第四十七話 動き始めた者
第四十七話
―――Arslan VIEW―――
つい先ほど、街中のとある建物を治安局という局の部隊が包囲し、急襲をかけたわけだ。今もまだ、この建物内からは激しい銃声や剣戟の音が外を包囲するオレ達の耳にまで聞こえてくる。
残念ながらオレ達警備局に属する混成隊や境界警備隊は前線に送られることはなく、周囲の包囲にとどまる。
この建物・・・第六感社が捕らえた人々を収容する『実験体施設』という名の建物であるらしい。この『実験体施設』の向かいに建っている、ビルという高い建物の屋上からこちらを見下ろす人の気配とその粘りつく視線を、オレは感じとったのだ。
「ッ」
オレは気色悪い妙な視線を感じ、―――その、なんて言えばよいのか―――。まるで粘りつくかような、じぃっと見つめられているような気色悪い感触を覚えた。オレはその気配を感じたところにバッと首を上に動かした。
「ふむ」
オレは首を上に向けてじぃっと見上げるようにしてビルの一番上を凝視する。やはり何者かが、このオレ達警備局と治安局の大捕物をずっと監視しているようだ。
「――――――」
その人影は、オレが凝視していることにはまだ気づいてはいない様子だった。どこかの斥候だろうか・・・。
「どした?アルス。ビルの上なんか見上げてさぁ」
そのように、上を向いてじぃっと一か所を見つめて微動だにしないオレを、ケンタが不思議に思ったようだ。
「なにか人影が見えた。おそらく、オレ達の動向を探っていたのだろう。どこぞの斥候かもしれん」
「雑居ビルの上にそんな奴がいるのか?」
「うむ」
オレはケンタに肯く。
「アルス、その人影はどこにいるの?見える?」
ナルはオレとケンタの会話を聞いていたようで、オレ達の傍までとことことやってきたのだ。ナルの言葉にオレは、その人影に気取られてしまわないように、指で示さずに眼の動きと視線を建物の上に向ける。
「あそこだ」
オレが見つめるところへナルの視線も向く。
「あ、ほんとだ。いるね、アルス」
「ナルも気づいたか?」
「うん」
ナルがその人影の存在を見止めたとき、オレ達のことを、ビルの上から見下ろしていた人影が奥へと引っ込んだのだ。どうやら、オレ達が見返していたことが、その人影の人物に知れたらしい。
「春歌。あのビルの上に怪しい人がいるみたい」
ナルは警備隊の誰かと話をしていたハルカの元へと向かっていったのだ。
「うぅ・・・お忍びで来てた侑那に・・・見つかってしまった・・・」
「奈留ちゃんかわいい♪」
だが、しばらくしてナルはまるで酸っぱいものを口に含んだような顔して、すぐにオレのところへ戻ってきたのだ。ナルはユキナに背中から抱かれるようにして―――。それを見るとオレは思うのだ。ユキナはナルのことを本当に大切に想っているのだろう。ユキナはナルに、挨拶と称して抱き付いたり、親しい口調でナルを食事に誘うのだ。ナルはおっかなびっくりだが、そのようなときにはオレは同席しないよう遠慮をしているのだ。きっとユキナは友の娘のナルのことを本当の娘のように思っているのだろう。
「・・・助けてアルス」
「あらら、奈留ちゃん」
ナルはユキナの手をふりほどくと、まるで逃げるようにオレの側まで小走りで駆けてきた。警備局の長であるユキナが出て来るほどに、警備局と治安局が示し合せて同時に行なった此度の作戦は大成功を収め、それは本当に大捕物だったのだ。
オレ達四名で構成される混成隊と他の警備隊と、さらに別の局である治安局の部隊も動員するほどの大きな作戦だったのだ。その作戦に用いた兵力はまるで千人隊・・・というほどでもないが、別の局との共同戦でもあったのだ。そうして、治安局の部隊が、抵抗する第六感社の息がかかった徒党を鎮圧・捕縛し、警備局の部隊で、彼奴らに囚われていた人々『実験体』と言うらしいが、その年端もいかぬ少年少女達から成人した者達を次々と解放・保護していく。保護されたその者達は大きな毛布を頭から被されて、警備局の車に乗せられていく。
そのあとに手錠を嵌められて腰縄で結ばれた賊徒どもが治安局の友軍によりぞろぞろと連行されていく。中には汚い言葉を喚き散らしている賊徒もいるが、そのような者もお構いなしに治安局の者達が次々と連行していく。
「みんなご苦労さま。大捕物だったじゃない」
