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五世界幻想譚-The Fantasy of Five Pieces-  作者: 高口 爛燦
第一章 かくも優しきこの日之国で
33/68

第三十三話 彼女の妙案

第三十三話


―――Arslan VIEW―――


「・・・」

 警備局寮舎の屋上にてオレは静かに立つ。ケンタは警備局に属する何某(なにがし)かに師事し、その者と鍛錬を積んでいるという話をハルカより少し耳にしたのだ。

「―――」

 オレは誰かに師事するというのは性に合わない。だが、うかうかしていては己の足元を敵に掬われるやもしれないのだ。あのルメリア帝国との戦役でオレは騎兵戦と白兵戦を展開していたが、この優しき日之国へ来て以降は、どの敵対勢力とも存分には戦っていないのだ。おのずとオレの戦いの腕も鈍っていることだろう。

「ふむ・・・」

 初めの頃、オレの入隊に当たりカツトシはオレに警備刀を渡したのだ。オレはその警備刀を手に取ると、鞘からそれを抜いてまじまじとを見つめたのだ。この警備刀なる刀は一般隊員達に支給される汎用の刀で、敵を『殺す』ための刀ではなく、敵を『捕らえる』刀なのだ。故にやみくもに敵を殺傷してしまわないように刃を潰してあるのだ。さらに、この警備刀の鋩も、罪人を誤って突き殺すことのないように若干丸みを帯びたものとなっている。

「―――・・・」

 やはり、オレが元々持っていた(クルチ)でないと、あまり戦う気が起こらないのだ。オレが元々持っていた(クルチ)はオレの部屋に丁重に置いてある。だが、ニコラウスに刀身の湾曲部(イェルマン)をごっそりと折られたため、未だ刀身のおよそ六割を失ったままなのだ。


 鞘から抜いた警備刀をオレは右手で握りしめたのだ。

「―――・・・」

 右脚を半歩前に腰を少し落とす。―――オレを追い詰めたルメリア帝国軍の兵達の容貌や雰囲気、格好などを思い出し、オレは独りで警備刀を振り回し始める―――。

「ッ」

 ルメリア兵の槍を避けて、そこにあたかも敵がいることを想像し、オレは警備刀を揮い続けるのだ。次に、後ろから(グラディウス)で自身を突き殺そうとするルメリア兵を想定し、かの剣の突きを避けて軽やかな脚を踏んで身体を反転させての刀での斬り上げの一撃を繰り出す。

 しばらく、そのように一人で警備刀を振り回す動作を繰り返したのち、オレは―――

「ふぅ・・・」

 オレは切りのいいところで警備刀を振るうの止め、オレはそこで一息ついたのだ。


 右手に握った警備刀を改めて構え直す。

「――――――」

 右腕を左上から右下へ―――敵の肩先から脇腹へと抜ける斬道の袈裟掛け切り―――

「フッ・・・!!」

 タタッっと脚で軽やかな舞踏を嗜むかのように身体を反転させての切り上げ―――そしてさらに身体をもう一度反転させる。右手は柄を握ったまま、その警備刀の峰に左手を添えるのだ。それは自身の体重を刀身に乗せた、まるでの斧のような重い斬撃なのだ。その重い斬撃を敵の鎖骨から見舞う―――。オレの想像の中では敵の身体は左右に真っ二つになっている―――ということだ。

「―――」

 つい頭の中で思い出されるのは、ニコラウスとの一騎打ちを行なったときのことだ。あれはあのときあの場でオレの刀は、一度目は弾き返され、二度目でニコラウスにより刀を折られたのだ。そうしてニコラウスとの一騎打ちの戦いにオレは敗れ、手負いとなったオレはそのまま崖の下に落ちていったのだ―――。

「・・・!!」

 頭の中で思い描いたニコラウスそのままにオレは警備刀を振り続けたのだった―――



「ふぅ・・・」

 汗が額や肘を伝い、寮舎の屋上にポタポタと落ちていく。オレは額を素手で払ったのだ。手を離れた汗は屋上に丸い形で点々と表される。ニコラウス―――もう会うことのできぬオレの宿敵だ。もし、この五世界に彼奴が現れたとしたら、オレは―――

「はい、アルス。おつかれさま」

「?」

 この声はナルのものだ。その声で、先ほどまでのオレの答えは霧散してしまった。

「すまないな・・・?」

 む?オレはナルから手拭いを受け取った・・・、どういうことだろう?

