第四十九話 生きる道
第四十九話
「・・・・・・・・・」
あのハリサキとの会合の後、あの廃れた街から、オレはどのようにして歩いて寮まで帰ってきたのだろうか。オレはハリサキに言われたとおり、徒歩で歩いて帰ってきたのだ。だが、その道中であったことをはっきりと覚えていないほどにオレは、ぐちゃぐちゃと頭の中で考えながら混乱し、動揺していたのだ。
「―――・・・」
オレはどのようにすればいい? 第六感社という結社のハリサキに帰順するというのか? バカな、そのようなことはあってはならない。・・・だがオレは―――もう一度彼奴ハリサキに会わなければならない―――
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「やはり、オレがハリサキについていくというのは考えられないな」
しからば、どのようにするか。オレ自身が月之国に行き、本当にルメリア皇帝アレクシウス率いるルメリア帝国が存在しているのか、を確かめに行けばよいのだ。では、どうすれば月之国に行けるのか。月之国とは何処に在るのか―――
そこは本当にオレの故郷のような場所であるのか―――オレの興味は尽きない。
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オレがそのように考えあぐねていて、ハリサキと会合してから、一日経ったときのことだったのだ。
「アルスランくん。ちょうど奈留もいないし、ちょっといいかい。男同士の話をしよう」
『ちょうどナルもいない』と・・・彼カツトシは言ったのだ。まるで、今ここにナルがいないほうがいい、と言っているようだった。カツトシの思惑と男同士の話とはいったいどのようなものであろうか?
「いや、ちょうどオレも、そなたカツトシと話がしたかったのだ」
オレはカツトシに訊いてみることにしたのだ、月之国ことを。そこに至るまでの道のりのことを。
「奇遇だね、僕達は。そうだ、ここではなんだから、ちょっと歩こうか、アルスランくん」
「うむ」
カツトシに連れられて来たのは警備局の施療院の一番上、誰もいない屋上だったのだ。その施療院とは、オレが日之国に来て初めて目覚めたあの施療院だ。カツトシは屋上を閉ざす鉄の扉をゆっくりと閉めた。バタンという扉の音を立てぬよう静かに、な。
「アルスランくん、ミルクティーだよ。どうぞ」
「すまない、カツトシよ」
金属の缶に入った乳で割った紅茶を受け取る。こちらの世界にきて、もうすでにオレは一年以上はこの日之国で暮らしている。よって、金物できた缶の蓋―――プルタブというものを、この人差し指で開封することはもうお手の物となっていた。
「カツトシよ、聞いてくれ。オレは今まで全く考えが及ばなかったことを、考え始めたのだ」
オレはさっそくカツトシに切り出し、月之国のことをいろいろとカツトシに訊いてみたかったのだ。オレの月之国行きを反対されてもいいようにまずは、その月之国へと至る方角を真っ先にカツトシに訊いたのだ。
「月之国は日之国の真南にあるんだ。でもね、月之国との境界を接する日之国日月地方は暗き森が約七割を占め、そこを越えれば、天を衝くような『天雷山脈』がある。その山脈で日之国と月之国は隔たれているんだ」
「その高き山々の高さはどのくらいなのだ?」
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「アルスランくんがもし良ければ、この惑星イニーフィネにある月之国に行ってみないかい? 新たな発見があるかもしれないよ」
話がふと途切れた合間に、今度はカツトシからオレに切り出してきたのだ。
「・・・新たな発見というと?」
こうもとんとん拍子にオレの話が進む様に、オレは驚きを禁じ得ない。『話がうまくいきすぎ』なことに内心驚きつつも、オレはそれを顔に出さずに耽々とカツトシに訊いては訊き返すということを行なったのだ。
「うん、そうだねぇ―――」
そこでカツトシはグイッと缶を傾けて喉を潤したのだ。
「―――・・・まだこれは未確認情報なんだけど・・・月之国で何か大きな動きがあったらしいんだ」
「―――」
あのハリサキが言っていたことと、カツトシの言うことが、同じ内容のものだと考えてよいのだろうか。
「おや、あまり驚かないんだね? 僕はそこに驚いたよ」
と、カツトシは驚いたと言うが、カツトシのその表情に、彼自身が驚いたというような表情は感じ取れない。
「―――いや、そんなことはないさ。王の一族が動揺した姿を余人に見せるというものは良くないことだ、と親衛隊隊長だったイスィクという名の者から学んだのだ」
これは本当のことだ。オレは様々ことを、イスィクをはじめとする親衛隊の者達から学んだのだ。
「なるほどね・・・」
