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五世界幻想譚-The Fantasy of Five Pieces-  作者: 高口 爛燦
第一章 かくも優しきこの日之国で
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第四十八話 忘れることのできない存在

第四十八話


―――Arslan VIEW―――


「こ、ここはどこだ・・・?」

 オレはついさきほどまでケンタと一緒に、やつの趣味に付き合って娘の姿をした手の平に乗るほどのお人形さんや、壁に紐で掛ける女子の姿が描かれた刺繍画(タペストリー)が売られている店を梯子していたはずだったのだ。

 だが今―――自身の周りの光景を見れば、オレはいつの間にか、一人でこのようなうら寂しい街にいたのだ。周りの建物からも人の気配はまったくしない。

「オレは・・・いったい」

 目の前が急に真っ暗になったかと思うと―――誰も、人っ子一人いない廃墟といえばよいのか。そのような・・・生活臭がしない廃墟の街に独り佇んでいるのだ。オレをこの場へと転移させた存在は惑星(ほし)の女神フィーネではないだろう。だが、これも神隠しというやつなのだろうか―――? オレは固い地面から一歩脚を前へと踏み出した。

 オレは本当についさきほどまでケンタの趣味に付き合って色とりどりの派手な看板やうるさいぐらいの音が鳴り響く街―――電気街という街を闊歩していたはずだったのだ。

「ケンタ? おいケンタどこにいる・・・!? いないのか!?」

 オレは、望みは薄いとは思いつつも、ケンタの名を叫んでみた。だが、オレの声に応える者は誰一人としていなかった。オレの声は数度反響しつつ、消えてゆく―――・・・。

「―――」

 仕方があるまい。とにかくこの場がいったいどこであるか、またこの廃れた街の地理のことをよく知るのが先決である。幸いまだ日が出ている。オレはまた一歩、また一歩と足を進めた―――


「!!」

 すると、突然カツカツという堅い靴の音を響かせながら、オレに近づいてくる存在がいたのだ。このような、廃れた街でもやはり人がいたのだ。そのことに安堵しつつ、足音が聞こえてきた背後を、オレは振り返ったのだ。

「もし。そなたに訊きたいことがある」

 オレはゆっくりと、オレに向かって歩いてくる人物を認めた。その者は若くはないが、老いてもおらず長身の男で全身黒ずくめの服を着ており、その黒衣の上に白く丈の長い白衣を羽織っていたのだ。その開いた胸から下の服が見えており、この者が黒衣の上着にさらにもう一枚白衣の上着を羽織っているのが、見て取れたというわけだ。さらに、頭には唾の長い帽子を被っている。

「お初にお目にかかります、アルスラン殿」

 この者―――なぜ、オレの名を。それだけで自身の身体に力が入ったのだ。

「・・・お前は―――誰だ。なぜオレの名前を知っている?」

 黒服の男は目深に被った鍔の大きい帽子を取り、深々と頭を下げたのだ。

「私は第六感社能力開発・育成部兼能力者捜索部所長の針崎 統司という者です。以後お見知りおきを」

 もしかしなくてもそうだったのだ。オレの前に突如現れたこの者は第六感社という結社の者だったのだ。

「・・・」

 彼奴、自らをハリサキと名乗った男は警備局に敵対している第六感社という結社の者―――その中でも中々に高位の者と見た。

「―――今このオレが、この見ず知らずの場所にいるのは、お前の仕業か・・・?」

「はい、ご明察。私の知り合いに協力してもらいアルスラン殿だけをここに空間転移させてもらいました。なに心配はいりません、ここは単なる寂れて廃れた日之国の街ですよ。その一本道を数時間歩けば帰ることができますので」

 確かに、しっかりとこの白衣のハリサキという男はその一本道を右手で指し示したのだ。彼奴の言うことが本当ならばという仮定ではあるがな。

「・・・」

 オレは無言で踵を返す。このことを早くナルやハルカに伝えてやろう。それにこの場にはハリサキ一人だけという保証はどこにもない。この場に長居は無用だ。

「おっとどちらへ?」

「さてな」

「ふむ。貴殿は日之国の政府機関の一つ警備局に協力しているようですが、それは警備局に兵力として利用されているにすぎません。警備局が貴殿にとって何か利のあることはしてくれましたか?」

 ハリサキの言葉にオレの脚は止まる。

「お前と話すことはなにもない―――」

 だが、それまでだ。オレは脚を一歩踏み出し―――

「警備局が貴殿を丁重に扱うのは当然のことですよ、なにせ貴殿は稀有な月之民系転移者なのですから警備局は自らの手元に貴殿を置き、監視と監察をしているのです」

 オレはこの自らをハリサキと名乗った男に振り返った。そうだな、ここまできたのだ。ナルやハルカに『手土産』でも持って帰ってやるとするか・・・。

「日之国の警備局にオレは利用されていると、貴公は言ったが、それはオレが決めることだ。そういう貴公達のほうが民衆を扇動することにより、それを利用しているのではないか?」