警備局総指揮官のユキナは、ともに作戦を行なった治安局への挨拶回りを終えて、我々警備局の面々の前に戻ってくる。すると、総指揮官であるユキナの凱旋を待ちわびていた警備隊の面々に、その笑顔が伝播していくのだ。
「あれ?侑那さん戻ってきていいんすか? 治安局の人達を話し合いとかないんすか・・・?」
「いいのいいの健太君。それより、春歌。例の人影の件は?」
「はい。―――ええっとアルスラン。件の不審者はどこにいるのですか?」
ユキナを見ていたハルカの視線が、今度はオレを向いて、オレはハルカのその言葉と視線を受け、オレは人指し指を最小の動きであの向かいのビルの屋上に向けたのだ。
「すでに、あのビルの屋上に見えたあの黒い人影の姿が見えなくなってはいるがな。だが、オレの見間違いではない。ナルもケンタも同じ人影を見止めたから間違いない、そこに誰かがいたはずだ」
「「―――」」
ハルカもユキナも、二人して顔を上げてビルの屋上を凝視した。
「雑居ビルの六階の屋上ですね・・・。実際に目撃したという我々混成隊で確認するのがいいでしょうね・・・」
「待って春歌」
ハルカの独り言のような声を聞いていたユキナが一歩、オレ達に向けて脚を踏み出したのだ。
「諏訪局長?」
「春歌率いる混成隊は、この場にて検挙者の収容を手伝ってほしいの。不審者の確認には・・・そうねぇ定連隊を向かわせるわ―――」
そこへ手勢を引き連れた別の隊長が現れたのだ。
「俺を呼びましたか、諏訪局長」
・・・ふむ。司令官のユキナはこの者に、まだ指示を出していないはずだが・・・。機を見るに敏というものを体現しているような者に違いない。
「えぇ、定連君。貴方は隊を率いて『第六感社の収容所』の向かいにある六階建ての雑居ビルの屋上の確認をお願いします。不審人物がいた場合は拘束してもかまいません」
「分かりました、諏訪局長。いくぞ、敵はあの雑居ビルの屋上だ。俺に続け―――」
「「「はいッ」」」
ジョーレンと呼ばれた隊長が、自分の隊の手勢を集めてその雑居ビルに正面から突入していく。以前、ナルが『気に食わない、男の隊長』と言っていたが、彼奴がその者のようだな。
「フ―――」
そのとき。その隊の長ジョーレンがオレの脇を通り過ぎていく刹那―――彼奴ジョーレンの息のような声と視線がオレを捉えたのだ。その鋭い男の視線を―――
「――――――」
そのとき直感的にオレは悟ったのだ。ジョーレンもそう思っていることだろう、オレもだ。オレはこの男とは反りが合わない、とな。
Arslan VIEW―――END.
―――ANOTHER VIEW―――
第六感社の実験体収容施設の向かいに建っている六階建ての『第六感社が管理している雑居ビル』の屋上から地を見下ろしていた男は喜びに興奮しているのだ。その男は全身黒ずくめのスーツに身を包み、その上から科学者が着るような丈夫な化学繊維で作られた白衣を羽織っていたのだ。さらに、頭にはシルクハットのような唾の大きな帽子を被るという奇抜な装いだったのだ。
その男の髪の毛は、前髪は常人のような長さだが、その後ろ髪はストレートに伸ばされたロン毛だったのだ。その男は、健太がこの世界に転移したきた初日に遭った針崎という名前の者だ。
「あれが警備局の混成隊という部隊ですか!! 素晴らしい、転移者が二名もいる!! そしてあの黒髪の青少年が月之民の転移者アルスランという者ですか・・・!! もう一人の彼は以前、私が会った小剱殿ですね。くくくく」
第六感社所属の針崎という彼は好奇な笑みを浮かべて雑居ビルの屋上からじぃっと、健太を見つめ、そしてアルスランにその好奇な視線を向けていく―――
「いいですねぇ・・・実にいい・・・!! 素晴らしい人材だ。本当に貴重な人材ですよ、特にアルスラン殿は―――くくく。私は月之民の転移者である貴殿を必ず手に入れる・・・!!」
と、そこで第六感社の針崎は眉間をぴくりとさせると、真顔になったのだ。
「・・・ふむ―――」
それは自分自身の背後に人の気配を感じたからだ。そして、針崎はおもむろに喋りだす。
「―――で、いつまでそこで私を観ているつもりですか?颯希」
針崎はゆっくりと自分の背後を振り返った。そのとき振り返った拍子に、針崎の硬い革靴とコンクリート製の屋上の床材との間でカツカツもしくはコツコツという音が鳴った。
