第三十五話 力の目覚め
第三十五話
そのときだったのだ、それが起きたのは―――
「「!!」」
そのときオレの扉がガチャリと音を立てたのだ。まさか―――本当にナルが言ったように、オレが居る部屋への敵襲があったのだろうか?
「「―――」」
敵襲―――か? オレとナルは互いに視線を合わせて無言で肯いたのだ。扉が開くのとほぼ同時にオレ達は互いに示し合せ、音も立てずに動く。ナルは音も立てずにオレの寝台の中に忍び込み、オレはというと、すぅっとその衣装扉の扉を開いて―――部屋の中に設置されている小部屋へと、その中に己の身を潜めたのだ。
「よう、アルスって―――なんだ、いねぇのか」
「―――」
なんだ、ケンタではないか。オレの部屋を開けて入ってきたのはケンタだったのだ。
「・・・どうした?」
オレは部屋に入ってきたのが、ケンタであることが分かり、すぅっとその衣装を入れる収納箱の扉を開けるとその姿をケンタの前に現したのだ。
「な、なぜにクローゼットの中にっアルス!?」
「いや、それはだな―――」
「なにか分かりましたか、健太。あっ、これは失礼します、アルスラン」
扉の外からハルカも入ってきたのだ。
「ハルカまでどうしたのだ?」
「いえ、それがアルスラン。健太にも話したのですが、今日、奈留さんは体調不良で学校を休んだのです。それで学校が終わった私はお見舞いに奈留さんの部屋に行ったのですが―――、奈留さんは寮の部屋にいなかったのです」
「―――」
これはまずいことになったのだろうか―――ここで、もしナルがオレの部屋から見つかってしまえば、オレが体調の悪いナルを自室に連れ込んだように、ハルカにはそうみえてしまわないだろうか―――・・・
「どした、アルス? 何かが考えごとか?」
「そ、そうか?」
「む!!」
そこでケンタはなにかに気が付いたようだった。そのケンタの視線はオレの部屋の机の上に注がれたのだ。
「そういうことだったのか・・・アルス」
妙に納得したような顔になってくれるな、ケンタよ。
「な、なんのことだ?」
「―――うん・・・っ」
ケンタは意味深長に肯いてオレを見つめたのだ。
「行こう、春歌。ここに奈留たんはいない」
「そのようですね。ナルさんは寮の浴場にもいなかったですし、どこに行ったのでしょうか・・・奈留さん―――」
ハルカはがっくりと肩を落としたのだった。そのような肩を落とした様子のハルカを見て、少々罪悪感を覚えてしまうオレだった。
「あ、そうだ。じゃ春歌、奈留たんに電話してみたらいいんじゃねぇの?」
「あ、そうですね、健太。今まで電話禁止の校舎内にいたせいで、まったくもって気が付きませんでしたよ」
ハルカは懐から板状の電話を取り出すと、指で画面に何度か触れ、それを耳に当てたのだ。
「どうだ春歌、奈留たんに繋がったか?」
「えッ?」
「あ・・・!!」
「うむ?」
甲高い音がオレの部屋の中で響いたのだ。あぁ、そうだとも、ナルは今、敵襲だと思ってオレの寝台の中にいるのだよ。
「すかたん、健太―――」
寝台の布団がむくっと盛り上がり、布団の中から不機嫌そうに口を△にした彼女ナルがその姿を掛け布団の中から這い出したのだ。
「こ、こんなとこにいたのですね、奈留さん。捜しましたよ―――って、うん? なぜ奈留さんがアルスランのベッドの中にいるのですか・・・?」
ハルカの顔が、あぁよかったという安堵の表情から徐々に、疑心を含んだものへとその姿を変えてゆくのだ。
「それは、アルスと作戦会議をしていたから(ふんすっ)・・・!!」
「それはどのような?」
「アルスを強くするための作戦会議なの―――(ふんすっ)!!」
「作戦会議をするのに奈留さんはベッドの中にいたのですか?」
「それは敵襲に備えて」
「敵襲? ここは警備局学校の特別寮で警備・監視も盤石です。そのようなところに敵襲があると思えません」
「少し待ってくれないか、ハルカよ」
「アルスラン。貴方も奈留さんがいることを知っていて黙っていたようですね」
「う、うむ。それはすまない」
「奈留さん、アルスラン、ここに座ってください」
「いいんちょ。堅物ポニテ。薙刀女」
「つべこべ言わずに座ってください。いいですか、この警備局の寮則を知らないとは言わせませんよ。この警備局学校の寮則の一つに異性は公序良俗を護るべし、と記されています。異性は共有の場所以外で密会することは、たとえどのような理由があっても許されないとあります。アルスラン貴方は男性、奈留さん貴女は女性なのです。この寮はアルスランと健太がいる男性寮なのですよ。奈留さん、貴女は男性ですか? いいえ、女性です。しからば必ず寮の規則を守ってもらわねなりません。我々警備局の人間は規則を守れと、国民に要求しています。そんな我々が規則を守らべくしてどうするのですか―――くどくどくどくど」
