第三話 獅子を狙う者達
第三話
―――ANOTHER VIEW―――
―――『日之国』という、現代日本に似た世界にある森の中にて―――
彼女達は鬱蒼とした森の中を歩いていた。先頭を歩く一人は、女性の平均身長よりはわずかに背が高く、後ろ髪の長さは腰ほどまである黒髪の少女。もう一人の少女は銀色の髪をしており、髪の長さは肩より少し下。そして黒髪の少女の頭半分より背が低い。
両者は軍隊の制服のような統一された茶色の服を着て、また彼女達の後方にも幾人かの部下とおぼしき男女が同じような服を着て、彼女達に随行していたのだ。
彼女達が一般人ではないことは明らかで、その証拠に黒髪の少女は右手に人の背丈より長い一振りの薙刀を持っていた。彼女はその薙刀で自分達の行く手を阻む下草や細い木々の枝を払いながら進み、その歩みに彼女の後頭部で結ばれた黒髪のポニーテールが左右に揺れる。
銀髪の少女が、薙刀を持つ黒髪の少女を見上げた。ややあって銀髪の少女は口を開いた。
「いた?春歌」
黒髪の少女の名前は春歌と言うらしく、彼女は銀髪の少女の問いかけに左手をポケットの中に入れて手のひらサイズの、板状の通信端末を取り出した。
「おそらくはこの辺りだと思うのですが・・・」
春歌と呼ばれた少女は薙刀を木に立てかけ、右手で液晶画面のアプリを起動させて周囲の地図を開く。
「この辺りのはずですが―――・・・」
春歌という名前の少女は指で地図の画面を大きくしたり、小さくしたりしながら、じぃっとその光る液晶画面に指し示された地点と、顔を上げて自分達が今、立っている場所の景色を見比べながら、景色と液晶画面に出された地形図に視線を落とした。
すると、もう一人の銀髪の少女は春歌が手にする液晶画面を、自分にも見せてとばかり背伸びをして―――。
「ん・・・私にも見せて」
「あ、すみません・・・っ奈留さん」
銀髪の少女の名前は奈留というらしく、春歌は慌てて手のひらサイズの通信端末を奈留にもよく見える位置まで下げると、その液晶画面を彼女にも見せた。
「・・・・・・」
奈留という名前の少女は、んぅ~と唸りながら、等高線が表示された液晶画面から顔を上げて、周りの尾根や谷といった地形、岩の場所、大木の場所を確認する。
「たぶん、こっち」
奈留は山道から外れて落ち葉を踏み締めながら、ふらふらと川のせせらぎが聞こえる谷のほうへと降りていく。
「あ、ちょっと奈留さん・・・!!」
それを慌てて春歌が追う。さらにその後ろを彼女達の指揮下に入る部下の隊員達数名が続いた。
「ピンときて、私の感覚が告げるの。なんか、こっちっぽい」
「『こっちっぽい』って、奈留さん。もうすでにこの一帯全てが異常地帯になっているんですよ? 自然発生量ではとても考えらないほどの多量の濃厚なアニムス量が観測されていて、すでにその半径数キロ内には我々はいます。まずはエリア内を虱潰しに調査していくのが常套だと私は考えます。みなさんはどう思いますか?」
春歌は後方の部下達に同意を求めるために振り替えると、そのほとんどの隊員達も、うんうんと肯いたのだった。
「春歌は、いつも委員長。理屈家」
奈留はジトっとした流し目と△にした口元でぼそっとそんなことを言った。
「奈留さん、なにか言いましたか?」
「ううん、なにも言ってないよ、一之瀬 春歌学級委員長」
「・・・はぁ」
やれやれ、いつものこと、と一之瀬 春歌は肩を竦めて銀髪の彼女の後ろについていった。一之瀬 春歌は知っている、こう意思表示した彼女はたとえ自分が異を唱えたとしても、それをたとえ一人でも行なうことを。一之瀬 春歌と奈留という少女が学生部隊の任務において互いにパーティーを組むようになってもう数年は経つが、彼女の勘がいいことを一之瀬 春歌は経験則からそれを知っていた。それは任務の一環として非合法勢力と交戦状態になったときでもそうだった。一之瀬 春歌はいつも思っていた。自分の相方の奈留は政府直属のこの治安維持機関の一つである警備局に入局する以前にいったいどこでそのような戦闘技術を学んだのであろうか、と。でも、それを奈留に訊こうとは思わなかった、いずれ奈留自身の口から聞きたかったから。