「・・・ナルよ、いつからここにいたのだ?」

「アルスが刀を振り回し始めたときからいるよ」

 警備刀を持ち、想像の中での戦いに集中していたオレは、ナルという存在に気が付かなかったようだ。

「それはほとんど初めからこの場にいたということではないか。ただ見ているだけというのは、退屈だっただろう?」

「ううん、そんなことないよ・・・? アルスの剣舞に見惚れた」

「そ、そうか・・・」

 オレが照れることを言うではない、ナルよ。

「はい、アルス。電解液だよ」

「うむ。では遠慮なく戴くぞ」

 オレは手を伸ばしてナルから、その白く半透明の電解液が入った瓶を受け取ったのだ。この電解液のことをケンタはスポドリと呼んでいるが、なぜかナルは電解液と言うのだ。オレはこの白く半透明の、ほのかに果物のような酸味を覚える甘塩っぱい水を呷ったのだ。


 オレが喉を潤し、ややあってナルのその口が開く。

「どうしてアルスはこんな屋上で?」

「ナルよ。ケンタがさる者に師事し、己の研鑽を積み始めたということは聞いておるか?」

「うん、知ってる。春歌から聞いたよ」

 ナルはこくりと頷いたのだ。

「・・・ふむ」

「定連とかいういけ好かない男の隊長でしょ?」

 どうやらナルの表情から察するに、そのジョーレンなる人物をナルは好きではないようだ。

「オレはそこまでは知らぬが・・・」

 ナルは興身がなさそうに半眼をし―――

「定連なんてどーでもいいし―――」

 だが、そこでまた目を開いて興味津々な様子になったのだ。

「―――それで、だからアルスはこんな屋上で、一人で?」

 ふむ。ナルはころころと表情を変え、まるでネコのように気まぐれだなぁ、とオレは感心することがある。

「そうだ。オレは誰かに師事を乞うという性分ではないのだ」

「ふ~ん。でも私は、アルスは充分強いと思う」

「そんなことはないのだ。ニコラウスという者が敵軍の将にいた。だが、オレは彼奴に手も足もでなかった・・・。そしてここ日之国ではまっとうな戦いもなく、きっとオレの腕はあの頃より鈍っていることだろう」

 ニコラウス彼奴はまるで聳え立つ一枚岩のような大男で・・・確かにオレと彼奴では体格の差はあるかもしれない。だが、あの戦斧術の腕は相当なものだったのだ。彼奴はどれほどの鍛錬を積んだのだろうか。

 オレも幼い頃からイスィクやヤルバル、ウズン、バルチャという名の四名の親衛隊の従者達に刀を教えてもらっていたのだが・・・それでもオレは一騎打ちではニコラウスに敵わなかったのだ。

「オレは焦っているのだ、ナルよ。このままオレが刀を使わず腕が鈍っていき、いずれ現れるであろう強敵の前にオレはひれ伏すと」

「・・・―――」

「ナルよ?どうかしたのか?」

 ナルは何かを言いたげに、じいっとオレの顔を見ていたから、だからオレは口を開いて彼女に呼びかけたのだ。

「ねぇアルス。アルスはもっと強くなりたいの?」

「無論だ。オレはもう誰も喪いたくはないのだ。オレが護れる者は今度こそ護ってやりたいのだ」

「私ならアルスを今よりも強くできる、はず」

 ナルは無表情でオレを見つめ、意味深長にその言葉を呟いたのだ。

「―――本当か?」

「うん」

 ときおり微かな風が吹く、この屋上でナルの銀髪がかすかに風に揺れていた。

「もし、アルスが今よりももっと強くなりたいと思うのなら私は協力したい。あれを見れば何か思い出すかもしれないから」

 ナルはすっくと立ち上がったのだ。

「・・・ナル?」

「アルス、私についてきて」

「うむ・・・」

「こっち」

 オレはナルに言われたとおりに彼女のあとをついていく。その屋上から立ち去り、しばしナルの後ろをついていくこと数刻―――オレとケンタの寮舎を出て、真向いに建っているナルとハルカの寮舎へと彼女は脚を進めたのだ。