「・・・・・・」
「『僕達』が掴んだ情報によれば月之国にある国家間のパワーバランス・・・えと解りやすく言うと各勢力の力の均衡が急速に崩れつつあるらしいんだ」
カツトシが言う、その『僕達』とは、本当に警備局のことなのだろうか。この男―――底が知れぬ。
「―――」
ハリサキが言っていたこと、カツトシが言ったことは同じ内容だと、考えてもよいだろう。ハリサキは、警備局は自分達日之国の事しか見ていないとか言っていたが、彼奴め、でたらめばかりのことを言いおって。げんに『警備局』のカツトシは月之国のことをある程度、知っているではないか。カツトシが、『警備局』の情報網により、月之国の内情を知ったという仮定であれば、だが。
「―――そのアルスランくんから以前、聞かされたルメリア国はこの五世界の月之国にも在るらしくて、その国が最近・・・急に勢力拡大をしているんだ」
「・・・・・・・・・」
オレの心の動揺を余人には見せてはならないということを、オレは解っているものの、カツトシの話を聞いているうちに右手で握っていた缶が凹んでいくのだ。
「・・・ここからは僕の推測になるけど―――」
「・・・う、うむ―――話してくれ。オレも終に決心がついたのだ」
「―――ふぅ」
そこでカツトシは一息つき、右手でくいっと眼鏡を押し上げたのだ。
「―――おそらく大規模な転移現象が月之国で起きて、アルスランくんが元居た惑星の空間と、こちらの月之国の空間が広く重なり合い、繋がったんだ。そして、アルスランくんの仇敵であるルメリア帝国そのものがこの惑星イニーフィネの月之国に転移してきたんだ、と僕は思う」
「ふ、ふむ―――」
ルメリア帝国がこのフィーネの惑星にやってきただと? それは『彼女』の導きか?はたまた―――別のなにかが絡んだものか、オレにはそこまでは解らない。
「僕が考える推察は―――月之国に転移してきたルメリア帝国は、元々こちらの月之国に在ったルメリア王国を呑みこみ併合―――そして月之国を統一しようと今躍起になっているんだろうね―――」
「―――彼奴ら」
アレクシウス帝率いるルメリア帝国の政は、オレの元居た世界での政となんら全く変わっていないということか―――
「―――そしてアルスランくんと生き別れになったという義妹さんやお姉さん、さらには生き残った・・・その、アルスランくんのエヴル・ハン国の国民達も、この惑星イニーフィネの月之国に転移してきているかもしれない―――」
「―――ッ!!」
カツトシの確信めいたようなその言葉は、オレにとっての極めつけの言葉だったのだ。なにせ、死んだと思っていた姉や今生の別れになったと思っていた義妹が、このオレが今立っている大地と同じ大地に、今立っているやもしれないのだ。そうして、見上げた空で見えている日や月、星々も同じものを見ているやもしれない―――
「―――」
この五世界の日之国という地にやってきて、オレは―――。日之国では、オレ自身が狂おしいほど考えるようなものも、想う事もなかったのだ。しいて言うならば『目指すもの』、それがオレの中からは欠けていた。だが、その『欠片』がついにオレの心に嵌ったのだ。
「―――!!」
これでようやっとオレの生きる道が、目指すものがはっきりと決まったのだ―――。フィーネとの約束を反故にするわけではない。フィーネが言っておった『悪い子達』もきっと月之国にもいることだろう。だが、フィーネとの約定のことは、今は置いておいて―――
「―――・・・」
首を洗って待っておれ、ルメリアの者ども。ニコラウスよ、お前の首はオレがもらう。そして、オレは姉や義妹イェルハは必ず取り返す、ルメリア皇帝アレクシウス=バシレウス―――
そのような、自身の内なる暗部を面には出さず、オレはカツトシに深く一礼を行なう。
「オレはこの安寧の地、かくも優しきこの『日之国』を出て『月之国』に向かう。カツトシよ、今まで世話になった、本当にありがとう」
オレのその言葉を聞いたカツトシはわずかに目を閉じた。
「解ったよ。アルスランくんが自身でそれを決断したんだ。僕も全力でアルスランくんの力になろう。まずはなにかしてほしいことはあるかい、アルスランくん? きみには世話になった、遠慮なく僕に言ってほしい」
「すまない。ではニコラウスに折られたオレの刀を鍛え直してほしいのだ。そして健康な駿馬を一頭用立ててほしい。そして、オレの旅立ちはナルやハルカ、ケンタには気取られないように頼む。オレは自身の行き着く先―――復讐の旅路に友を巻き込みたくはない。彼らにはこの日之国で安寧に暮らしていてほしいのだ」
「分かった、そうしよう」
異邦人であるオレのために、そこまでいろいろとカツトシはオレに心に砕き尽くしてくれるのだ。然らば、礼節を尽くすというのが、草原の民であるオレの心だ。いいだろう、オレの置き土産だ。