「―――・・・」
そこで彼女奈留は急に脚を止めた、いや止まってしまったというべきだろうか。自分達警備局境界警備隊が捜していた人物の姿を奈留はその視界に収めたからだ。
「っ・・・奈留さん、急に止まらないでください・・・!!」
彼女が急に脚を止めたせいで、奈留の後頭部に鼻のてっぺんをぶつけそうになった春歌はたたらを踏んでなんとか踏ん張る。
「春歌ほら見てあれ・・・―――あの人。木にもたれ掛るように倒れて・・・」
奈留が右手、右人差し指をそのいくつか立っている木の一つへと指し示す。
「え―――・・・」
奈留の右人差し指が指し示すその先を追って春歌の視線もその人物を捉えた。その人物は男性で黒髪をしており、端整な顔立ちだった。彼の見た目は自分達日之民と姿かたちは全く変わらず、もし、普通の服を着て街中を歩いていていたとしても、周囲の人々は全く違和感を覚えないだろう。そして、彼の体躯は中肉中背でその引き締まった身体から見て、いつも身体を動かしている人物なのだろう。
彼女達奈留と春歌は、木に背中を預けてもたれ掛る彼の観た目から上記のことを窺い知ったのだ。
「―――・・・!!」
奈留が何かに弾かれたかのように無言で駆け出す。
「ちょッ奈留さん・・・!!」
それに春歌も遅れてついていく。さらにそのあとにつづけとばかりにその他の幾人かの隊員達もそれに続いていく。
「まだ、息はあるみたい、春歌」
先に気を失っているアルスランのもとに駆け寄った奈留は彼の傍に座り、折れた刀を握り締めたままの右手の脈拍を確かめてから、口元や鼻元に顔を近づけて呼吸を確かめたのである。
「それにしても酷い傷を負って・・・ますね、この方は・・・」
遊牧騎馬民が着る鎧は所々切り裂かれ、胸から腹にかけての一番大きな斬り傷は重傷と言っても差しさわりのないほどのものだった。
「うん、春歌。左胸から右脇腹にかけて袈裟懸け。あと背中と左脇腹には何本か矢が刺さったまま」
春歌は、彼のあまりの重傷を観て、無意識に自身の左手で口元を覆ったのだ。
「彼はまるで、今まで戦場にいたみたいですね、奈留さん。やはりこの方は―――しかし、彼のいでたちを観れば、まるで中世の―――」
「うん、たぶん。私も彼は中世の人だと思う。春歌、早く救護隊に連絡をして」
「えぇ」
春歌は奈留に対して丁寧な口調で、また、奈留のほうは春歌に対して砕けた物言いをするが、この部隊の頭目は春歌であって奈留ではない。春歌は誰に対しても礼儀を重んじ、丁寧な口調で接する性分なのだ。
それは、春歌が懐から電話を取り出したときだ。
「その必要はない」
「「ッ!!」」
それは突然の男の声だったのだ。奈留と春歌は、一瞬この木にもたれ掛るこの人物が目を覚まして発した声だと思ってしまったが、そうではなかったのだ。その証拠に彼アルスランは先ほどと変わらず、眠るように意識がないままだ。
その場にいた奈留や春歌その他の隊員達もその声を発した男を認めた。男は二十代から三十代くらいの歳で、ごくごく普通の中肉中背の体格で装いも普通の人と同じものだった。ただ一つ一般人と違うところがあるとすれば、その男はその腰にそうとうな業物の刀を一振り差しているところか。
「春歌―――」
「―――」
相棒の奈留の呼びかけに春歌は無言で肯いた。
「貴方は?」
春歌はその業物の刀を腰に差した男を警戒しつつ質問を投げかけた。一方の奈留は懐から一枚の液晶タブレット端末を取り出した。
「お前達に名乗る必要はない。さぁ、早くその『転移者』をこちらにわたしてもらおうか」
男のその言葉を警戒してか、春歌の目つきがきつくなった。
「我々警備局境界警備隊が貴方の要求を呑む理由はないと思いますが?」
「交渉は決裂だな。では力尽くで奪い取らせてもらう」
男が腰に携えている業物の日之刀を抜いた。日之刀という刀は日本刀と同じ工程を踏んで鍛えられる同地日之国の刀のことである。
「―――」
男が自身の日之刀を鞘から抜いたことを認めた春歌は、自身もその薙刀を鞘から抜き、その鋩を男に向けて構えた。
「クロノス」
そのとき奈留がふぅっとまるでそよ風が一陣吹くかのように声を発したのだ。
「どうして俺の名前を知っている?女」
