第四話 眠れる獅子は
第四話
話は春歌と奈留が『転移者』であるアルスランを見つけるほんの少し手前まで遡る。
―――Arslan VIEW―――
『起きてアルスラン、起きてアルスラン・・・!!』
んっ、あ・・・あれ?ここは? ふぁああっ。す、すまないあくび。
『ううん。それより急いで貴方に起きてもらわないといけなくなって、寝ていたのにごめんなさい』
いや、まぁ、いずれ起きただろうし、それはいいのだが。
『まずは、来てくれてありがとう。そして、ようこそ私の惑星へ、アルスラン』
いや、礼を言うのはオレのほうだ。貴女のおかげで死を免れた。まぁ、えっと・・・その?私の惑星?
『えぇ、五つの異世界を内包する私の惑星』
五つの異世界?
『そう、私の惑星には五つの世界が同居しているの。この惑星の大地は五つのそれぞれ属性が違う世界からできていてね、「イニーフィネ」「エアリス」「オルビス」「イルシオン」「ネオポリス」という五つの異世界が在るの』
五つの異世界? 属性? 難しいな。オレにはよくわからんよ。
『それはあとであの女の子達がきっと、「ちゃんと」目を覚ましたアルスランに教えてくれるわ』
ふむ、期待しておくよ。
『それより今は、あの女の子達を助けてあげて』
そういえば戦いの音がずっと聞こえていたな―――。オレが今の今までずっと聞いてきたあの音だ。ん?あの二人の女達の部隊のほうが劣勢に見えるが?
『えぇ、この私の五つの大地では悪い子が私のいい子達を排除しようとしているの』
では、貴女の言うとおりオレはあの二人の少女に加勢すればいいのだな?
『えぇ、お願いアルスラン。だから私が貴方に彼女達を護れる「力」を与えましょう』
わかった、とりあえずはやってみよう。
『じゃあいくわね、アルスラン。気をしっかりもってね。痛くしてしまったらごめんなさい』
その彼女の右手がオレの胸の中に、文字通り「すぅーと」入ってきて―――ッ!!なんということだろう。身体の中に入ってきた彼女の右手から何か流れる何かというか、熱い流れ、漲る流れがオレの身体の中に流れ込んでくるのだ。それはオレの心と身体に沁みて浸みていく。オレが違う何かにでもなってしまうかのように心と身体が熱くて熱くて、その力の本流を取り込んだ身体に力が漲っていくのを感じるのだ。今ならなんでもできそうだ、もしあのときこの力があれば、刀の一振りだけでルメリア軍団全てを消し飛ばせることができたのではないだろうか?
オレは自身の身体が弾け飛びそうになったのとほぼ同時に、地を蹴ってその戦場の真っただ中へと飛び込んだのだ―――
Arslan VIEW―――END.
―――ANOTHER VIEW―――
ゴーレム兵達がゆっくりと奈留とその周囲に展開していた警備局境界警備隊隊員のほうへと向いた。
「―――こんな、ところで、私は死なない・・・ッ!!」
奈留はその黒光りする銃口をゴーレム兵一体に向けて構え、その引き金を引いた。
「―――・・・」
それはそのときに起こったのだ。目を醒ましたアルスランはニコラウスに折られ、刃先の湾曲部分イェルマンを失った刀を握り締め、無言でゆらりと立ち上がったのだ。しかして、その眼は虚ろで虚空を見上げていた。
「―――」
それから戦いの真っただ中にいる銀髪の少女とイルシオン人の女魔法使いにゆっくりと、彼はその虹彩のない虚ろな視線を向けたのだ。
「くッ・・・!!」
奈留が黒い銃の引金を引いて放った弾丸三発は、その土属性の魔法で動くゴーレムに命中するもその硬い表面で悉く弾かれる。
「銃弾なんかが、私のゴーレムに効くわけないじゃない・・・くすくす」
「マシンガンがハンドキャノンを持ってこればよかった、失敗失敗」
「あら、そう。じゃぁ、奈留ちゃんだけ特別扱いしようかなぁ。あ、そうだ♪奈留ちゃんの真似をしてあげるよ。・・・が命じる。マナよ―――」
「ッ!!」
