第五十話 惨劇の生き証人
第五十話
「僕達日之国軍と日下の民、さらにイニーフィネの軍人達を業火の炎熱で虐殺し、日下国の首府を滅ぼした、その惨劇の作戦名は―――」
カツトシは右手で眼鏡を押し上げる。
「『廃都市計画』―――」
「―――」
「当時、日之国日夲政府は、イニーフィネ帝国軍の攻勢に直面し、日之国劣勢という戦局を打開したかったんだ。でも、それを行なえるだけの兵力も兵器もなかった。しかし、その局面で動いたのが、日之国の大企業『第六感社』だった。第六感社は『ある組織』と日之国政府を仲介した。日之国政府、第六感社とその組織の利害は一致し、日之国政府は、イニーフィネ帝国との泥沼のような戦争に終止符を打つために、その『ある組織』の力を仰いだ。かくして星暦一九八八年八月十三日昼十二時十五分―――その『ある組織』彼らによって『廃都市計画』は実行に移された。『ある組織』は『古き大イニーフィネ』の時代のイニーフィネ人によって創造された七基の『禁忌の古代兵器』のうちの一基『煉獄』を持ち出し、生きた人間もろとも街を―――・・・」
カツトシは、己がそこまで語ったというのに―――だが、カツトシは逡巡するように言葉を止めたのだ。
「カツトシよ、そなたが悲しむ気持ちも分かる。カツトシよ、教えてくれ。彼奴等『ある組織』とはいったい誰なのだ? お主のことだ、その廃都市計画とやらを実行した『ある組織』の名も掴んでいるのだろう? 」
「ふふっ―――フハハハハハッ―――!!」
オレはてっきりカツトシは、悲しみが大きすぎて自身の言葉を詰まらせたと思っていた。だが、実のところ違っていたようだ。カツトシは怖いまでの笑みを浮かべて、急に声高に笑い始めたのだ。
「―――なにがおかしい?」
その高笑いを不審に思ったオレは眼を細めた。
「ははッ―――おかしいんじゃないよ、嬉しいのさ、アルスランくんッ―――!! すでにアルスランくんがそのうちの一人を氣の斬撃でこの世から消し飛ばしてくれたからね・・・!!」
「―――」
オレが氣の斬撃で消し飛ばした者―――それはオレが思い出した記憶の中にいた『イデアル』という秘匿結社の一員の者だ。確か・・・名前は炎騎士グランディフェルと言ったか・・・。
「あのとき日下で敵味方構わず全てを皆殺しにしたその憎むべき組織の名は『イデアル』。そして僕達廃都市計画の生き残りは一つの組織を立ち上げた。その組織こそが『イデアル』の壊滅を目論む組織『灰の子』だ―――。僕達は彼らを絶対に野放しにはしない―――。彼らは無慈悲に、劫火で敵味方なく全てを消し去り―――僕の親友達の存在を消し、そして、僕の婚約者は親友を失い悲しみに泣いた。僕は『イデアル』を絶対に赦さない」
カツトシは己の復讐のために生きる男だったのだ。オレは、復讐は何も残らない、とカツトシに言うことはできなかった。なぜならば―――オレもカツトシと『同じ穴の狢』だからだ。
「―――・・・」
カツトシがさきに言っておったチカカド=シンゴとハサカ=アイリという二人の、カツトシの仲間。ハサカ=アイリとは、ナルの母親アイリと同じ人物に違いない。そしてチカカド=シンゴなる男はおそらくナルの父親であろう。
「―――カツトシよ、そなたの親友達とはナルの両親であるな?」
「―――」
カツトシは無言で肯いたのだ。そうか、ナルやフィーネを苦しめる輩どもの目的と正体が今はっきりとしたのだ。フィーネからただ漠然と『悪い子達』としか、聞かされていなかったものでな。
「ならば、『イデアル』はオレの敵でもあるな」
オレのその言葉はカツトシにとっては意外なものだったようだ。
「―――アルスランくん・・・?」
「カツトシよ。ルメリアの者どもを屠るついでだ、オレが彼奴等『イデアル』の誰かを月之国で見かけたら、オレがこの手で消しておく―――」
Arslan VIEW―――END.
