第五十七話 月之国へ 一
第五十七話
―――ANOTHER VIEW―――
それは第六感社諜報部の部室での会議の様子だ。一番奥の上座に座るのは第六感社の取締役の一人である諜報部取締役の松本 三輪鉾だ。―――そして彼から見て直角・・・コの字型になるように配置された長机と椅子。そこに座るのは、諜報部部長定連 重陽、同じく部長の九十歩 颯希、同じく野添 碓水だった。野添 碓水は先の警備局との戦いで負傷しており、両手に包帯を巻いているのだ。そして、もう一人の部長芦原 旦悟という者は、今は出向中なので、この場にはいない。
「重陽、颯希、碓水―――部長のお前達の耳に入れておかなければならない事実がある」
その重厚な声を響かせながら、松本 三輪鉾は部下達に静かに語り出す。
「「「―――」」」
「第六病院を脱走した能力開発・育成部所長針崎 統司の件についてだが、皆も知ってのとおり、我が社はその行方を一向に掴めていない」
「そうだよねぇ、どこにいったんだろう?統司・・・」
九十歩 颯希は心配そうに呟いたのだ。それに続くように今度は野添 碓水も口も開く。
「しかし、松本殿。俺には少々腑に落ちないことがあるのです。我が諜報部や特別編成された捜索隊をもってしても針崎所長の行方が掴めないなどと―――そのようなこと俺には信じられません」
「うむ、碓水の言うことももっともだ。捜索隊の隊員の中には探知能力者もいるのだが、それでも針崎所長はどこにも見つからないのだ。そういう膠着状態の中、諜報部に一つの業務決定が出された。諜報部で現在行われている業務を―――針崎所長の捜索を取り止める決定が役員会で承認されたのだ」
「え?私達力不足?」
「だから、俺らはお役御免っていうことですか?松本さん」
定連 重陽は、それまでの体勢を、背を伸ばすかたちで改めた。
「いや。そういうことではない、重陽、颯希」
松本 三輪鉾は首を左右に振る。
「お前達という高級諜報員を抱える我々『諜報部』をずっとこんな針崎所長の捜索に駆り出すことで、諜報部を拘束しておくのはいただけないということだったのだ」
「なるほど。でも松本さん、俺らがこんだけ捜しているのに見つからないんすよ?針崎のやつ。俺が言うのもあれですけど、あいつどっかでくたばってるかもしれないっすよ・・・? 俺が知る限り、警備局に捕まってるって話もなかったし・・・」
「いや、絶対に死んではいない」
松本 三輪鉾は、部下の定連 重陽に対して語気強く断言した。
「「「――――――」」」
「お前達も知ってのとおり、針崎所長は少々行き過ぎた思想があってな。第六病院脱走後の彼がなにか大きなことをしでかす前に可及的速やかに、針崎所長を回収する必要があった。が、針崎 統司の身柄引受人が出た。個人というよりも組織だがな」
「あの統司を!? まるでもう危険物扱いだった統司を引き取るなんて・・・そんな統司を引き取る組織があったなんて・・・ちょっと信じられないって。ね、シゲもそう思うでしょ?」
「颯希の言うとおりだわ、俺。針崎っていう危険物を回収してその組織ごと爆発ってならないことを俺は祈るわ」
はぁっとめんどくさそうに定連 重陽はため息をついた。
「そして、それに我ら諜報部がまた駆り出されるのが目に見えますな。定連殿、九十歩殿」
「私ものっちの言うとおり絶対そーなると思う。シゲもそう思うでしょ?」
「はぁ・・・だろうよ」