女がぶつぶつなにかを呟いたあと、指を鳴らすとそのゴーレム一体の腕が剣から銃口と思しきものへと変化していく。大きなゴーレム兵だけに銃口というよりはまるで戦車の弾ぐらいの大きさの弾丸を発射できるような大きな口径だった。
「さっきのお返しよ、いっぱい受け取ってね。銀髪の奈留ちゃん♪」
「―――ッ」
「奈留さんッ!!」
それを横目で見ていた春歌が思わず叫ぶ。
「戦いの最中に他人の心配か?」
奈留を気にかけたが最後、クロノスの日之刀の一閃が春歌を捉えた。
「くックロノス・・・!!」
そして、彼女は斬られた箇所を左手で押さえながら、その場に膝をつく。
しかし、それは一瞬の出来事だったのだ。ゴーレムから発射された石弾の弾幕が奈留に命中する寸前、一陣の風のように一人の青少年が両者の間に割って入ったのだ。彼は無言で折れた刀を構える。
その直後、ゴーレムの砲口となった右腕からダダダダダダっと数多の石弾が発射された。
「―――」
数多に飛び散る火花と土煙―――ゴーレムが石弾の全てを打ち終えて、弾幕の土煙が晴れていくと―――
そんな奈留の眼前に、まるで彼女奈留を護るかのようにして無言で立っているのは、虹彩がなく眼が虚ろの一人の青少年。
「―――あ、貴方はさっきの―――・・・」
奈留は彼に問いかけるものの、彼はなにも答えなかったのだ。彼とは、さきほどまで木の根元に倒れていたアルスランその人のことである。
今や彼は折れた刀を右手に持ち、彼の足元には折れた刀の刀身でバラバラに切られて落ちたゴーレムの石弾の慣れの果ての石ころが散らばっていた―――
そして彼の身体の表面からは光の靄のような霞が陽炎のように立ち昇っていた。それはまるで暑い日の遠く地面から立ち揺らめく熱気にも似た、言うなれば身体の内から溢れ出る氣そのものだった。
「―――!!」
彼はその場で、無言で折れた刀を握ったまま、手についた水を払う動作と同じ動作で手首を軽く振るった。それはまるで失われた刀の刃先を取り戻すかのような動作だった。すると、折れた刀身の先―――湾曲部分イェルマンを取り戻したかのように、湾曲部分イェルマンが光り輝く氣刃で再構築されていたのだ。
「―――」
彼は虹彩のない虚ろな目で、しかし、その視線の先はゴーレム兵団。彼らに向かって刀を構えた。
「あ、貴方は誰―――」
奈留の見開かれた眼はアルスランを捉え、また春歌やクロノス達もその光景を見ていた。
「オレ・・・オレが護る・・・―――今度こそ護って・・・やる」
アルスランはうわ言のようにぶつぶつと呟いた。
「―――ッ」
その瞬間、アルスランは地を蹴り、突風のように駆けた。一筋の光―――その瞬間、奈留を銃撃したゴーレムは、ゴーレムではなくなりただの石の塊へとなり果てた。氣の刀は袈裟懸けにイルシオン人の女魔法使いの魔力ごとゴーレムを一刀両断し、両断されたゴーレムはずずっとその上半身を滑らせて地面に倒れて魔力の通わぬただの二つの石の塊へとなり果てたのだ。
「―――」
そうしてまた彼は疾風になり、唯一見えるのは刀の閃きだけだった。アルスランが刀を振るってわずか数秒、まばたきもする間もなかった。疾風の如きアルスランはゴーレムが並び立ち尽くす中を縦横無尽に駆け抜け、氣の刀を振るう。太刀筋の光の線が合わせて数十本、十体全てのゴーレムが切り刻まれて、彼らはただの石塊へとなり果て、地面にばらばらと崩れ落ちた。
「―――」
ゴーレム兵団を蹴散らした彼は、虚ろなアルスランの目が今度は土属性の魔法使いである彼女を向く。
「ヒ、ヒぃッ!!」
彼女は彼アルスランの強さとその様子に大いに恐怖を抱き、恐れ慄いたのだ。戦慄し見開いた彼女の眼が恐怖に揺れるのだ。
「逃げろ、アネモネッ!! お前の魔法ではこいつには勝てんッ!!」
日之刀を持って春歌を下していたクロノスが仲間の女に向かって叫ぶ。
クロノスの、仲間の叫び声を聞いた彼女は戦慄の表情でクロノスを見た。