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「お、おう、アルスもおやすみな・・・」
ケンタはばつの悪そうな顔をしてオレの部屋から去って行ったのだ。
「あぁ―――」
ナルは大丈夫なのだろうか? 先ほどハルカのお説教は終わりを告げ、ナルはあからさまにその顔をげんなりとさせながら、そのタブレットが入った布袋を持って、ハルカに連れられて自分の部屋に帰ったのである。
そういえば、今気づいたのだが、ケンタとハルカは二人してオレの部屋まで来たのだ。ハルカはケンタと同じくしてオレの部屋に入ってきたのだ。しからば、ハルカもこの寮則に反するのではなかろうか? オレがそれを指摘しようにも、すでにあの二名はもうオレの部屋にはいないのだが―――。とにもかくにもナルが禁を破ってまでオレに見せてくれたあの記録映像のことがハルカに見つからなくて良かったぞ。
あの動画の一件から二日後のことだったのだ。オレはナルにより、寮舎から連れ出されたのだ。寮舎でハルカに見つかってくどくどと小言を言われたのが、ナルには相当堪えたのだろう。オレ達は日府を出て、郊外の日和という街まで脚を伸ばしたのだった。
「この辺りがちょうどいいと思うの」
「―――・・・」
なにがちょうどいいのか、オレには分からなかった。周りを観れば、辺り一帯に人の姿はなく、誰も住んでいないような廃された建物がいくつか建っている寂しいところだったのだ。・・・まさかナルやつ、いつもこのようなうらぶれたような街区に入り浸っているのではなかろうな・・・。このような場所で何かが起こっても誰も来ないと思うのだ。
「適当に座ってアルス」
ナルはそのような廃屋の一つに無断で入っていったのだ。
「うむ」
オレが廃屋の中にある適当なぼろ椅子に腰を掛けたのを見て、ナルは床に敷物を敷き、そこにちょこんと腰を下ろしたのだ。
「うむ、ナルよ。ナルは普段からこのような危なげな人気のない場所に来ているのか?」
「ううん、ここは危なくないよ?」
「なに? それはどういうことだ。どう見ても、廃墟が広がるばかりの街ではないか? このような場所はならず者達が出るぞ?」
「アルス? 心配してくれてるの、私のこと?」
「無論だ。もし、ナルの身になにか起きたらなんとするのだ」
「(にへぇ)・・・アルス―――」
ナルがかわいく破顔一笑したのだ。
「笑い事ではないのだぞ?」
「ううん、ここは絶対大丈夫な場所だよ。だってこの街は警備局が境界警備隊の隊員の訓練のためにわざと作った廃墟の街で、ずっと警備局傘下の部署が管理しているの」
「ほう・・・訓練のために作った街とな」
ふむ、鷹狩のための場所と理屈では似ているな。父王もオレ達や家臣と共によく鷹狩の場までよく通っていたものだ。世襲の一族をその鷹狩の場を護るために任ずることもよくあることだ。
「うん」
ナルはこくりと肯いたのだ。
「もう一つ、警備局の施設に、ちゃんとした、異能を使っても大丈夫な訓練道場もあるんだけど、私はそこよりもここのほうがいいと思ったの」
「ナルがそう言うのなら、きっとそうなのだろうな」
「うん。あそこは順番待ちが多くて・・・。でもここは日府から遠い。だからいつ予約しても使えるという利点があるの」
ナルは敷物の上に座ったまま口を開く。
「日之民は超能力を、月之民は氣を、二つの民の間には能力行使の違いがあるけれど、アニムスはおんなじものだと私は思う」
「・・・・・・」
「お父さんとお母さんは私にいろんなことを教えてくれた。ひょっとして二人は自分達が帰ってこなくなることを想定していたのかも・・・」
「・・・そうか、ナルの両親はまだ帰ってこないのだったな・・・」
「うん、ありがとアルス。それで私は、私の能力はお母さんと同じものだったから―――」
そこでナルは脚を座禅のような座り方に組み替えたのだ。ナルはすぅっと息を深く吸い込み吐くと、ゆっくりと眼を瞑り、巫覡祭祀がよく行なう、瞑想しているかのように胸の前でその両手を合わせたのだ。
「よくこんな感じでお母さんに教えてもらっていたの―――」
「・・・!?」