 オレは知っている。彼奴ら第六感社は、民をかどわかそうとしたり、また民草に怪しげな薬をばら撒いて惑わそうとしているのだ。

「・・・ふむ、警備局に何を吹き込まれたのかは想像できますが、そのように固くならずにまずは私の話を聞いてください。そうですね、話をしましょう。貴殿は、自身の生き方に疑問を覚えたことはないのですか? 目標も目的もなく、アルスラン殿のような一生警備局に尽くす人生―――私ならば、そのような人生は退屈すぎて堪えられません」

「――――――」

 このハリサキという白衣に黒服の男、この者は他人の話に全く耳を貸さない性分と見た。オレはハリサキという男に振り返り、この男の眼を射抜くように見つめた。

「私ならば、己の生きる道にはっきりとした目的を持ち、己の未来に向かって、己の未来が華々しくなるよう、つねに企てます。私は子供の時分より、第六学園という学び舎に在籍し、十五、六の頃にすでに第六感社の能力開発・育成部に入社するぞ、という目標も持っていたのです。なぜか?それはですね。第六感社で行なっていた企業活動が、私の目的と合致したからなのです。そして、私が入社すると、やはり私の想像したとおりでした。第六感社は全てにおいて私の考え、その目的と合致し、また業務内容も素晴らしいものだったのです」

「・・・・・・」

「まずは、私ども第六感社はお役所の警備局よりも遥かに規模が大きく、民衆からの支持も高く、それに比例して情報量も富も彼ら警備局とは比べにならないほど豊富です。もしアルスラン殿が、我が社の認識を改めてくださるのであれば、それに見合った利を保証いたしましょう」

「ハリサキよ、はっきりと言うがいい。オレにも都合というものがある。貴公の無駄話には付き合いきれぬ」

「―――そうですか」

 ほんのわずかだったが、彼奴ハリサキの仮面のような表情に罅が入ったように見えたのだ。

「では、単刀直入に申します。アルスラン殿、警備局とはすっぱりと縁を切り、我々第六感社と持ちつ持たれつの関係―――業務提携、いえ貴殿個人と結ぶ専属契約を行ないませんか? そうなることを私は・・・いえ我が社を挙げて望んでおります」

「オレに、生命を救ってくれた警備局を裏切れ、と?」

「はい。我が社に来ていただければ、一生苦労しないほどの給金を弾ませていただきますよ、アルスラン殿」

 はっきりとものを言う男だ、このハリサキという者は。彼奴ハリサキは気色悪いまるで粘り着くような笑みを零しながら僅かに頷いたのだ。ハリサキがオレに接触してきた理由は判った、このあたりでもうよいだろう。このような気味が悪い者とは関わりたくないのだ。長居は無用だ。

「オレの価値観、いや草原の民にとって財に眼が眩んで恩を刃で返すという行為は万死に値する恥ずべき行為だ」

「・・・ほう」

「礼の言葉を千、万と並べるより貰った恩は必ず恩義で返す。オレ達草原の民のことを勉強してから出直してくるとよい、ハリサキよ」

「・・・」

「―――それと貴公ではないのか? あの妙な毒薬をばら撒いている者達の頭目は」

「何を証拠にそのようなことを。それは『警備局』が主張する根も葉もない虚言―――」

 どの面下げて、どの口がものを言うのだろう。

「前に戦った奴が言っていたのだ、俺達は『第六感社』の者とな。そのような危なげな兵隊を、我が警備局に差し向けてくるような胡散臭い奴の言うことを、オレが信じるとでも思っているのか?」


「―――」

 ハリサキは直立不動のまま動かなかった。相変わらず仮面のような薄ら笑みを浮かべながらな。

「さらばだ、ハリサキよ。自分の行ないを悔い改めるがよい」

 そのままオレはこの男ハリサキから踵を返す。警戒しながら背後や周囲に意識を集中しておくのも忘れることはない。

「アルスラン殿、貴殿は本当にいいのですか? 私がアルスラン殿を観た印象としては、自身の目標も目的もなく、貴殿はまるで『ただなんとなく』で生きているように思いますよ? 違いますか?」

「――――――」

 オレは自分の惑わす者の言うことに耳を傾けるつもりはない。そのまま、オレは無言で脚を進めるのだ。


「アルスラン殿貴殿は、『警備局は自分の生命を救ってくれた、だから恩返しをせねば』と無理やり自身を納得させているのではありませんか? 貴殿は転移者です。元居た世界でアルスラン殿が普段暮らしていたときのように、この五世界でも貴殿は自由を謳歌し、自身の好きなことを成し、好きなように自由に生きてもいいですよ? アルスラン殿」

「オレが、自身の心を無理やり納得させている、だと? ・・・だからなんだというのだ?」

 確かに彼奴ハリサキが言うことには少しばかり的を射ているところはあったのだ。だが、それだけが全てではない。オレにはナルやケンタ、ハルカという親しき者ができたのだ。彼らが警備局にいるからこそ、オレは警備局に恩義を返したいと思うのだ―――。