「ナルよ、ここは後宮ではないのか? オレは立ち入ってもよいのか?」

 オレの指摘にナルは立ち止まったのだ。

「ん、問題ないッ・・・(ふんすっ!!)春歌は学校に行ってるから今やつはいない―――!!」

 なぜ、ナルは握った右拳の親指を立てながら、そのようにどやっと自身あり気な顔なのだろうか? オレは今のナルのその顔に表れている表情と、その彼女の行動を少なからずおそろしく感じたのだ。

「ナ、ナルよ。その・・・ナルはその学校学び舎には行かなくてもよいのか?」

 『学校』とはルメリア帝国の制度の一つであるギムナシウムのような学び舎であるということをオレは理解しているのだ。これもこの半年の間に日之国で学んだことの一つだ。

「今日の私はすこぶる体調がわるい。だから私は学校に電話をかけ、風邪気味と言ったの」

 いや、まったくもってナルの体調が悪いようには見えないのだが・・・

「そうか。では、ナルよ。オレはナルが自室の寝台で横になっておくことを進言しておこう。ナルよ、今は、己の寝台で臥して―――」

「それはない。アルスちょっとここで待ってて」

「む、待つのだ。まだ、オレの話は―――」

 まだ終わってはいない、とオレが言いきる前にナルは自身の寮舎の中に入ってしまったではないか。相変わらずナルという女子(おなご)は、人の話を聞かない、ではなく―――、彼女は自分に思うところがある場合において、自分の信念を曲げない性分なのだ。


「・・・・・・」

 オレが待つこと数刻―――彼女ナルは寮舎の扉を開けてその顔を覗かせたのだ。

「待たせたの、アルス」

 彼女は女子寮舎の扉を大きく開けずにするりと、まるでネコの動作の如く、すり抜けるように外へ出てきた。

「いや」

 オレが横に首を振ったとき、ナルがその小脇に抱えている布袋が目に入ったのだ。

「その袋は?」

「うん、私の大事なもの」

「大事なもの?」

「ほらほら行こ」

「う、うむ」

 ナルはオレの問いをはぐらかすように―――ふむ、ナルが答えたくなければ、こちらとしても深く訊かないでおくことにしよう。

 ナルはオレの背中に回り込むと、右手でとんとんとオレの背中を軽くまるでついばむようにたたく。オレは急かさせるようにナルに背中をたたかれながら脚を進めたのだ。

「行くって、どこに行くつもりなのだ?」

「うん? どこってアルスの部屋だよ?」

「オレの部屋・・・だと?」

「うん」

 彼女はこくっと肯いたのだ。

「ナルよ―――」

 そなたはやはり―――いや、やめておこう。オレの意志が固ければ問題ないことだ。

「?」

「では。行こうか、ナル」


「―――・・・」

 ナルはオレの部屋の扉の内側に立ったまま、じぃっとオレの部屋の様子を観ていたのだ。

「ナルよ、こっちだ」

 オレは、扉の内側で佇んだままのナルを部屋の中に入るように促したのだ。

「なんか、アルスの部屋はベッドと机しかない・・・」

「む。そのようなことはないぞ? ほら」

 オレはかかっている自分の服を人指しで指し示したのだ。その衣服はオレが日之国に来るまで自身が着ていたエヴルの装いだ。もう一つの自身の所有物として、折れた自身の刀は鞘に収めたまま、その寝台に立てかけてある。

