第六十話 挿話 一之瀬家と人々 二
とんとんとんっ、っと春歌は両手に持った書類の束を机に何回か軽く打ち付け、書類の端々を揃え整える。そのあと春歌は口を開く。
「奈留さんとアルスランはまだ戻ってきていないようですね」
「おう、まだ五十七分だからな。あ、でももうそろそろ戻ってくるんじゃないか?春歌」
「えぇ。では今のうちに―――」
「?」
今のうちに? なにかすることでもあるのかな、春歌のやつ―――。
第六十話 挿話 一之瀬家と人々 二
「??」
春歌は少し恥ずかしそうにはにかむ。
「健太―――」
「っ」
すっ、っと春歌は椅子から優雅に立ち上がる。その立ち方がとてもきれいだぜ、やっぱり武道をやってるからかな?春歌。
「~、やっぱり座ったままだと、腰が痛いですねぇ。~っ」
春歌は、その括れた腰に右手を当て、腰と背中を伸ばすように背中を少し反らして、ん~っっとストレッチをしたんだよ。
「・・・」
それから春歌はややっとまた元の椅子に腰をかけた。
「健太・・・その、、、私から貴方を誘うのは少し恥ずかしいところがありますが―――」
「!?」
俺を誘う!?
「―――次の再来週の土日は空いていますか?ご予定など」
俺の再来週の土日の予定が空いていないかだってっ!?春歌。
「・・・っ」
っ、まさか―――っ、、、そこで俺は思い至ったんだよ。まさか春歌たんのやつ、、、土日は俺と二人でっ!! これはお泊りデートというやつではっ!! 俺はカノジョに土日お泊りデートを誘われた、ということでしょうかっ!!
「―――っ///」
―――、―――、ふぉっ。あれやこれや・・・。どんなもんじゃっ!!ほいほいっとっ!!
「どうでしょうか、、、健太。その再来週の土日は?」
そ、そんな上目遣いで僕の春歌たんっ!! 当然、春歌は椅子に座ってて、俺は社長椅子の前に立ってんだっ、春歌の視線がそうなるのは当たり前だってばっ!!
「あ、う、うんっ空いてるよ俺。たとえ予定が入りそうでも、来週の土日にはなにも予定は入れないからなっ!!」
ほっほんとは一週間録り貯めた深夜アニメを休みの日に全部消化するんだけどっ、俺の春歌たんにこー誘われたら、俺は深夜アニメより春歌とのお泊りデートを取るぜっ!!
それがたまたまこの土日になったわけさーっ。不思議だなぁっと思っていたんだよ?再来週の休日。いつものシフトの休みは、一か月のシフトだけに月火水木金土日の曜日で週休二日の不規則ばらばらな休日なのに、なんでか再来週は土日が連続で休みになってんだぜ?
つ、つまりはこういうことだったんだっ。春歌は俺とお泊りデートをしたいから、他隊とすり合わせるシフトの融通を利かせてくれたんだ。
「っ」
混成隊の再来週のシフトの休みが、なぜ土日になっていたのか、その理由を今俺は理解したぜ!!見切ったぜっ!!
「っ」
ずびしっ!!その日は俺と春歌たんのお泊りデートの日だったんだっ!!
「ありがとうございます、健太。ふふっ」
ふぉっ!! 俺ににこりっ、っと春歌たんっ。
「お、おうっまかせときっ!!」
テンション鰻登り、鯉滝登り。ついつい言葉遣いまで変わってしまうぜ、俺っ!! 春歌とデートだ。おめかしだ、オタ服しか持っていない俺だけど、服はどうしようかなぁ・・・。ポマードは髪につけるの? デートの場所は? 春歌はどこか行きたいところとかあるのかなぁ・・・っ。
と、泊まるところはホテルかな?まさか和風の旅館? それとも民宿なんて風情豊かなとこが好きなのかな、春歌? わくわくっ、どきどきっ。はらはらっ。いぇーいっ。
「きっと祖父もよろこびます、ありがとうございます、健太」
祖父?
「へ?祖父って・・・春歌の祖父ちゃん?」
どういうこと?