「ハリサキよ、さらばだ―――」

 今度こそ、オレは踵を返し―――それは踵を返そうとしたときだった。


「―――ルメリア国のバシレウス家はご存知ですかね? アルスラン殿」

 ―――その男ハリサキが口走ったその言葉―――。『ルメリア国』『バシレウス家』―――

「バ、バシレウス・・・だと―――!!」

 それはオレを心底驚愕させるには充分な言葉だったのだ。

「我々第六感社は民間企業。あのようなお高く留まったお役所の警備局より遥かに情報通です。我々民間企業は国への忠誠心より『利』を求めねばなりません。ゆえに日之国を中心として五世界の動向を常に調査をしております。自らのことにしか視線が向いていない警備局とは違い、我々第六感社は月之国や旧・魔法王国イルシオンやネオポリスの現状もある程度は把握しているのですよ」

 確かにハリサキの表情を見る限り、この者が嘘八百を並べ立てているような態度には見えなかった。

「・・・・・・・・」

 それだからだろうか。いつの間にかオレは彼奴ハリサキの話をもっと聞きたいと思ってしまったのだ。

「興味深い近況を一つアルスラン殿にお教えしましょう。貴殿の元いた世界と繋がりがある、こちらの月之国において、その動きが激しくなってきております」

「そ、それは・・・?」

「月之国にあるルメリア王国が急速に勢力を拡大させながら、月之国の諸勢力を呑合しつつあるからです」

「ッ!!」

 バカな!! ルメリア国がこの惑星(ほし)の月之国にも存在し、さらにそこで勢力を拡げている・・・だと―――!! ルメリア帝国はオレから全てを奪い尽した存在―――たとえ、この日之国で、オレが安穏と暮らしていても忘れることはできない存在だ。

「こ、この五世界にもルメリア帝国が在るというのか―――!?」

 動揺を隠せず、うろたえるオレの態度に気を良くしたのか、眼前のハリサキがニヤリと口角を釣り上げ、薄く笑ったのが見て取れた。

「おっとここまでですよ、アルスラン殿。これ以上のことを知りたければ、三日後の深夜、いえ正確には日付が変わったとき、またこの場所に来てください。私は貴殿の研究を、貴殿は月之国にあるルメリア国の情報が欲しい。ではどうするか―――」

「ッ!?」

 ハリサキは、一歩脚を後退させたのだ。オレとの話はこれで終わりということか。

「アルスラン殿の第六感社能力開発・育成部兼能力者捜索部への帰順―――それを行なってもらえれば、もっともっといろいろなことを、私が貴殿にお教えしましょう」

「ッ!!」

 オレとの話が終わるということは、ハリサキはこの場から逃げるつもりだ・・・!!

「逃さんッハリサキ!!」

 それはオレがハリサキを捕まえようと、眼前の彼奴に向かってオレが跳びかかろうとしたときだったのだ。ハリサキの周りの空間がさざ波立ち―――滲むように歪んで見えたのだ。

「おっと残念♪」

 ―――空間が滲んでいるようにオレの目には見えた、そのすぐあとのことだったのだ。『おっと残念♪』という軽い調子の女の言葉が、オレの耳に聞こえたのは。その女の声は、オレの目の前にいるハリサキの周りの空間。ハリサキの身体の周りのさざ波立つ『向こう側』から聴こえてきたのだ。


 確かにハリサキの身体を、オレの右手は彼奴の白衣を掴んだはずだ。

「くッ―――そ・・・!!」

 だが、オレの右手はハリサキに触れることは叶わず、空を掻いたのだ。

「新手か―――・・・」

 さざ波立つ空間の向こう側で、ハリサキはしてやったりというような笑みをこぼしていた。

「女子よ。貴女は―――」

 オレはハリサキの肩に手を乗せているその女に視線を向けた。きっとこの彼女が先ほどの声の主に違いない。彼女はすらっとした体型の女だが、背は男ほど高い背丈ではない。そして、彼女は黒地の女物の黒服を着ていたのだ。髪はハルカのように長くはないだろうが、それを髪留めで止めずに直毛でおろしていた。また、彼女の面立ちから察するにユキナよりは若く、ハルカやナルよりは年上の女子だ。顔立ちはすらっと綺麗に整ってはいるが、ハッとするような絶世の美女というわけではない。髪の色は常人より幾分か色素が薄い。だが、ナルように完璧な銀髪ではない。

 ハリサキは、今までオレに向けていた、その、してやったりの薄く笑っていた表情を元のものに改めた。

「さて、私はアルスラン殿に問いを出しました。その正しい解答を、私針崎統司は期待して待っておりますよ、アルスラン殿」


「―――!!」

 ハリサキはそう言い残すと、彼奴らのいるさざ波立つ空間はすぅっと薙いでいき、ハリサキとその女子はスゥっとまるで空中に溶け込むかのようにして、オレの目の前から姿を消したのだ―――

「くそ・・・―――」

オレはそれ以上ハリサキを追いかけることができずに、彼奴らが消えていった宙を見つめているだけだった―――・・・。

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