定連 重陽は九十歩 颯希に同意の溜息を吐いて松本に視線に移した。
「で、その針崎所長を引き取った組織のことは掴んでるんすよね?どこの組織っすかぁ?」
定連 重陽は気だるそうに、上司の松本 三輪鉾にその口を開いたのだ。
「そうだねぇ~私達統司にあんなに振り回されたんだもんねぇ、私達にも知る権利ぐらいはあったっていいと思うの」
「お、俺の大切な『日之刀』が―――・・・」
颯希が言ったあと、それから野添 碓水は無言で悲しそうに視線を自らの手元に落とし、その自分の両手に巻かれ、白い包帯を見た。あの健太が創り上げし、氷箱の中でその日之刀を力の限り振り回した野添 碓水の両手首の骨は骨折していたのだ。他にも筋肉は肉離れを起こし、それはもう痛々しい姿だった。
「知りたいか?」
三名の部下のその様子を見て松本 三輪鉾は口を開いたのだ。
「まぁ、そりゃあ・・・俺らに話せるんならっすけど―――」
それから定連 重陽は同僚の野添 碓水を見たが、彼はあまりにも悲しそうな表情でその包帯を巻いた両手を見つめているので、定連 重陽は野添 碓水に声を掛けられなかった。
「―――、颯希は?」
だから、定連 重陽は九十歩 颯希に振り向き、声を掛けたのだ。
「うん、まぁ知りたい・・・かな。なんだかんで私は統司とは歳は違うけど同期だったから」
「そうか。ではお前達に教えてやろう。だが絶対に他言無用だ。他言すれば消されるぞ」
「俺らを消す?」
定連 重陽は自分達ほどの実力者を消すことができる存在はそうはいないと思っているのだ。
「私が『総帥』から聞いたところによれば―――針崎 統司を引き取った組織は『理想』だ」
「「「―――」」」
諜報部の会議室がシンと静まり返り、空調以外の音は聞こえない。
「・・・へ、へぇトージが『理想』に―――・・・ひょっとして『総帥』の・・・進言でもあったのかなぁ・・・」
その静まり返った沈黙を破ったのは、なんだかんだで針崎と同期の九十歩 颯希だったのだ。だが、それもそこまでだったのだ。自分は、あまり踏み込みがすぎれば、己の真の正体が白日の下に晒されてしまう。だが、彼女はこのことを塚本 勝勇や他の『灰の子』の仲間達に早く伝えたいと、そう思っていた。
「颯希、重陽、碓水。そして我々諜報部は針崎所長の事は忘れていつもの業務に戻る。―――派手な動きの後だ、警備局も最大限の警戒をしているだろうしな」
「「は、はい」」
颯希と野添 碓水は戸惑いながらも、上司松本 三輪鉾に返事をした。
「その・・・俺はどうしますか?」
「重陽。あの夜の一件以降、我が社と警備局は明確な敵対関係となった。お前は境界警備隊隊長として引き続きあちらの情報収集をこれまでどおり行なってくれ。報告は随時な、颯希を介してしてくれ」
「はい、松本さん」
「重陽、お前は優秀な諜報員だ。絶対に失うわけにはいかん人材ゆえ、しばらくは警備局内で危険な綱渡り的な任務は控えるようにな。いや、あの『哂いメガネ』あたりは薄々気づいていて、わざと泳がされているのやもしれんがな」
「―――・・・」
「もし身バレしていることが判れば、すぐに颯希を介して警備局を脱出するように。いいな、重陽」
「はい、松本さん」
「お前達が針崎のことや総帥のことで動揺するのは解るが、各自、気を引き締めていくように。いいな」
「「「はい」」」
ANOTHER VIEW―――END.