「ク、クロノス・・・―――」
しかし、彼女はアルスランという、まるで蛇に睨まれた蛙同然だったのだ。恐怖で硬直した魔法使いの女、改めアネモネのその身体はがたがたと震え、一歩も動けなかったのだ。
「ちッ・・・」
「―――」
クロノスの舌打ちを認めたアルスランの視線はクロノスと、クロノスとの戦闘で斬られて負傷し、歯を食いしばりながらその足元で片膝をついている春歌。そしてその彼女に凶刃を向けるクロノスのその日之刀に注がれた。
「―――『彼女』にもらった、・・・彼女達を護れる『力』―――を」
うわ言のように呟いたアルスランが地を蹴り、クロノスのもとへと風のように疾走する。アルスランはその氣が溢れ出た光り輝く刀を握り締め、無言でクロノスに斬りかかった。
「ぐぅ・・・!!」
「―――」
両者の刀は斬り結び―――それでもなお、アルスランの底上げされたその膂力はクロノスの力を圧倒する。そのとても重い刀圧の前にクロノスの顔が苦悶に歪む。クロノスはその刀圧に堪えかねてアルスランの刀をいなす。その拍子にクロノスの刀から火花が飛び散ったのだ。
「強いな・・・!! あいつなら喜びそうだ・・・!!」
しかし、刀を持つアルスランの腕は止まることなく、その太刀筋は縦横無尽にクロノスに振るわれる。
「―――くッ速い・・・!!」
その彼の太刀筋をクロノスは全て避け、いなしていく。
「だが、俺の異能『先読み』の前には―――」
「―――」
その瞬間、アルスランの姿は消えたのだ。
「や、奴の動きが視えんッ。俺の『先読み』を超えているだと・・・―――ッ!!」
そのとき、クロノスは気が付いた、己の後ろに立っている何者かの気配に。もちろんその気配の主はアルスランその人である。
「バ、バカな・・・俺の背後を取った・・・だと―――・・・!?」
一瞬でクロノスの背後を取ったアルスランが自身のその刀を揮う。
「―――」
アルスランの無言で無慈悲の弧の一閃。
「ぐわぁッ―――!!」
背中から紅がパパっと飛んだ。クロノスの血である。クロノスも避けようと努力はしたようで致命傷には全く至らない、彼にすればかすり傷のようなものであった。
「ぐぅ・・・この俺を斬りつけるとは・・・さすがは『転移者』―――」
クロノスはすぐさま態勢を立て直し、再び自身の日之刀を握りなおす。
「―――」
さらなる刃閃を加えようとアルスランが刀を構える。フッと一瞬にしてアルスランの姿が消えた。もちろん物理的に姿を消したのでなく、その速力によって目では捉えきれないだけだ。
「チッ―――なんてスタミナだ」
クロノスもアルスランの動きを『視よう』として自身の異能『先読み』を発動させる。だが、クロノスの脇を一陣の風が吹き抜けたのだ。クロノスはアルスランの太刀筋を完全にいなそうとはしたものの、しかしそれは叶わなかった。
「くぅ・・・」
クロノスは脇腹を左手で押さえて、なんとかよろめく身体を律してふんばるもののその手の平は自身の血で真っ赤になっていた。
「・・・まさか、覚醒状態のオルビス系の『転移者』がここまで強いとはな。―――『導師』が欲しがるわけだ」
「―――」
アルスランが無言で自身の刀を振り下ろし―――
「ま、まさか・・・―――こんなところで」
クロノスがしんみりと呟き、自身の最期を悟った、そのときだった。アルスランの無慈悲の刃をもう一人いた彼らの仲間の男が割って入って受け止めたのだ、仲間のクロノスを助けるために。
「先に行け、クロノス。アネモネを連れて撤退だ」
「だが―――」
「お前やアネモネは俺と違って『導師』にとって必要な人間だ、さぁ、早く行け。それに俺が剣を解放するのにお前達の存在はじゃまだからな」
「・・・そうか、解った」
血を流す脇腹を左手で押さえながら、よろよろとクロノスは立ち上がり、いまだに恐怖に震えるアネモネの元へと向かった。それを見届けた彼グランディフェルがいまだに刀を斬り結んだままのアルスランに向き直った。