彼女の全身が淡く光り始めて、それは徐々に強くなり彼女の全身に火花のような小さな紫電が走りはじめたのだ。
「――――――」
ナルが大きく息を吸い込み、ゆっくりとまたその息を吐くと、その全身の火花は徐々に衰えて、その代わりにナルの両腕に紫電が集まっていくのだ。
「―――・・・」
オレが固唾を呑んで見守る中、ナルは合掌している手を徐々に離していくと、その真ん中に光る球が浮かんでいたのだ。その光る球の表面にときおり紫電が走っては消え、走っては消え、それを繰り返す。
「―――」
オレが言葉を忘れてその幻想的な光景に目を奪われて数刻経ったときだっただろうか。彼女の顔にも疲労の色が見え始めて、汗が彼女の綺麗な頤から一滴床に落ちたのだ。
「・・・久々に疲れた」
それがそれの切りがいいところだったのだろう。そのナルが発した言葉でその淡い輝きは解けて彼女の両手の真ん中にあった光る球も空気の中に霧散するかのように、ふぅっと消えたのだった。
「こんな感じで瞑想するの。どうだったアルス?」
「・・・とても綺麗だったぞ」
「それ、私のことでもいいよ? 惚れてくれてもいい(ふんすっ)」
「いや、そうではなくて。淡く輝いていたナルのその幻想的な姿のほうだ」
「むぅ・・・」
オレのその答えは聞いて彼女は明らかに不服そうだったのだ。
「・・・あ、いやすまないな、ナル。オレにはまだ分からないのだ、自分の気持ちが―――・・・」
「まぁ、いい私の冗談。あんなことやこんなことを寝ている間に夢想するだけだから」
「・・・」
オレはまだ、自身のこの気持ちに整理がつかないのだ。
「・・・アルスは義妹のイェルハが好きなの?」
小さな声でナルはぼそぼそとなにかを呟いたのだ。
「ん?ナルよ、何か言ったか?」
「ううん、なにも」
ナルは一、二度左右に首を振ったのだ。
「さ、次はアルスの番。私がしたようにやってみて?」
「分かった」
オレもナルと同じように座禅を組んだのだ。そこでオレも眼を瞑り、手を合掌させた。
「これでよいか?」
「そう、そんな感じ。それでアルスも瞑想してみて?自分の中を流れるアニムスを感覚で沸きだたせるみたいな感じに両手に氣を集めるように―――・・・」
「――――――」
オレの氣か―――。すぅっとオレは目を閉じた。そうしてオレは瞑想する。静かに静かに己の心を研ぎ澄まして。巫覡祭祀もこのように瞑想するのだろうか・・・?
「お母さんがよく言っていたの」
そのようなときにナルの言葉が風に乗るかのようにオレの耳に入ってきたのだ。
「生きとし生けるものは、みんなこの惑星の子供なんだって。私達人間はこの大きなお母さん『惑星イニーフィネ』の子供達で、『彼女』は異邦人であるはずの日之民にも異能という力を与えてくれる。だからその大地母神『惑星イニーフィネ』に対する感謝を忘れてはダメだって」
ナルの言葉にオレは目を開いた。
「そうか―――・・・」
オレ達エヴルの民も天神や天女神に祈りを捧げ供物を供えるものだ。そして願うのだ、祝福を、富を、実りを、戦いの勝利を―――だからナルが言うことはすとんと腑に落ちたのだ。人は驕ってはならないのだ。苦しいときも辛いときも天神や天女神に感謝を忘れてはならないのだ。それを怠れば―――驕った愚者が王となり、民は散り、滅びるのだ。
「―――『彼女』にか―――」
「うん。だから異能を行使したいのなら、瞑想するときには必ずこの大地の母惑星イニーフィネに感謝しなさいって。感謝しながら彼女に祈るように瞑想するんだって」
「感謝―――」
「でも、私は『彼女』の姿を見たこともないし、本当にこの惑星に自我があるなんて分からないけど、クロノス達を圧倒したときのようにアルスが氣を自在に行使できるようになってほしいと私は思う」
「ありがとう、ナル。ナルのおかげで全て解ったのだ、オレは―――」
オレは再び静かに目を瞑ったのだ。
「―――」
地(惑星)の女神よ。貴女のおかげでオレは救われた。ありがとう、とても感謝しています。ナルのおかげで全てを思い出したのだ。貴女があのときオレの名を喚んでくれたこと。死に逝くオレに手を差し伸べてくれたこと。生きる『力』を与えてくれたこと。
『アルスラン、お久しぶり』
ありがとう、また貴女に逢えてオレはうれしくおもうよ、地(惑星)の女神『イニーフィネ』。
『ううん、お礼を言うのは私のほう。アルスラン、貴方は私のお願いを聞いてくれて、悪い子から私のかわいい女の子達を護ってくれたわ。でも私は貴方にひどいことをしてしまった・・・』
ひどいこと? それはなんのことだ?