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―――Arslan VIEW―――
「なぁアルス、俺も月之国を旅したいんだ。俺も一緒に連れていってくれよ」
「む?」
それはケンタからの突然の申し出だったのだ。しかもその話は畏まったものではなく、然るべき場所でもなく、警備局寮の食堂で飯を摂っているときの日常会話でのものだったのだ。
「それ本気か・・・ケンタ?」
「あぁ、もちのろんだぜ!!」
「では、なぜケンタは月之国に行きたいと思ったのだ?」
オレは匙を皿の上に置いたのだ。うむ、オレは今しがたシチューという汁物をすすっていた。ケンタは皿の上に置かれた肉団子を箸でおもむろに挟んだのだ。
「俺は、確かにアニムス強度で最強のSを叩き出したかもしれない。でも、あの夜の第六感社との氷箱戦で俺はまだまだ自分が未熟だってことが解ったんだ。あの野添っていう剣士に氷箱は突き破られるし、あの炎のおっさんに氷を溶かされたしさ―――」
そうしてケンタは箸で挟んだ肉団子を口の中に放り込んだ。
「ふむ・・・」
オレは黙してケンタの独白を静かに聞いていたのだ。それはこの場に同席しているナルやハルカも同じだったのだ。
「んで、あのロリばあさんは俺のことなんて眼中にもないって感じだったしさ―――。んで、俺思ったんだよ、もっと強くなりたいって。日之国ではこれ以上強くなれないと思うんだ。今のこの強さアニムス強度Sが日之国の限界だと思うんだ。でも月之国ってのはアルスみたいな達人級の強者がごろごろいるのかなぁって。月之国そこに行ったら俺も・・・限界突破ができるかなぁって」
「ケンタよ。オレが強いかどうかはさておき、その『ろりばあさん』とは?」
「あぁ、あいつだよ。ほらアルスと話してたあのクルシュとかっていうあの女の子のことだってば」
「あ、いや。うむ、ケンタが誰のことを言っているかは解っているのだが、その『ろりばあさん』とはどう言った意味なのだ?」
「あぁ―――そういうことか。お?奈留たんが説明してくれんの?」
「うん」
ナルがじぃっとオレを見つめる。
「んとね、アルス。『ロリばあさん』とは―――」
ナルがケンタの代わりに口を開いたのだ。
「オタク用語になるかもしれないけど『ロリばばあ』ともいう。見た目は小柄ですごく若いのに、本当は歳を喰っている女の人のことを言うの。その正体はたいてい吸血系などの人外が多くて、キャラ的に胡散臭い人物に使うことが多いと思う」
「そうだよなー、奈留たん。吸血系の他にも人魚系もあるよなー。あのクルシュっていう女の子ももしかしてそうかもなー、なんてハハハ。んな、わけないか」
「ふむ。解った」
つまり、肉体は歳を取っておらず、魂だけが歳を喰っている者のことだな。もし、そのようなことが在るならば、その人物が生きてきた年数も長く、様々な事を人生で学んできたことがだろう。然るに人生経験も途方もなく豊富な者ということだろう。まさしく人外の者だな。
「―――つまり、話を戻すと、ケンタは自身の修行のためにオレの旅に同行したいというわけだな?」
「俺は強くなるぜっ!! そして俺は日之国三強を越えていく男だッ。俺を置いてお前だけ月之国で強くなろうなんてそんなのずるいぜッアルスッへいへいっ!!」
ケンタは食の席から急に立ち上がり、ずびしっと天のほうに向かって指をさしたのだ。
「「・・・・・・」」
ケンタの調子のいいお軽い言動を認めた二人ナルとハルカがケンタに色褪せた視線を送ったのだ。
「健太は一緒についていかないほうがいいと私は思う。ぼそぼそ(て言うか、私とアルスの二人旅ついてこないで)・・・―――(アルスと二人きりがいい)にやにや」
「―――」
そこでハルカは無言で箸を置き、手ぬぐいで上品に口元を拭く。ハルカは口元を拭き終えると、手ぬぐいを四つ折りにして食卓の上に置いたのだ。
「貴方では無理です。行けません」
そして、ぴしゃりとハルカはケンタに言い切ったのだ。その発言にはさすがのナルもケンタもしばらく黙り込んだのだ。かくいう俺も。
「な、なんでだよ、春歌。俺が弱いからか?」
