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五世界幻想譚-The Fantasy of Five Pieces-  作者: 高口 爛燦
序章『・・・ある日常の終焉』
6/68

第六話 少女達のいつもの放課後に

第六話


―――ANOTHER VIEW―――


「春歌。今日も私、病院に寄ってから寮に帰るから。ばいばい」

 羽坂 奈留は、鞄を持って帰り支度をしている春歌に一声かけた。彼女達は、日之国日夲政府警備局直下のこの公立警備局学校に通う学友でもあり、また同僚でもある。

「ちょっと待ってください、奈留さん」

「ん?」

 春歌に声をかけられた奈留はその脚を止めて振り返った。その拍子に彼女の綺麗な銀髪が揺れた。

「今日は金曜日ですので、私も一緒に『彼』の様子を見に行ってもいいですか?」

「うん」

 奈留は言葉少なげに肯くと、彼女達は帰りしなに、あのクロノスが言っていたオルビス系の『転移者』が入院する警備局病院の最上階、いわゆるホスピスへと寄ることにしたのだ。

「春歌、クロノスに斬られた傷はもういいの?」

 奈留は、先日の『イデアル』の戦闘員との戦闘で傷を負った春歌に訊いた。

「はい、『医務隊』の方々のおかげで私の自然治癒力を高めてもらったのです。すると三日ほどで完全にふさがりましたので」

「ふーん、それはよかった」

 羽坂 奈留は淡々と答えた。

「はい」

 羽坂 奈留は普段からこういった物言いをする少女なので、初対面の人からすれば感情の起伏が少なく、冷たい人物だと思われがちなのだ。しかし、一之瀬 春歌は彼女との付き合いが長く、羽坂 奈留という少女をよく理解していた。

 そんな他愛ない話をしながら彼女達は顔パスで警備局病院に入り、さらにその上階にある要人専用の区画に入った。

「はい、これを」

「ん・・・」

 二人は要人専用の区画の入り口にいる守衛にその身分証明書を提示し、あの『転移者』が入院している病室を目指した。アルスランが二人の目の前で気を失って十日が経とうとしていたのだ。極秘裏に警備局病院に救急搬送されたアルスランは、背中から刺さったままの矢の摘出手術、それに刃物で斬りつけられてできた裂傷の縫合手術、さらに血液検査を行なった上での輸血と慌ただしく救命手術が行なわれ、一命を取りとめたのである。彼が瀕死の状態から峠を越えると、驚異の回復力で回復していった。

 しかし、一日経っても、二日経っても、三日目に入っても彼は一向に目を覚ます様子はなく、ついに今日で十日目に入ったのである。

 日之国に住む人々は自分達のことを『日之民』と自称し、クロノスがちらっと言っていた『オルビス』、その空間領域に住む人々のことを、その文明化の度合いを光で表し、日之民は彼らオルビス人を『月之民』と呼称する。

 日之国日夲政府上層部は、彼アルスランのいでたちや服飾などを見て、文化水準が昔日の『月之民』の転移者であると判断。『月之民』の日之国への転移例は未だかつて前例がなく、『月之民』と思われる転移者の存在の公式発表は『国民が動揺する』といった判断によって先送りにされ、一之瀬 春歌や羽坂 奈留という二人の管理者以外の、現場にいた警備局境界警備隊員には『君達も他言はしないように』という、緘口令が出たほどである。そこには、一之瀬 春歌と羽坂 奈留という二人の管理者から報告があった、自らを『イデアル十二人会』と名乗ったあの三人の者達との交戦がなによりも大きかったからである。

 警備局の管理者である隊長や副隊長をも容易く退ける、あの『イデアル』の構成員達。その三名を圧倒する『力』がある『月之民の転移者』。その存在に警備局上層部の人間達はみな『異世界からの勇者現る』と色めきだった。しかし、十日経っても目覚めない彼をその人々は半ば諦めてしまっていたのだ。彼が目を覚ますことはないと思っていたのである。


「着いた、じゃ入ろう春歌」

 奈留はアルスランの部屋の扉を叩かずにそのまま入室しようとする。

「ちょっと待ってください、奈留さん。ノックをしていませんが?」

「ん?」

 そこで奈留は首をかしげた。いかにもこれがいつものこと、と言いたげなきょとんとした顔を春歌に見せた。

「いつもしてないよ、私?」

「いえいえ、ダメでしょう奈留さん・・・!!」

「なにが?春歌」

「親しき仲にも礼儀ありですよ。まぁ、彼とは親しい仲ではありませんが―――その、仮にも彼は男性ですし―――・・・とにかく以後はちゃんと、様子を見に入るときは必ずノックをして向こうからの返事を確認、返事がないときには中の様子を窺いつつ―――くどくどくど」

