第六十二話 或る男の誓言。或る男の訓話。
第六十二話 或る男の誓言。或る男の訓話。
ルメリア帝国帝都バシレイアの宮殿にて
ルメリア帝国の軍装に身を包んだ身なりのいい少年は白銀の月明かりの中、静かに虚空に浮かぶ満月を見上げていた。顔立ちから察するにその少年の年頃はまだ十代だろうか。
「―――」
彼の胸中に去来する思いはいったいどのようなものであろうか・・・。ぽつり、っと表情のない少年は呟く。
「神よ、私が―――、この私アレクシウス=バシレウスが必ず―――」
彼が今どのような気持ちか、それは本人である彼アレクシウスにしか分からない。
「―――蛮族エヴル人どもに奪われたもの。それらをこの私が何もかも奪い返してみせますっ!! たとえどれだけの時間が経かっても、労苦が降りかかろうとも―――私は・・・必ず取り戻す、取り戻して見せます!! 奴ら獣に等しき蛮族どもを討ち滅ぼし、この世に平和と安寧を―――っ!!」
ぎゅっ、っと少年は右拳を握り締めた。その力を籠められた右拳がふるふる、と震えている。
その少年にゆっくりと近づいていく若い男が一人いる。この若い男もまた少年と同じルメリア帝国の軍装に身を包み、その腰には直剣スパタを差している。この者は大柄な体格の男で、このアレクシウスという名の少年よりは少し年上に見える。後から近づいてきたその端整な顔立ちの男は、目の前の自分に軍装に身を包んだ背中を見せる主アレクシウスに向かって口を開く。
「アレクシウス皇太子殿下」
「ニカトルよ」
少年アレクシウスはゆっくりとその臣下とおぼしき、自らがニカトルと呼んだ青年に振り返る。
「ハハッ―――殿下」
ザっ、っとアレクシウスに『ニカトルよ』と呼ばれた青年は慇懃な態度でアレクシウスの元に片膝をつく。
「ニカトルよ、始めるぞ。私はこれより始める、目指すは皇帝の座だ」
「ハッ」
「たとえ従兄弟や兄者であろうとも私は排し、そして邪魔者は―――、消す」
そうしてアレクシウスと呼ばれた少年は力強い、何かを決意したその眼差しで。アレクシウスは従者であるニカトルに向けていた視線を切り、その視線を再び白銀に輝く空の月へと向けた。
白銀の月光に照らされたアレクシウスの端正な横顔は見る者皆を惹きつけることだろう。少年アレクシウスの従者であるニカトルもそう思っている。
「アレクシウス皇太子殿下。明けない夜はないと言われます。私は、この生命を賭して貴方様により一層お仕え致します」
「―――これからも私に力を貸してくれるか、ニカトルよ」
「ハハッ、アレクシウス皇太子殿下!!」
「ありがとう、ニカトル」
少年アレクシウスは自身の臣下ニカトルへと振り返る。そして、片膝を地につくニカトルにその右手を差し伸べる。その右手の手の甲には銀色の手甲が嵌められている。鱗甲の手甲である。
「これよりそなたは、皇帝となるこの私アレクシウスの皇帝侍従長を目指せ、よいな」
「ハハ―――ッ!!」
ニカトルは力強い口調で肯いた。
「何かを成すには力がいるのだ。兄者達にはこの国は任せられん。よって私は必ずルメリア皇帝に即位する。玉座に座し、力を恣にし、この国をさらに強くし、必ず蛮族どもは討滅する。侵入してきた蛮族どもは、女、子ども、さらに財家畜を奪い、強奪と劫掠をほしいままにし、迎撃に向かったそなたの父ニコマクス将軍をも討ち取ったのだ」
その言葉にニカトルの表情が曇る。
「我が父よ―――、、、くッ」
「蛮族どもめっやってくれる・・・。そなたの父ニコマクス将軍の首は蛮族の長アラクという者によって刎ねられ、髑髏杯とされた」
「―――ッツ」
ぎゅッ、っとニカトルは両の手を握り締めた。
「その悔しさもその辛酸も決して忘れるなよ、ニカトル。そしてそなたはその事実を子々孫々伝えよ、よいな」
「ハハッアレクシウス皇太子殿下―――ッ」
///
或る草原の本営にて
豪華な黄金の天幕の前に焚かれていた薪が爆ぜる。豪華な黄金色をした天幕というのはハンの天幕である。
「―――」
ぱちぱちっ、っと薪が爆ぜ、橙赤色の火の粉が舞う。そして、それを、橙赤色の炎がゆらゆらと薪を舐める様を静かに見つめる壮年の男がいる。
召集を掛けた四名の副王、臣従候、ベグ、トゥドゥン、イウグル、シャド、タルカン、イルキンなどの高位の称号を帯びた者達が揃う。ハンの為のそれら高位の称号を帯びた重鎮や臣下が揃い居並ぶ中―――、一番の上座に座すその壮年の男が先ず一番にその口を開く。