「服と刀しかない」

「そうだ。自身の天幕にあったオレの物は全て燃えてしまったのだ、あの戦役でな」

 そこでオレは立ち上がる。客人に持て成す茶を出すのを忘れていたのだ。

「ナルよ、適当に座っていてくれ」

 オレは火を熾すために摘みを回したのだ。すると、青い火が円陣を組むように燃え広がるのだ。本当に日之国日夲というところは便利なものが簡単に揃っている。草原の地エヴルでは火を熾そうかと思えば、火種に火が点くまで火打石を何度も擦り合わせるか、自然に、雷光や樹木の摩擦などにより燃えている火を探しだすしかないのだ。しかし、このガスという青い炎にかけた鍋には煤一つも付くこともなく、本当に不思議な炎だ。オレは空焚きにならないように、素早く、茶が液体状態で詰められているボトルなる柔らかい瓶の蓋を回して、その中身を火にかけた鍋の中にとくとくと注いでいった。これもまた素晴らしく使い勝手のいいものだ。茶葉からとらなくていいのだ。

「できたぞ、ナル」

 ナルはすでに椅子に座っており、オレはそれを二つの杯に入れるとそっと机の上に置いたのだ。

「アルス、ありがと」

「む、これもだ」

 オレはそこに醍醐に似たチーズという食べ物を添えた。オレは自分の分も含めてその机に置いてから椅子に坐したのだ。

「それでナルはオレにどのような要件なのだ?」

「(ちびちび)・・・」

 彼女ナルは、陶器でできた杯を両手で包むように持っており、その杯を僅かに傾けながら、まるで小動物のようなかわいい仕草でその杯の茶を啜っていたのだ。オレの問いに彼女は杯を机の上に置いた。

「アルスの国でも文字は使っていたんだっけ・・・?」

 なぜ、彼女ナルは突然そのようなことをオレに訊いてきたのだろうか?と思いつつオレは口を開く。

「うむ。エヴル・ハン国でも文字は使っておったぞ。さる昔、草原の大地と水(イェル・スゥ)の中心から出でて国を持ち、四方に覇を唱えた草原の民があったのだ。その者達が文字を作り出し、エヴルもまたその国より伝わった文字を使っていた」

「へぇ・・・じゃアルス達はその文字を紙に書いてたりして記録とか残してたりはしてた?」

「うむ。紙は高価なものだったからあまり使わなかったな。代わりに、陶器に、顔料や煤を水で溶いた墨というもので文字を書いたり、また木や石に彫ることで碑文として記録は残していたぞ?」

「ふーん」

「ナルよ、それがどうかしたのか?」

「アルス。『記録』は進化していったの」

「?」

 記録が進化だと?

「―――石、粘土、陶器、木材、紙―――」

 ナルは―――

「ナルよ・・・」

 彼女ナルはオレになにを伝えたいのだろうか。

「紙の次は磁気、その次は―――これ」

 ナルは、はじめに小脇に抱えていた布袋から、一枚の板をここで取り出したのだ。

「その板は? その板に短刀で文字を彫るというのか?」

「ううん」

 ナルは小首を傾げて小さく首を左右に振ったのだ。

「これはタブレットっていうものなの」

 ナルは布袋から取り出したそのタブレットなる板を机の上に置いたのだ。

「これがタブレット?」

 見た目はナルやハルカがよくその右手で持ち、指で操作している電話を大きくしたような外観をしていたのだ。

「うん、そう。さっき私が言った石と粘土には文字を掘ることで記録を遺す。陶器、木材、紙には文字を書いて残す」

 確かに、そうではある。

「うむ」

「記録できるものが紙から磁気になったことで、記録できることが文字や絵以外にも拡がり、その記録できる量も飛躍的に向上したの。でも、その分、石や粘土版と比べて壊れやすくなった。このタブレットは磁気媒体のさらにその上を行くもので、ネオポリスの技術が使われているといわれてるの。ここまで解った?」

「うむ。だが、ちょっと待つのだ、文字や絵以外になにを遺すというのだ?」

「うん、よくぞ訊いてくれた、アルス。それは動画だよ?」

「それはテレビなるものと同じものか?」

「うーん、ちょっと違うけど、まぁいい。そんなもの」

「・・・・・・」

 テレビでも充分、天神のような者による人知を超えた所業のように、オレには思えるのだが、この日之国に来て一通り、その構造や機構をナルやハルカに教えてはもらったのだが、オレは全てを解っているわけではないのだ―――。

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