「それとだ、聞いてくれカツトシよ」
「なんだい、アルスランくん?」
「どこに耳があるのかわからぬ―――」
「―――・・・」
オレはゆっくりとカツトシに近づくと、小さく彼に囁いたのだ。
「オレの置き土産だ。彼奴等、結社の者共を一網打尽にできる名案をオレは思い付いたのだ」
オレのその言葉を聞いたカツトシから笑みが消える。
「それは、どのような名案かな―――?」
「実は昨日のことなのだが―――」
オレは昨日我が身に降りかかった出来事の詳細と、オレが僅かな間に弄した名案をカツトシに語って聞かせたのだ。
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「・・・ふむ。どうだろうカツトシよ」
「いいね、その名案。僕はアルスランくんの名案に乗ったよ」
カツトシの口角が吊り上がり、彼は不敵に哂う。
「だがしかし、この策の要はケンタとなろう。ケンタにこの大役は任せられそうか?」
「大丈夫だ。健太くんには僕から入念に言っておく―――」
この者カツトシはやはり策士だ。オレがこのカツトシに初めて会ったときに、彼から感じた気配と全く同じ気配が今のカツトシより滲み出ているのだ。もし、オレが王であったならば―――こういう男を補佐官に置きたいものだ。
「そうか。ではこの策の支度も含め、任せたぞ、カツトシよ」
「―――御意」
カツトシがその口に、その哂いを持ってオレの前から踵を返そうしたとき、オレは口を開く。もうこれで、おそらくオレがカツトシと会うのも、口を聞くのも、もうその機会は多くはないだろう。だから、オレはカツトシに訊いてみたくなったのだ。
「カツトシよ、この策は貴公の『目指すこと』の足しにはなるだろうか?」
「―――」
オレの問いに僅かにカツトシは言いよどんだのだが、ややあってその口を開く。
「―――もちろんだよ、アルスラン王子」
「そなたの目的は復讐か?」
「僕の目的は、目的を得たアルスランくんきみの『それ』と同じようなものだよ」
ふむ、オレの目的とな。
「そうか。そのことの仔細をオレは聞かぬ。ただそれがナルやハルカ、ケンタの行く末の妨げにならぬことを望んでいるよ、オレは」
「―――アルスランくん、きみの心配には及ばない。―――他言は絶対に控えてくれるかい? 特に奈留には」
カツトシの言葉にオレは、カツトシの眼をじぃっと見つめたのだ。
「うむ。いいだろう、約束は護る」
その真剣な眼でオレがそう答えると、納得したようにカツトシは自ら語りだしたのだ。
「―――その一端となった事件は七年前の7月17日に起きたんだ。日之国の北西にあった日之国系日下国にイニーフィネ帝国軍が突如侵攻してきた。イニーフィネ帝国軍の前に日下軍は連戦連敗を続けていった。そしてついに僕達警備局に日之国政府から召集命令が下った。当時ね、僕は四名からなる精鋭部隊に所属していて、そのうちの二名に召集命令が出たんだ。僕には―――召集令状は出なかった。だけど、僕は召集命令が下った近角 信吾と羽坂 愛莉という二人の仲間について行ったんだ、僕の相棒だった婚約者の女性にはなにも告げずに黙ってこっそりと。僕達が日下に着くと、僕達日之国の援軍が見たものは、まさしく戦場の光景だった。日下国首府は至る所で人が斃れていて、建物は燃え、恐るべき強大なイニーフィネ帝国軍によって蹂躙されていた。僕達日之国軍は、武器を取った日下市民達と共に、死に物狂いでイニーフィネ帝国軍と戦ったんだ。僕達は強大なイニーフィネ帝国軍と渡り合えることができていたはずだ。でも、そんなときそれは起きた」
「―――」
「巨大な紅蓮の火の玉が突如膨れ上がり、友軍や日下市民、そして敵軍であるはずのイニーフィネ兵さえも、次々と呑み込んでいった。強烈な光と劫火により街全てが炎熱に包まれ、あとに残ったのは灰燼と化した廃墟の街だけだったよ」
「カツトシよ。ではなぜそなたは今ここにいる? どうしてその劫火から生き残れたのだ?」
「―――僕達と共に戦った現地日下の少年少女達がいたんだ。その中の一人の少年の能力『絶対防御』、少女の『空間干渉』によって僕達はなんとか助かった」
「ふむ」
「幸い僕は日之国軍の出征表には名前はなかった。少年と少女の異能に助けられ、生き残った僕は何食わぬ顔で日府に戻り、この惨劇を実行し、引き起こした者達を探ったんだ。そして二年後、ついにこの恐るべき惨劇の作戦名を突き止めた。それが―――」
今や、まさにカツトシは、ついに自分の裏の顔とその自身の目的を語ろうとする。おそらく今の今までは、己の盟友以外に語ったことはなかったのだろう。もし、他にカツトシが語った者がいるとすれば、もうその者はすでにこの世にはいまい―――




