第六十七話 義妹 二
「だって兄さん―――」
ふぅっとイェルハの顔を見るに、彼女はとてもなにか言いたいことでもあるかのようだ。
「ふむ、どうしたのだイェルハ?」
「お祖父さまに本当に使っていただけるものかと思いまして。兄さんっお祖父さまったら本当にひどいんですよっ。お祖父さまは贈られた品々を使うことなく結局、宝物庫に眠らせてしまわれるのですから・・・っ」
「ふむ」
ぷんぷん、だろうか?今のイェルハを現すのであればそうだ。
第六十七話 義妹 二
「昔、私は見てしまったことがあるのですっ兄さん!! バシレイア宮の宝物庫が金銀財宝により埋め尽くされているのを・・・っ」
金銀財宝で埋め尽くされているか、、、いったいどれほどの―――。
「そう、なのか・・・?」
「はい、兄さんっ。きっとこの刀も使われることはなく、お祖父さまはその中に仕舞われてしまうのは目に見えていますっ」
すぅっ、とイェルハはそのきれいな手を一つの銀杯に伸ばした。
「きっとこの素晴らしい銀の杯も―――」
イェルハは空の銀杯を口元に持っていき、その右手で呷るような仕草をだ。本当にその銀杯に口づけをしているわけではない。
「―――宝物庫に眠らせたまま、お祖父さまはこうしてこの杯を使って葡萄酒を飲まれることもないんじゃないかって私は思うんです、兄さん」
イェルハはその銀杯を元の位置に戻した。
だが、オレは―――。そう確かに道具は使うものだ。使うものだからこそ道具としての価値はある。だが、必ずしも全てがそうというわけではないと思うのだ。
ふむ、それをイェルハに教えてやろう、か。
「イェルハよ―――」
じぃ―――っとオレはイェルハを。オレはその愛らしく人懐っこい、いつもころころと表情豊かに変わる彼女の丸い目をじぃっと見詰めたのだ。
「な、なんでしょうか兄さん、、、そ、その改まりまして・・・。そのように、、、見詰められますと、私、、、は・・・」
私、、、は・・・、ごにょごにょ、、、っとイェルハの言葉は聞き取れないほど小さくなった。
イェルハよ。イェルハは恥ずかしそうにその視線を落とす。頬を紅らめているのは、オレの気のせいではないな。イェルハはオレにじぃっと見詰められて照れているのだろう。彼女はオレの義妹ということで、イェルハとオレは将来の婚約が約束されている。このようなイェルハにとって義兄にあたるオレだが、オレはイェルハに好かれているみたいなのだ。
「うむ。イェルハよ、蒐集家というのを知っておるか?」
話は長くなりそうだ。だから、くるくるくるっ、っとオレは話しながら宝物庫の中にあった絨毯を、宝物庫の天幕の絨毯の床に広げた。オレが広げた絨毯は食事のときにも使うものであるし、集会においてもオレ達はそのような絨毯を天幕の絨毯床の上に広げるものだ。
そこで、イェルハに絨毯の上に座るように促す。
「収集家、、、ですか、兄さん?」
ちょこんっ、っと、イェルハは絨毯に腰を落とした。
「うむ、そう蒐集家だ。イェルハ」
オレはそんなイェルハの対面に腰を落とす。ちなみに言うと、イェルハに侍る女達は天幕の入り口で立ったままだ。近こう寄れ、とオレはそのイェルハの侍女達も呼び寄せ、イェルハの傍に座らせる。すすっ、すすっ、っとイェルハの侍女達は膝を折り、己らの主人であるイェルハの傍らに腰を下ろしたのだ。
「たとえばだ、イェルハよ」
「はい、兄さん」
「杯とはなんだ?」
水やチャイなどを飲むときに使う器のことだ。オレでもそれぐらいは解っている。だが、ここでオレがイェルハに訊いた『杯』の意味とは少し違う。
「杯・・・ですか?兄さん」
「あぁ」
ついーっとイェルハのくりっとしたかわいらしい目が、その視線が考えるように上を向く。そしてややあって彼女イェルハは口を開く。
「・・・飲み物を飲む器のことですよね、兄さん」
「そのとおりだよ、イェルハ。イェルハの言ったとおり、杯は飲み物を飲むための器だ。よく父君が蜂蜜酒を飲むときにも金杯を使っているだろう?」
「、、、はい兄さん。お父様の手元にいつも置かれている金杯ですね」
「そうだ。では、イェルハよ、考えてみてくれ。たとえば杯が飯より好きな者がいたとしよう」
「はい」
イェルハのその目を見ていれば分かる。ふむ、イェルハの興味を引けたようだ。