 しばらく彼女の説教は続いたのだった。奈留がジト目と△にした口で春歌の小言を聞き流すこと数分―――。

「長い、堅物ポニテ委員長・・・」

 奈留はうんざりして呟いたのだ。

「奈留さん?」

「ううん、なにも言ってないよ?」

 奈留はしれっとした態度でアルスランの部屋の扉を軽くノックしてその部屋に入った。奈留に続いて春歌も入ろうとしたが―――

「ちょっ・・・奈留さん、いつも急に立ち止まらないでください・・・!! 私への嫌がらせですか!?」

 またしても春歌は奈留の後頭部へ鼻の頭をぶつけそうになって、たたらを踏んだのだ。

「――――――」

「―――奈留さん・・・?」

 病室の扉のところで立ち尽くしたままの奈留の様子が気にかかり彼女は彼女の名前を呼んだのだ。

「は、春歌―――」

 顔面蒼白の奈留は震える声で自分の相棒の名前を呟き、その右人差し指をゆるゆると、彼が寝ていたはずのベッドに向かって指さしたのである。

「―――彼、いなくなってる」

「―――ッ!!」

 春歌もそれを見て、事の重大さを理解した。

「あの、もし『イデアル』のグランディフェルを倒したときと同じ状態のままで目覚めたとしたら―――きっと大変なことになりますよ・・・!!」

「うん、春歌。―――でもそれはたぶん、私は大丈夫だと思う・・・―――」

「その根拠はなんですか?」

「あのとき彼に駆け寄った私は見た。彼は倒れるとき、自我を取り戻していたと思う」

「し、しかし―――」

「春歌、病院は混乱状態になっていないから、たぶん大丈夫のはず」

「・・・だと、いいのですが。一応侑那さんに連絡はしておきます」

「ううん、まだ侑那には言わなくていい」

「正気ですか?奈留さん」

 春歌は、奈留が言った言葉を理解できなかったのだ。春歌は難しい顔をして眉間に皺を寄せていた。

「うん。侑那に電話したら、きっと日之国日夲中に緊急配備がかかるし、なにも知らない一般の隊員まで動員がかかると思う。そしたら、私達警備局はいったい何を隠してるんだー、とか、大きな失態をしでかしたのか、ってきっと、国中から非難が殺到する。そしたらその状況は『企業』にとってはすごくありがたくて、私達警備局にとっては、『企業』の思う壺に嵌まったみたいな―――」

「た、確かにそうですが・・・しかし、事件の隠匿は上官への背信行為に当たります。ここはやはり侑那局長に一報をするべきです」

「隠匿じゃない、春歌。ただ私にしてはちょっと確かめたいことがあるだけ、すぐに終わる。それに、もしさっき私が言ったみたいなことになれば、きっと私達もただではすまない。・・・私は塚本が全てかぶってくれるからいいけど―――春歌は考えてもみて?」

「え?」

「春歌の一之瀬家は、日之国日夲きって有力家系で政界へのパイプも太い。しかも、なおかつ日之国の剣道と薙刀道の名家。その春歌がもし、警備局で失態をしでかしたなら、一之瀬家の失墜は避けられない。春歌は平隊員に降格の上―――当主、お祖父さんに謹慎させられる・・・よ? しばらく春歌は座敷牢生活だよ? いいの?」

「――――――・・・」

 奈留の巧みな話術と口車に乗せられた春歌は、恐怖に顔を引き攣らせながら、左手で握った電話をゆるゆると下げたのだ。

「私は侑那に怒られたくないし・・・。春歌、私達は相棒でしょ?私達なら彼を見つけられるはず。でももし、私の思っている場所にいなかったら、仕方ない侑那に電話する」

「で、では、奈留さんには『転移者』、彼の居所に目星はついていると?」


「うん」

 奈留はとことことアルスランが寝ていた部屋の中まで入っていった。

「奈留さん?」

「う~ん」

 奈留はその部屋に備え付けられた窓の何かを調べ始めたのだ。

「鍵はしまったまま・・・それから窓ガラスは割れてないから、窓から出ていった形跡は・・・なさそう」

 それから奈留はアルスランが寝ていたベッドの布団の中に手を入れた。

「まだ暖かい」

 そこから導き出される答えは―――

「出ていったのは、このドアのはず。しかもまだ布団は暖かいからついさっきまでそこにいた、ということ―――」


「もし、下の一般病棟や外に出ようとするのなら、途中の検閲で身分証明書を見せないと通れませんので、奈留さん―――・・・彼はまだこの階にいるはずですね」

「うん」

 奈留と春歌は無言で自信ありげに肯きあったのだ。


「「―――」」

 二人で難しい顔しながら考え、固まること数秒―――突然、奈留のお腹が空腹でかわいくくぅっと鳴いたのだ。

「あ・・・」

「―――奈留さんのおかげで分かりましたよ、おそらく彼の居場所は食堂ですね」

「・・・う、うん。彼は数日間なにも食べてないはずだから、きっと私みたいにお腹が空いていたはず・・・行こ春歌」

 彼女奈留は自分のお腹が鳴ったことを恥ずかしく思ったのだ。

「えぇ、奈留さん」



ANOTHER VIEW―――END.