「はい。私の祖父がどうしても健太貴方に会いたいと言っていまして、私から貴方を誘うにように、と」
がぼーん。どぼーん。しょぼーん。
「―――」
俺の、、、青春を。俺の夢を返せーーーーっ!!
「健太?そのように虚ろな目をして、どうかなさいましたか?」
はっ。
「っ。ううん、なんもないデスよ、春歌」
「はぁ・・・? では、早速ですが、明日は休みですし、今日は寮に帰らず、そのまま私の実家に来ませんか、健太? 実は祖父が今か今かと私が健太を連れてくるのを、待っていましてね」
「え・・・」
え、えと・・・ここで断るのも変だしなぁ・・・。それに俺は春歌を好きになって、春歌と付き合うって決めたんだ。どのみち避けては通れない道だ。
「前に健太が私の実家に来たときは、祖父は家にいませんでしたからなおさら祖父は楽しみみたいですよ、健太と会って話すのが」
「そ、そうなんだ。俺もたのしみだよ?」
ちょっと本音じゃないとこもあるけど、でも俺の思い出の、俺の祖父ちゃん愿造と、春歌の祖父ちゃんの、、、泰然さんだったかな、と重なるところがあればいいかな。
//////
すげー、、、まじか・・・。
「―――、、、」
豪華な白亜の扉をくぐり、その迎賓館の中の廊下や床の絨毯は真っ赤でふかふか。豪華な食事がこれまた金銀の台の上に所狭しと並べられてるんだぜ? 学校の食堂とはかなり違っている。
そして柱や壁は真っ白。うぉ、天井を見上げれば、キラキラ光るどでかいシャンデリアが。まるでそれは巨大な金色に光る宝石みたいに見える。
すげー、、、
「―――・・・」
ノーブルだぜ・・・。俺はその見上げた視線をやめ、俺の傍らにいる春歌に視線を持っていく。
「・・・」
じぃっ、っと俺は、真紅のドレスに身を包むその春歌を見つめた。
「健太?その、なにか?」
「いんや―――」
俺は軽く首を横に振る。泰然さんもすぐ近くに、具体的には俺達の先頭を切って歩いているんだが、この場でそれを言ってしまうと泰然さんにも俺の声が聞こえてしまう。
でも・・・ま、いっか。どうせ泰然さんには俺の春歌を想う気持ちは知られている。
「ううん、やっぱきれいだなって、似合ってるなぁって思ってさ。春歌のその赤いドレス」
「っつ」
春歌は驚いたように目を見開いた。
「俺を誘ってくれてありがとな、春歌」
「っ、いえっ・・・。はい、健太」
「小剱くん」
っ!! ぴたりと泰然さんの歩みが止まった。泰然さんにつられるように俺も春歌も足を止めた。
「あっ、はい泰然さん」
その泰然さんに声を掛けられ、春歌に意識を取られていた俺はハッと我に返った。どうやらあのとき先々週の土日には、すでにこの泰然さんには、このパーティーのことは頭に入っていたらしく、、、。俺は泰然さんの御眼鏡に適ったみたいなんだ。泰然さんは自身の長男で、春歌達三姉妹の親父さんである泰一さんと、お母さんの美鈴さんよりも春歌と俺を、このパーティーに誘う同伴者に選んだ、選んでくれた。
「少し緊張しているかな?小剱くん」
「は、はいっ」
だから、俺は泰然さんに、春歌にも、恥ずかしくならないように、、、一之瀬家のみんなに泥を塗らないようにちゃんとしないと、するぞっ!!