「いえ、そういうわけではありません。健太貴方は警備局境界警備隊の隊員ですから、警備隊の任務をこれからも続けてもらわねばなりませんので」
「じゃ、じゃあなんでアルスは月之国に行けるのさ?」
「う・・・そ、それはですね・・・えっと」
ハルカが言いよどんだのを見て取ったナルは口を開く。
「アルスは元々月之民だから関係ないの、健太。健太はなに? どこの民?」
「え、えと俺は『日之民』。で、でも転移―――」
自分は転移者だからというケンタの言い訳が始まるのと、思いきや。
「そ、そう・・・です。奈留さんの言うとおり月之民のアルスランとは違い、健太貴方は日之民なのですよ? 健太貴方は転移者なので解らないかもしれませんが、この惑星イニーフィネの五世界に住む者達―――私達にとって自分以外の世界に行くということは『禁忌を侵す』ことのなにものでもありません」
ハルカはこの機に乗じたように、ケンタになにやら『禁忌を侵す』などと畳みかけるように言ったのだ。
「禁忌を侵すってどういうことだよ、春歌?」
健太のそのきょとんとした言葉にハルカはため息をついたのだ。
「え? ため息をつくほど俺、変なこと言ったか春歌?」
「―――」
ふむ、確かにオレが居たエヴル・ハン国のあった世界でも、己の民が信仰する存在の教えにより、戒律を護る民がいた。その者達の心情と同じものだろう。
「例えば、それは神の教えを『遵奉』している者が『戒めを破る』ことで己に降りかかるであろう不幸を畏れる心と同じ心情と考えてよいか?ハルカよ」
「えぇ、まさにアルスランの言うとおりです。私達は『越境』という行為に本能的な恐怖や畏怖を覚え感じるのです。私達、五世界がいまだに完全な一つの世界にならないのは『その心』があるからです。ただし―――イニーフィネ帝国に住む人々はそれには当てはまらないと以前、祖父に聞いたことがあります」
「うん。春歌のいうとおり。でも中にはその畏怖を全く感じなかったり、物ともしない人間も僅かにはいるけど・・・」
そこでナルは自身の言葉を切ったのだ。きっとナルもその部類に属する人間に違いない。なぜなら彼女は―――
「それなのに健太貴方は自ら月之国に行きたいなんて、信じられません」
「たぶん、それは俺が『転移者』だからだってば。そんな、他の世界に拒否感なんかないもん、俺。あぁ、行きたいぜ、月之国ぃ~。そこで俺は『剣聖』を目指すんだからな!!」
「それに月之国は日之民にとってはとても危険な世界であると祖父より聞いたことがありますよ、私は」
「ねぇ、健太考えてもみて?」
「なんだよ~奈留たんまで」
「月之国は私達日之民にとっては未知の世界にして未開の世界だよ? それにね、月之国を旅するということは私達日之国の常識が通じない、はず・・・」
「春歌も奈留も二人揃ってなんだよ。あ、そうか俺を行かせたくないんだな!! 俺を日之国の日府に閉じ込めるつもりだろう?」
ケンタはナルとハルカから否定され続けて徐々にいじけてきたようだ。
「え、えと。そうとは言ってませんよ、健太。私が言いたいのは、月之国という場所は―――私達が居てはいけない場所といいますか・・・その。健太は月之国のことが全く解っていないのですっ」
「そんなの解ってるよ中世だろ!? 城がいっぱいあって騎士がいて馬車があって、んで文明にやられた現代人みたいなのじゃなくて、えと人々は素朴で牧歌的で純粋な心を持った人達ばっかで―――」
「ううん、健太は何も解ってない」
「春歌や奈留だって月之国に行ったことないくせに何が分かるって言うんだよ!!」
「・・・健太、痛いとこを突く」
「そ、それは・・・。た、確かに私は月之国には行ったことはありませんので・・・。えとアルスラン貴方から健太に何か言ってやってください」
その視線でハルカに援けを求められたオレはハルカに僅かだけ視線を合わせて、今度はケンタに視線を送ったのだ。
「・・・」
オレの言葉に果たしてケンタが耳を傾けてくれるのかは、正直言って分からないが、仕方あるまい。そうは思ったものの、オレはその重い口を開くのだった・・・。