黄金色の絹織物の衣服を纏った壮年の男のその右手には、同じく黄金色に輝く独特な丸い形をした金箔杯が握られている。そして、壮年の男の腰には金銀で装飾された見事な一振りの剣も差さっている。
「遠路はるばるよく集まってくれた皆の者、では集会を始めよう。先ずは我がアラク・ハンの血を受け継ぎし、私の息子達の事についてだ。我が精強なる息子達よ―――」
そうして壮年の男は口を開きて自身の自慢の三人の息子に対して語りだす。その三人の息子達は父親アラクの目の前に座している。三人の息子達は皆が皆高価な毛皮と革製の衣服を着ている。
「ハハッ、父上」
「はいっ、父上」
「はっ、父上」
焚火の炎を挟んで対面に座る少年達の口からは、ほぼ同時にその言葉が出た。
「ボリよ、クルトよ、チャグリよ。私の精強なる息子達よ」
それらが少年達の名前であろうか? 『ハハッ』と答えた者が年長のボリという名前の少年だ。ボリの歳の頃は十代後半といったところだろうか。
一方『はいっ』と答えた少年と「はっ」と答えた少年達の顔にはまだあどけなさが残る。
「「「はい、父上」」」
「我らエヴルの民に天神の祝福あれ。天神により我らオテュラン部は他の三部を纏め、国を持つことを許されたのだ」
「「「・・・・・・・・・」」」
三人の少年達は父親アラクの前に山高帽を脱いで座し、父王の話に耳を傾ける。
「ウルムの国より勝ち取りしこの豊かな地。我らは天神の導きでこの地に天幕を張り、、、―――ふむ、お前達の眼から見て、この天幕の地はどうだ?どう思う」
「素晴らしく思います、父上」
と、長男ボリの言葉を皮切りに、息子達の口から数々の称賛の言葉が述べられる。息子達の返答に父親であるアラク・ハンはそれに不満があるのか、ないのか、は分からない。ただそれはアラク本人しか解らないことだ。
そのアラクの顔に笑みがともる。アラクはその嬉しそうな顔で僅かに口角に吊り上げたのだ。
「そうか、お前達」
三人の父親であり、この国のハンであるアラクは、まるで夜空に浮かぶ白銀の丸い月を見るかのように天を見上げる。
「私もいずれはあの世にいく」
「「「父上・・・!!」」」
三人の子ども達が驚きのあまり身を乗り出す。そして、周りの重鎮達の動揺。
「兄弟争うこと無きようにな。敵には一致団結せよ。敵に立ち向かうために兄弟結束せよ、この四部エヴルの民をなくすことのなきように努々忘れるな。よいな、ボリ、クルト、チャグリ」
「はい、父上。私は弟クルト、チャグリと共にこの国を盛り上げていきます」
「私も兄上と共に・・・!!」
「はい、私も・・・っ」
三人の子ども達から次々と父親を喜ばすような言葉が出たのだ。
「ふふ・・・頼もしき我が息子達よ、頼んだぞ」
ぐびり、っとアラクはその右手にした金箔杯を呷る。ふーっ、っと乳酒を一口飲み終えた当代のハン、彼アラクは清々しい笑みを零すのであった。
///
これらは、ルメリア帝国の若き皇太子アレクシウスの誓言。そして、エヴル=ハン国のアラク・ハンの息子達への訓話だ。
それより―――数十年後の事、エヴル=ハン国ではクルトの息子の一人トゥグリルがハン位に推戴され、そのトゥグリルの治世のことであった。
ANOTHER VIEW―――END.
―――Arslan VIEW―――
「北東の草原を治め、多くの民を統べる高貴な王、エヴルのトゥグリル殿。我々の偉大なアレクシウス皇帝は私に言伝をされました。和約の時が訪れ、ルメリア皇帝の素晴らしい友人であるエヴルのトゥグリル殿に我らの偉大な皇帝は貴殿に常に幸せが訪れ、幸せを分かち合える関係が続きますように。そして、私は絶えず貴殿の敵を討ち、貴殿も絶えず我らの敵を討ってくれますように、そしてそれは我らの友好を表す印であります。お互いの疑心暗鬼は我々の間からすれば遠くにありますが、もし、それが在るとすればそれは我々の友好を絶つものです。どうか私に全てのエヴルの民とそれに従属する全ての民に善きことをさせてください。そうすれば、我らルメリア帝国も貴殿ならびに貴国に心からの友好を示すでしょう」
「うむ、あい解った。ではウルムの国の義父に、この私トゥグリルの返答を書き記すのだ―――」
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「―――」
それはつい先日のことだった。オレの父が居るエヴルバリクの本営の大天幕に、ルメリア国出身の継母上の実家ルメリア国の帝都バシレイアより使節団が遣わされたという報せが使者より届いたのは。