―――ANOTHER VIEW―――
「奈留どうしたんだい?こんな女子寮の屋上に僕を呼び出して」
「塚本。私に何か言うことがあるはずでしょ?」
「ん?何かな? 僕は別に奈留に言うことは―――そっか思い出した、ごめんよ奈留」
「・・・・・・・・・」
塚本はすまない、と奈留の目の前で両手を合わせた。
「今日、奈留のプリンを食べてしまったのは僕の出来心なんだ、すまない。だからその穴埋めはまた今度にしてくれないかな、ケーキでいいかい? ―――はははは」
塚本が自分に向ける、そのへらへらとした態度が奈留の癇に障るのだ。
「ッ」
静かなる怒りが頂点に達した奈留は、警備服の内ポケットに右手を差し込むと、一丁の黒い銃を取り出し、その黒い銃に両手を添えて構えた。
「―――奈留。君が僕に向けた親友の『それ』―――本気なんだね」
「ふん・・・!!」
奈留は、その黒い銃の構えを解くと、その形見の銃を懐に仕舞う。
「おや、仕舞うのかい?」
「塚本を撃っても弾が無駄になるだけでしょ?違う?」
「・・・・・・」
奈留のその白けた視線を受けて、塚本は短くはぁっとため息を吐いた。
「ここ数日、アルスの様子が変だったから、私は気にしていた。そしたら昨日になって塚本がアルスをどこかに連れてに行くのをたまたま見た。アルスになにを吹き込んだの、塚本?」
「・・・吹き込んだ?なんことだい? いやぁ、そのとおりいまどきの若者と飲む熱いお茶は格別においしかったよ、奈留。お茶が熱くてね、ふぅふぅと吹き込みながらお茶を啜るんだ。いやぁ僕も歳を取ったってことだね、ハハハハ。そうだよ、奈留。あのとき君も一緒に僕達と来ればよかったんだよ。僕が奢るよ?」
「ッつ!!」
塚本の自分に対する、そのおどけてとぼけた態度が、ますます奈留を苛立たせるのだ。アルスランのことを『いまどきの若者』と塚本は敢えて言ったが、アルスランはそもそも中世世界からこの世界にやってきた『いまどきの若者』ではないのだ。そして、それを解っていて塚本はこのような態度を取っているのだ。
「おや?奈留どうしたんだい。そんなに眉間に皺を寄せるとかわいい顔が台無しになるよ?」
「―――白々しい。アルスと塚本が話しているとき、ほんとは私が尾行していたことに気づいてたくせに」
「ふむ」
奈留の憤り混じりのその言葉に、塚本はふむ、という短い一言を発した。そして、塚本は右手で自身の眼鏡を押し上げると、そのおどけたような表情と態度は消え失せたのだ―――
「―――・・・」
―――塚本の眼鏡のレンズの角度は光をはね返し、奈留の視線を遮るものだった。しかし、光を反射した眼鏡のレンズによって見えなくなった眼と違い、塚本のその口元は怪しく哂い、三日月のような口角になったのだ。
「塚本―――あなたはいったいなにを企んでいるの?」
「僕が企んでいる? いったいなんのことだい奈留―――」
しかし、その言葉の口調は、わずかに笑みを含むものだ。
「これ、なんだと思う?塚本」
奈留はふたたび懐から一丁の黒い銃を取り出し、それを握って塚本に見せたのだ。
「それは銃だね」
「見れば誰でも解る。そうじゃなくて私が言いたいのは―――」
「―――僕は彼女がそれを持っていたの見たことがあるよ。奈留が持っているもの、それは愛莉さんの銃だね」
「そう。お母さんの形見の銃」
奈留は手の中にある母の形見の銃を、柔らかい眼差しで愛おしそうに見つめた。そして、口を開く。
「私は両親の詳しい事情は知らない。警備局の精鋭部隊に属していたお父さんもお母さんもそれについて私には何も話してくれなかった」
「それはね・・・奈留。君がまだ幼かったからだよ―――」
奈留はその射抜くような力強い眼で、塚本を真正面から見据え、口を開く。
「そう、当時の私は子供だった。でも今は違う。私は自分の意志で、自分の未来を決めていく。塚本は、私がお父さんとお母さんの話を持ち出すとすぐに折れる、それを娘の私はよく知っている。だから、あえて塚本に言ってるの」
奈留の語りに徐々に塚本の笑みは消えていき、今の塚本の表情は本当の真顔になっていた。
「・・・・・・」
「塚本が囚われているものは私の『両親』。私が囚われているものは『喪失』」
「僕の敗けだね・・・」
塚本は両手を上げて降参の姿勢を奈留を示した。だが、塚本のその表情は諦めのものではなく、嬉しそうだったのだ。まるで、成長してゆく我が子を見るように。そうして笑みの種類を変えた塚本は、薄く儚い笑顔を奈留に見せる。
