身を確認すると、リューンはベッドに入った。
すると、トントンとノックがして、ドアが少し開いた。
その隙間から声が聞こえてくる。
「リューン様、サリー様への結婚祝いをくれぐれもお忘れにならないでくださいね」
分かっている、と言う前に、ドアがバタンと閉められた。
半身起していた身体を布団に潜り込ませると、「やはり母親だな」と呟いた。自然と笑みが漏れる。
「……しまった」
訊き忘れたことがあることに気がつくと、まだローウェンが廊下にいるだろうかと名前を呼ぶが、もう執事室に戻ったようだ。
「サリーには何を贈ればいいかを訊くのを忘れた」
苦笑し、まあ明日訊けばいいと思い直して、目を瞑る。
(ああ、俺はまだ、女性に何を贈ったら喜ばれるのかを分かってはいないのだな)
自分で自分に呆れると、そして、眠りに就いた。