―――Arslan VIEW―――



 絨毯の敷かれた一直線の回廊を歩いていく。回廊に沿って小部屋が設けられ、その中には様々な人々が、老若男女の区別を問わずに居たのだ。どの人にも白い服を着た給仕のような人々が世話をしているのだ。すなわちオレがいる、オレが寝かされていたこの大きな屋敷は、どうやら施療院のようだ。

 オレはその回廊を歩いているうちに、良い匂いが漂ってくるのに気が付いてこの場に至ったのだ。

「おぉ・・・!!」

 なんと素晴らしき所か。様々な台には数々の、いい匂いを漂わせる食べ物や飲み物が所狭しと並べられていたのだ。そこでは人々が各々にその台から食べ物を自分の大皿に取り分けて、またある者は椅子に腰かけ、机に大皿を置き、食事を摂っていたのだ。歓心しながらオレがその光景を見ていると、ひとりの白い服を着た給仕とおぼしき女がオレに近づいてきた。

「ここの階の方々はバイキング形式のお食事になっていますので、お好きにお取りして食べてくださいね」

「ばいきんぐけーしき?とはなんだ?」

 オレはこの白い服を着た給仕からこの屋敷での飲食の作法をいろいろと訊いて教えてもらったのだ。

///

 オレは誰もいない机を見つけてそこに腰かけた。

「・・・・・・」

 自ら食物を選り好み取った大皿からは美味しそうな匂いが漂ってくる。そのうちの一つ、粘度がある茶色のたれがかかっている鶏肉をおそるおそる口に運んだ。

「!!」

 美味い!! めちゃくちゃ美味い。なんだこれは!! この口に纏わりつく甘辛いたれ。柔らかくとてもみずみずしい鶏肉。こんな柔らかくて美味しい鶏肉はオレが生きてきた中で食べたことのないような鶏肉の料理だった。夢中で鶏肉を全て平らげ、次にオレはこの紫色の丸い実がたくさん付いて房状になった果物を手に取った。そのうちの一つの実をちぎって丸い紫色の果実を一つ口に運んだ。

「おぉ」

 これもめちゃくちゃ甘くておいしいものだった。若干皮が渋いものの、このような甘い果実もいまだかつて食べたことはないものだった。今、口にいれた果物はブドウという名前らしい。そういえば義妹のイェルハから聞いたことがあったな、ブドウなるつる植物の実から作るルメリア産の果実酒のことを。この実があの果実酒の原料となるのか。

 次にオレは表面が茶色のざらざらした食べ物を一つつまんだ。手に脂が着くところを見るからに何かしらの肉料理だろう。

「・・・、・・・」

 鼻に近づけて匂いをかげば、とても香ばしかったのだ。この匂いはおそらく香辛料をふんだんに使って味付けをしているのであろう。香辛料というのは南方の商人が持ち込んでくる至高の味付け材料でオレのエヴル・ハン国の地域では採取することのできない植物から作るらしい。

 一口食むと、柔らかくてみずみずしく、口の中でまたじゅわぁっと香ばしい脂が広がる。・・・おそらくこの肉も鶏肉だろう・・・鶏の脂が沁み渡る。この香辛料の絶妙な味付け、辛くもなくまたなんといえばいいのだろうか、とにかく香ばしいのだ。

「―――美味い」

 オレが知っている肉料理といえば、羊肉や馬肉をそのまま焼いたもので、味付けは岩塩などを振りかけ、また香草を添えたりもする料理だ。

「この料理はなんという名前なのだろう―――?」


「それはから揚げ―――というの・・・(でろでろ~)」

「ッ!!」

 そのオレの耳元で語られたおどろおどろしい女の声と吐息に、オレは飛び上るほど驚いて―――

「ゴホッゴホッ―――、―――、!!」

 息をするほうに食べ物が入って噎せたのだ。思わずドンドンっと手で握りこぶし作り、胸を叩く―――

「ッ!!」

 痛い―――!! そうだとも、胸から脇腹にかけてニコラウスの奴に戦斧で斬られた傷がまだ治っていないのだっ―――!! その痛みでオレは背中を丸めるのだった。

 しばらく経つと、傷の痛みと噎せて咳き込んだ苦しみからも解放され、オレはその女の声の主がいるであろう、後ろを警戒しつつ、振り返ったのだ。すると、そこに立っていたのは―――銀髪の少女だったのだ。その髪は彼女の肩より下まで伸ばされていた。

「―――・・・」

 不機嫌そうな目つき。この銀髪の女子は不満げに、またご機嫌ななめと言ったように口元を『△』にしてオレをジトっとみていたのだ。

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