「奈留のその銀髪と力強い眼差し―――きみの父・・・僕の親友近角 信吾にそっくりだよ。彼はね、僕に、恋愛相談をよくしてくれたんだ。羽坂 愛莉さんと両想いだってことがわかると、とてもはしゃいでいたよ。それからしばらく経ったある日―――信吾が、『今日は愛莉さんと初デートをするんだ、髪型と服装はどうしたらいいと思う?』って僕に訊いてきてね―――」
奈留は、恥ずかしそうな顔になったのだ。
「塚本もういい。―――両親の恋バナを娘の私に聞かせないで・・・恥ずかしいから」
「あの二人はとても仲睦まじくてね。奈留、君が産まれたときには、信吾のやつ泣いて喜んでいたよ。―――くく」
「やめて塚本、恥ずかしい」
その言葉に奈留は照れ隠しか、プイッとそっぽ向いた。
「ははは・・・」
そうしてややあって塚本は真剣な顔になって語りだす。
「今、『警備局』の上層部は意見の相違で二つに割れているんだ。知っていたかい奈留」
「私は警備局の上層部のことなんて興味ない・・・」
「だろうね、奈留だもんね」
やれやれと塚本を肩を竦めた。
「・・・なんかその言い方も態度もムカつく」
そう言って奈留は、塚本にジトっとした半眼の視線を送った。
「―――意見の相違、それはアルスランくんの処遇についてだよ」
しかし、アルスランの名前が出た途端、奈留はその眼をくりっと大きくさせて、興味津々と半ば身を乗り出した。
「アルスの?」
「そう。僕達はどちらかといえば、月之民の転移者の彼をこのまま『警備局』に引き入れて脆弱な『境界警備隊』の戦力増強を図る一派だ。でももう一つの派閥があるんだ」
「もう一つの?」
「うん。もう一つは月之民の転移者である彼アルスランくんを危険視して放逐しようとする日之国国粋主義の一派―――。今までは僕達の一派が、そっちを抑えられていたんだけど、どうやらアルスランくんをこの警備局から追い立てようと暗躍する間者が、この警備局内に紛れ込んでいるらしい」
「・・・」
奈留の拳に力が籠ったのを認めて塚本はさらに言葉を紡ぐ。
「だから、最近ではその両派閥の権力闘争が激しくなってきていてね。そんなときに、ちょうど機に乗じたように『第六感社』から『警備局』に対して、アルスランくんを『第六感社』に引き抜きたい、なんてそんな要求もあってね」
「第六感社は・・・碌な事を考えていない。きっと転移者のデータが欲しいだけに決まっている」
「そうだね・・・。で、アルスランくんの処遇を決め兼ねた『警備局』の最上層部。・・・侑那からも『アルスラン君の処遇を特別監察官の塚本くんに任せようってことになりそうだわ』って聞かされてね」
「諏訪 侑那・・・最近、私にやたらべたべたしてくる。春歌にべたべたしてほしい」
「まぁまぁ許してあげてよ奈留。侑那は愛莉さんの親友だから、きっと娘の奈留のことが気にかかるんだよ」
「ふ、ふんっ・・・」
奈留はまんざら嫌でもない、という風にぷいっと顔を逸らした。その紅潮した顔を塚本に見せたくはなかったのだ。
「えっと僕は・・・いや侑那とだね、いろいろ考えたよ。僕と侑那で考えあぐねてもどっちがいいかなんて分からなかった。そして僕達は第三の選択を思いついたんだ。―――だから僕はアルスランくんに月之国に行ってみないか、と。そう彼に提案したというわけだよ」
真実と虚構と事実を織り交ぜ、混ぜ込みながら、不都合なことは一切喋らず、彼塚本は奈留にかたるのだ。だが、事実として存在する事柄としては、定連 重陽という第六感社の間者が、アルスランという月之民系転移者の存在を引き合いに出し、警備局内の二つの派閥対立を煽っていたことは事実である。さらに、その後の権力闘争に関することも。
「・・・アルスも塚本も、私には何の相談してくれなかった。ちょっとさびしい」
「ごめんよ、奈留」
「でも・・・私は塚本と侑那の案が一番いいと思う」
「ありがとう、奈留」
「・・・ふんっ」
「そういえば奈留。侑那がね、今度こそ親友の―――愛莉さんの娘さんとじっくりお話がしたいんだってさ」
「・・・・・・いい、話したいと思ったときに自分から話す」
「・・・そっか、そう伝えておくよ、侑那に」
「それより、塚本は早く侑那と結婚して。侑那をこれ以上、待たせたらダメ。ほんとは解ってるくせに、このじらし変態が」
「僕が変態かどうかなんて、ま、そんなことは置いておいて。侑那とのことはそうだね・・・でも、今、奈留に言われて少しは勇気が出たよ、僕は」
ANOTHER VIEW―――END.