「ふふ・・・、堂々としておれば、誰にもその心は悟られることはないというもの」
じ、実は俺の緊張の半分ほどは泰然さんの存在のせいだったりする。でも、それは口が裂けても言えねぇ・・・。
「・・・え、えぇ、、、そうっすね」
「ふむ、小剱くん。もし分からないことがあれば、遠慮なく春歌に訊きなさい。あの娘は何度かこのような集まりに参加したことがある故な、のう春歌」
「はい、お祖父さま」
「儂は先に主催者に挨拶をしてくるよ。ゆっくりしていなさい、二人とも」
「はい」
「あ、はい」
そうして、泰然さんはかっこいいしぶい笑みを俺達に残し、踵を返す。
かっこいい・・・人だ。黒スーツの泰然さんはすたすたと奥へと歩いていく。
「―――」
その泰然さんの背中は、、、・・・俺の父方の祖父ちゃん愿造祖父ちゃんと重なって見えてしまう。泰然さんも剣士だ。冬音ちゃんも剣士だったし、一之瀬家の三姉妹の中で春歌だけが薙刀を使う。その理由は前に春歌が教えてくれた。
「・・・・・・」
遠目だけど、泰然さんは会場の奥にできている何人かの人の集まりに向かって歩いているみたいだ。たぶんその人の集まりの中心がさっき泰然さんの言った主催者だろう。そこに集まっているみんなが黒いスーツとドレスを着た男女達だ。
泰然さんはそこに着くなり、軽く手を上げて声をかけると、その人の群れがサっと割れる。割れると言っても、俺の見ている限りでは、その人達が泰然さんを避けている感じじゃなくて、なんだか、そこの人達が少しずつ立ち位置を譲って泰然さんのために場所を作るように俺には見えた。
「・・・」
「健太、お祖父さまが気になりますか?」
春歌が俺に声をかけた。っ、あまり泰然さんをじぃっと見つめているのは不躾だったかな。
「っ―――、、、うん、それもあるけど、誰が主催者なのかなってさ」
俺は泰然さんや主催者を囲む人だかりから視線を春歌に移した。春歌と一瞬視線が合うも、春歌は泰然さんが加わったあの人の集まりに、今度は俺から視線を移す。
「ほら健太、あの祖父の対面に立っている黒いタキシード姿の方がこのパーティーの主催者の―――」
俺は春歌に言われ、再び視線を泰然さんが歩いていったところに戻した。よく見れば、その誰もが黒スーツ姿だけど、あれかな?あの人。後ろ姿の泰然さんの向かいで和やかに談笑するあの黒いタキシードの人。髪は泰然と同じで白髪交じり、背丈は少し泰然さんより高いように見える。
「―――津嘉山 季訓という方ですよ」
つきやますえくにっていう人? 春歌は俺だけに聞こえるような小さな声でそう教えてくれたんだ。
「へぇ・・・」
「祖父は『すえのやつがな』と、ときどき冗談交じりで話していますよ」
「すえ?」
「はい、健太」
こそこそっと春歌は周囲に気遣うようにしながら、その赤いドレスのポケットの中から電話を取り出す。それから電話の画面を指でちょいちょいっと何度か触る。
「こう書きます」
ひょいっ、っと春歌は俺にその画面を見せてくれた。その春歌のメモ帳アプリの画面には、『津嘉山 季訓』の文字が。
「『津嘉山 季訓』―――」
津嘉山っていう漢字は普通に読めても、『季訓』で『すえくに』なんて読めねぇよ。
俺は泰然さんと向かい合って談笑する、その春歌が教えてくれた津嘉山 季訓という初老の男の人にふたたび目を向けた。
ん?さっきまでいなかったのに、あれ誰だろう?
「?」
あれ・・・?いつの間にか、津嘉山 季訓っていう初老の人の脇に、赤味がかった髪の色をした男の人がいたんだ。その赤い髪の男の人は若い。若いといっても、俺や春歌よりは少し年上に見える。身長はたぶん俺よりも少し高いと思う。黒いスーツを着たそんなすらっとしたイケメンだ。
イケメンって言っても、目つきが鋭どくてクール系とか、目元がかわいい系の・・・そうだな、俺の幼馴染の一人で赤羽 己理ってやつがいるんだけど、そいつみたいに可愛らしい顔をしたイケメンとか、他にもいろいろなイケメンがいるんだろうけど、その赤い髪の人はそのどちらにも当てはまらない。
その赤い髪の若い男の人は優しそうな目元と口元で、さらに爽やかな雰囲気を醸し出している。俺が見た感じ、その人からはそんな印象を受ける。
泰然さんや津嘉山 季訓という人を始め、そこの場所に溜まっている人は男女合わせて十人ほどいる。でも、そこの十人ほどはみんな、俺の父さんの年齢以上のような人ばかりだ。その中でただ一人若いその赤味がかった髪の男の人だけが、ひときわ俺の眼を惹く―――。