「あ。やっぱバレてる?」
すぅーっと何もない空間がさざ波立つように揺れ、その中から空間を越えて、まず右脚を出し、その次に身体と左脚―――そして黒い女物のスーツを着たすらりとした女性が一人、姿を現した。その女性とは以前、奈留の一撃を喰らってもなお、うまく逃げおおせたアンノウンを。アンノウンを待ち伏せしていた定連と一緒にいた九十歩 颯希という女性と同一人物である。
「ふぅ・・・やれやれ、貴女というのは変わりませんね」
「それが私のスタイルなんだもん。神出鬼没。そして、感情を悟らせないお軽いお話し方♪―――・・・」
「・・・ふぅ・・・・・・」
彼はその颯希という女性の戯言に納得しているのか、していないのか、やれやれと言いたげな表情をした。
「で、『彼』が欲しいんだ。統司は」
颯希のその言葉に、彼こと針崎 統司はにやっとした粘着質な笑みをこぼすことで、自分の意思を颯希に伝えた。
「はてさて、どうしましょうかねぇ・・・相手は未開の月之民。直接会って話をしても現代人である我々日之民の常識は通じなそうですし・・・」
「ま、彼はほんとに古風っぽいしね。・・・っていうか本当に月之民だし、一度決めたらこうズドーンっと真っ直ぐ見たいな? 絶対お金で買収できそうにないって統司」
「そうですねぇ。と、すればお役所集団警備局の上層部にでも接触してみますか、彼を引き渡せってね」
「また勝手な行動をしようとしてぇ。松本さんの大目玉をまた喰らいたいの?統司」
「ふぅ~やれやれ、あの火男ですか・・・。しかし、私は能力開発・育成部所長針崎 統司。―――月之民の転移者の人体と精神を解明し―――我々日之民はなぜ『氣』そのものを純粋に行使できないのか。その機構の解明とさらなる高み―――その私の探究心のほうがあの火男の怒りよりも遥かにその上を行っている。ただそれだけのことですよ、颯希」
「昔からサイコオタってのは変わんないよね、統司ってば♪」
颯希のその言葉に針崎 統司は意外そうな顔をしたのだ。本当に一瞬、針崎は顔をぽかんとしてみせたのだ。
「サイコオタク?それは違いますよ、颯希。私は惑星イニーフィネに在るこの日之国の繁栄と強盛、それを願うただの日之民ですよ。考えてもみてください、颯希。月之民の氣の行使の機構を解明し、それを日之民の無能力の一般人に付与できたとしましょう。そうすれば氣を武器として行使できる者ができますね? さらに、氣の行使というものを日之民の能力者に付与すれば、その者は自分の異能と氣を行使できるようになるはずですね? すると、どうでしょう。そうすれば、それらで編成された日之国軍は、イニーフィネ帝国軍と渡り合えるようになるということです―――!! 素晴らしい。ふむ、我々日之国軍は―――」
颯希は、針崎 統司の理想論を顔を合わす度によく聞かされており、もう聞き飽きているようだった。
「はいはい、続きは統司の研究室で聞いてあげる。それより定連重陽率いる境界警備隊の奴らが私の空間干渉領域に入ったわ。この雑居ビルを上がって来る」
針崎 統司に不服の感情が見て取れる。もっと自分は講義がしたいのだ、と。
「―――定連 重陽ですか・・・、貴方は私の講義を聴いてくれますかねぇ―――? まぁいいでしょう、それに今、定連 重陽と顔を合わせるのはいろいろと―――。『俺にお前の尻拭いをさせるな、尻ぐらい自分で拭け』と言われそうです。では同期のよしみとして世話になりますよ、颯希。また、貴女の空間干渉能力『テレポート』で退避させてもらう、としますか」
針崎 統司はやれやれといった様子で颯希に歩み寄る。
「これで貸しが二つだかんね、統司」
「・・・やれやれ、ですね」
颯希が眼を閉じて、左手で針崎 統司の肩に触れた。すると、二人の姿がまるで空間に溶け込むように薄くなっていく。
「さようなら、警備局の諸君―――。そして、第六感社諜報部定連 重陽。私の講義に水を差した貴方には後日私のラボにて、じっくりたっぷりと私の講義を聴いてもらいますよ―――」
針崎 統司が最後にそう呟いた後、颯希と針崎 統司の姿は徐々に見えなくなり空間に滲んで溶け込むようにして消えていったのだった。
ANOTHER VIEW―――END.