『ごめんなさい。アルスランは大怪我をしていたのに、あんなにも多くのアニムスを貴方に送り込んでしまったわ。その所為で貴方は倒れ、生死を彷徨わせてしまった・・・』
泣きそうな顔をしないでくれ、イニーフィネ。オレは別になんとも思ってはいないよ。むしろ感謝をしているぐらいだ。
『え?』
オレはナルやハルカ達を護ることができてうれしいのだ。それはイニーフィネ貴女がオレに力を与えてくれたからだ。それに貴女の惑星でオレを楽しませてもらっている。そうだ、ここでケンタという者に出会ったのだが、ケンタも貴女の声が『聴こえている』者なのか?
『うん。そうよ、アルスラン。健太くんも私の声が聴こえて応えてくれた人―――』
そうか、なんとなく解ったのだ。あいつは優しい男だからな。
『貴方も充分優しい人よ、アルスラン』
そうか?
『うん。今の貴方は、どうして自分が氣を行使できないのか、と私に訊きたいのに、ずっと自分の心をころして私や健太くんと春歌ちゃんのこと、それに奈留ちゃんのことばかりを心配しているわ』
いやはや、敵わないな、貴女イニーフィネには。
『アルスラン貴方は、あの三人の悪い子との激しい戦いで己の心身に極限までの負荷を掛けてしまった。それで貴方の身体は自己防衛が働き、本能的に『氣』を封してしまったの。ごめんなさい、私の所為で。私は人に直にアニムスを送り込んだことなんて初めてで、加減が分からなかったの、本当にごめんなさい、アルスラン』
いいのだ。誰しも初めてのことには戸惑うものだ、詮無いことだよ、イニーフィネ。
『アルスラン。イニーフィネじゃなくてフィーネって呼んでみて?』
うむ、フィーネか。フィーネ、かわいらしくで貴女に似合う名だと思うよ、オレは。
『ありがとうアルスラン、さぁ両手を出して―――』
両手?いいぞ。オレはイニーフィネ改め、フィーネの言われたとおりに両手を差し出したのだ。フィーネはその白い手を出し、オレの両手を重ねたのだ。
『私ならアルスランが自身を封している鎖を解けるわ』
すまない、ありがとうフィーネ。
『いくわね、今度こそちゃんと加減をするから恐れないで』
うむ、貴女を信頼している―――。ッ!! フィーネのその両手からオレの両手に伝わってくる暖かい流れが腕を通り―――
暖かみが身体の隅々まで染み渡るようだ。五臓六腑とは言わず、骨の髄にまでだ。ッ!!なんだ、これは? フィーネよ、オレの中で何かが砕け散るような感触がしたのだが。む?オレの身体は光っているのか?
『うん。成功よ、アルスラン。貴方はこれで自身の氣が使えるわ。でも、もう前みたいに大怪我していたのに、あんなに無茶なことをしちゃダメよ』
待ってくれ、フィーネよ。惑星の女神よ。まだ貴女と話がしたい。
『「外」で奈留ちゃんが心配そうにしながら貴方を待っているわ。本当に困ったときにはまた私を本気で喚んでアルスラン』
う、うむ。
『それから―――奈留ちゃんのことを大切にしてあげてね。貴方なら大丈夫だと信じているけどね―――さようなら、アルスラン。また逢いましょう―――』
「フィーネよ・・・また逢おう」
フィーネは笑みを残して、その姿を薄れるように消したのだ。俺は瞑っていたその眼をゆっくりと開くと、オレの両眼からは二筋の涙が頬を伝わっていたのだ。
「アルスッ目を開けて、アルスッ!!」
ナルはオレの上半身に縋って半泣きになっていたのだ。
「ナル―――ただいま、だ」
オレは彼女の美しい銀髪を優しく撫でたのだ。
「アルス―――良かった。また、あのとき、・・・みたいに・・・なったと・・・思って」
「すまない」
オレはナルがその涙を止めるまで、ずっと彼女の背中に腕を回していつくしむように抱きしめていたのだった―――
Arslan VIEW―――END.