「我が名は『イデアル十二人会』の一人グランディフェル。貴公の名は?答えよ」
「―――」
夢うつつのアルスランは一度距離を取り、間合いの外から無言で新手に向かって刀を構えなおした。アルスランの足元の落ち葉がフッと舞って、ひゅんと一瞬にしてその場からアルスランの姿が掻き消える。もちろん本当に姿が掻き消えたわけではなく、速すぎて誰にも見えないだけだ。その次の瞬間に振るわれた氣の刀を、なんとかグランディフェルは自身の剣で受け止めた。
「んぐぐぐぅ・・・!! クロノスはこんなにも重い剣圧の相手と戦っていたの・・・か―――!!」
アルスランの力に圧されて、ずずずっとグランディフェルの身体は後方へと後退していく。
「んぐ・・・ッ」
「――――――」
しかし、それでもなおアルスランは虚ろな目で、無言で彼に力をかけていく。一歩また一歩と進みよるアルスラン。グランディフェルはずりずりと圧し負けて、徐々にその身体は川のほうへと追いやられていく。
「き、貴公―――そこまでして」
そのときグランディフェルはそれを認めたのだ。全力全精力を出しているアルスランの身体は悲鳴を上げ、彼の胸にある酷い斬り傷から出血していることを。
「貴公よ、もうやめたまえ、死んでしまうぞ―――」
「―――」
自分の呼びかけにも応えず、血が出ようとも、流れようともなお、力を緩めることのないアルスランを見てグランディフェルは自分が後ろに跳躍することを選んだ。
「―――くッ」
そんな彼を紙一重でアルスランの刀の鋩が掠めていく。風圧と刀圧で彼の鎧が切り裂かれ、そのあと直線に紅い血が鬱血する。
「―――」
「―――貴公、そなたは―――」
背中から左脇腹にかけて矢が刺さったまま、己が傷つき血を流そうともなお、戦いを止めぬ男。意識もなく思考能力もなくただ刀を振るい続ける男。そして、戦いにおいて恐ろしく強いアルスランを、グランディフェルは、彼が罪人か咎人で強さと血をひたすら求め続けた人間だ、と勝手に思い込んだ。その果てに、強さを求めるあまり悪に魂を売ったのであろう、とそう想像したのだ。彼の様子や強さと力を実際に体験にして、そう思い込んだのだった。
「―――貴公はどれほどの宿業を元居た世界で積み重ね、・・・なぜ、この星―――惑星イニーフィネに転移して来たのだ・・・―――?」
グランディフェルは自身の剣を右手で握りながら、くるぶしを川の中につけたままアルスランを見つめた。
「―――」
アルスランもまた虚ろな眼で彼を見つめ、刀を目の位置と同じ高さに構えた。
「いいだろう。では俺が貴公のその宿業ごと燃やし尽くし、その宿業より貴公を解き放ってやろう―――!!」
グランディフェルは己の剣の柄を両手で握り締め、それをアルスランに向かって正眼に構えた。
「―――『炎煌剣パフール』」
その銘を呼び、グランディフェルが自身のアニムスを剣に流し込むと、その剣『炎煌剣パフール』はそれを炎に換る。イニーフィネ帝国の聖剣、『炎煌剣パフール』は炎を纏い、その剣身は、まるで鍛冶師が鍛えている途中の灼熱に燃える真っ赤な剣のようになった。
「貴公の宿業を焼き祓おうぞ・・・!!」
彼は灼熱の聖剣『炎煌パフール』の灼熱で、恐るべき『転移者』であるアルスランを消滅させるべく―――もう、彼グランディフェルにとってこの『転移者』の存在は忌むべきものへと成り果てていたのだ。もう、彼らの頭目である導師の意向など彼グランディフェルの頭の中からは飛んでいたのだ。この惑星イニーフィネに在る五世界にとって異分子にして害悪と不和しか与えないであろう、この『転移者』を自らが滅却しなければならない、と。
それがこの『惑星の女神』の意志に反すること、ということはつゆ知らず―――彼、炎騎士グランディフェルはその聖剣『炎煌剣パフール』の燃ゆる赤き鋩をアルスランに向けたのだ―――。