「その者は金杯銀杯をこよなく愛で、より多くの煌びやかな杯を求め集める者だ。その者は金杯や銀杯、また銅杯を入れておくそれ専用の天幕まで持っていた。その者は集めた煌びやかな杯を食事のときには使わず、飾っておき観るのが好きな者だ。確かに金銀銅玻璃の杯が天幕にあれば、映えるというもの。つまりオレが言いたいのは、ルメリアの祖父殿は―――」
あっ、っとイェルハの口が開く。察しの良い娘だ。
「つまり、、、お祖父さまは銀杯などの贈り物を使わずに、集めてにやにやしているということなのですね・・・」
少し興醒めしたかのような、しらぁっとした目つきだ、今のイェルハの目は。
「・・・ま、まぁ・・・それだけはあるまい」
す、すまぬルメリアの祖父殿。オレは心の中でイェルハの祖父であるアレクシウス殿に謝った。
「それだけはない、とは兄さん?」
「う、うむ。金杯や銀杯などはもしものときに熔かせば、貨幣になるからな。それに銅杯は武具にもなる」
~~~っと苦い顔になるイェルハ。
「大事な方々からの贈り物を熔かして貨幣や武具になど、、、と、あまり・・・考えたくないですね、兄さん・・・」
「あ、あぁ―――うむ、そうだなイェルハ」
イェルハがあまりにも非難めいた顔をするから思わずイェルハに同意してしまったではないか。まぁ、よいか。
そうして、オレとイェルハとの語らいは飯の報せがくるまで続いたのだった。
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イェルハと宝物庫の天幕で語り合ってから数日後のことだ。継母ソフィア、そしてイェルハは先の書簡の約束通り、ルメリア国の都に一時、里帰りする。
継母上ソフィア殿が我がエヴルの宮廷に輿入れをしたときに、一緒にやって来たルメリア国の侍女達や近衛兵達もこの一時の里帰りに附いていくのだ。そのことがあり、人が減るため、しばらくはこの天幕も寂しいものになるのではないだろうか。無論、オレとしてもイェルハまでいなくなってしまうのは寂しい限りだ。
「っ」
だが、オレは誇り高い草原の民。そのように思えど、その心の内は隠し、情けない泣き言や恨みつらみは言うまい。
「ではしばしの別れとなりまする。お留守にしますが、我が夫トゥグリル様、お身体にお気をつけくださいませ」
継母上ソフィア殿はその頭に被った山高帽を取り、脇に挟むと深々と頭を下げた。別れの挨拶だ。
「うむ、分かったソフィア。そなたもしばしルメリアの義父殿の実家でゆるりとして参れ。そして、また元気な姿をこの私トゥグリルに見せておくれ」
にこりっ、っとオレの父上は、少し哀愁を漂わせるような優しい笑みを継母上ソフィア殿にこぼして、その心を示す。
「はい、トゥグリルさま。私の父と母それに兄弟姉妹、それから親しい者達に会って話してすぐにここに、まるで白鳥のようにエヴルの天幕に舞い戻って参ります―――、」
それから、継母ソフィア殿は父上トゥグリルに向けていたその優しい笑顔をオレや傍に立つ姉上に向けたのだ。
「―――スゥ、アルスラン。この母が戻ってくるまでお父上トゥグリルさまのことをよろしくお願いしますね」
「「はい」」
オレも姉さんも継母上ソフィア殿に頭を下げて頷く。
「兄さん」
「どうした、イェルハよ」
それまで黙っていたイェルハは一瞬だけ寂しそうな顔をする。だが、またいつもの明るい顔に戻る。
「兄さんやお姉ちゃんと少し会えなくなるのは寂しいですけど、すぐにお土産いっぱい持って帰ってくるから、期待していてくださいね」
にこっ、っとイェルハがかわいい笑みをこぼしたのだ。
「ふふっ、イェルハ。期待しているわよ、お土産」
「はい、お姉ちゃんっ」
「そうか。では、オレも期待して待っているぞ、イェルハよ」
「はい、待っていてくださいね兄さん」
「うむ。道中気を付けるのだぞ?何かあれば、すぐに駿馬で報せに参れ。オレはお前のためならば千里の道など諸共せず、即座にイェルハの元へ掛け着くようぞ」
「に、兄さん―――っ/// は、はい・・・」
てれてれ。頬を紅らめたイェルハは恥ずかしそうにその視線を下げる。
「ふふっ」
オレは笑みをこぼした。あぁ、そうともオレはこのかわいい義妹イェルハのためならば、どこへだって行こうぞ。
「フローラ」
すると、継母上ソフィア殿はイェルハに向き直り、そのイェルハのルメリアの名を呼ぶ。
「お母様?」
イェルハもまた自身の母に視線を移すのだ―――。