その男の視線は『クロノス』と発した奈留に向いた。
「貴方は警備局境界警備隊のデータベースに乗ってる重犯罪者。さっき、このタブレットで写真を撮って照合してみたら九割の確立で本人と一致した」
「俺が重犯罪者だと・・・? 『俺達』のことをよく識りもしないで勝手に重犯罪者だと、決めつけるなよ・・・!! 日之国日夲政府の狗どもが」
クロノスと呼ばれた男は忌々しく顔を歪めながら憎しみに満ちた声で言った。と、そこへ二人の男女が現れたのだ―――。
「いつも冷静なお前が珍しいな? そんなにあつくなるな、クロノス。冷静にいこう」
「ッ・・・」
そのように自分の非を指摘されたクロノスは顔をしかめて自身の仲間と思われる男女の二人組を認めた。
「あつくなりすぎると任務遂行への支障をきたす」
「くすくす、えぇ彼の言うとおりね。もっと楽しみましょう?ね?」
そんな二人男女はクロノスと挟み込むようにして、春歌と奈留が率いる警備局境界警備隊の後方からその姿を現したのだ。男のほうは煌めく鎧に身を包み、剣をその腰に差している。
「春歌、私達挟まれてる・・・」
「えぇ、奈留さん・・・!!」
「わ、我々は・・・―――」
不安げな隊員達の様子を認めた春歌は大きく息を吸った。
「警備局境界警備隊全隊員に告ぎます。我々はこれより『転移者』を護りつつ、正体不明組織の戦闘員との交戦状態に入ります。散開は止め、必ず集団で戦闘に当たるように。あとできれば生け捕りを。以上です」
一之瀬 春歌が凛々しく発した言葉を聞いて、あとからやってきた若い女がまるでクロノスを焚きつけるかのように振る舞う。
「おもしろいことをいう子達ね、私達を生け捕りだって、クロノス。くすくす」
彼女はダボっとした外套を羽織り、つばの長い三角帽子をかぶり、いかにもウィッチか魔法使いという風体の女性である。
「ふん・・・くだらん戯言だな」
その戯言だ、と言った相手は春歌か、それとも仲間の女自身の言動にか、それはクロノスにしかわからない。
「彼らは生命のやり取りを遊びだと勘違いしているのだ」
なぁ、クロノス。と、もう一人の騎士とおぼしき男がクロノスに視線を向けた。
「ふんッ、いくぞお前達。俺達の力を存分に揮うときがきた」
「ねぇ、銀髪の子・・・奈留って言ってたっけ? ねぇ私と遊ばない?」
ウィッチと思しき若い女がふんふんと軽やかなステップを踏んで楽しそうに奈留に近づいていく。
「―――」
この魔法使いの女と自分は性格が合わないと判断したのか、奈留は白けた表情で魔法使いの女を凝視した。そうして奈留はゆっくりと懐に入れていた右手を取り出した。
「あら、それで私と遊んでくれるの?くすくす、うれしいわ、私」
奈留の手に握られているのは、一丁の拳銃だった。その銃身は黒光りし、傷やへこみもないところ見るからに、手入れが行き届いたものであろうと推察できた。
「―――ウザい。近づいたら撃つ」
「あらあら、嫌われちゃった、みたいね私。じゃこっちもお披露目するわね」
そう言うと魔法使いの女も懐に入れて一冊の書物を取り出した。
「魔法使い―――『イルシオン人』」
「えぇそのとおりよ、奈留ちゃん」
「奈留ちゃん、言うな。馴れ馴れしい」
「奈留ちゃん、奈留ちゃん、奈留ちゃん、奈留ちゃん、奈留ちゃん、奈留ちゃん―――・・・」
「はぁ・・・・・・。私によってくるのはこんなやつばっかり―――・・・」
と、奈留はがっくりと肩を落として、やれやれといった感じで大きな溜息を吐いた。
魔法使いの女は右手に持った書物を高々と掲げる。すると所有者のマナの高まりに呼応してその書物・・・つまりは魔導書。それが眩い光を放ったのだ。
「―――、―――、・・・・・・、」
すると魔法使いの女がなにか小声でぶつぶつと呟いた。
「いくわよッ奈留ちゃん♪」
「ッ!!」
振動やら地表の異音といった『地面』の異変を感じ取った奈留は、両脚に力を入れてすぐその場から飛び退き、退避する。
その直後、地面が何か所も盛り上がっていく。その地面の盛り上がりは周囲の土や石、岩を呑み込んで一つの土石塊を形成し、それはさらに人型の人形と成ったのだ。
「―――十体の石人形」
奈留がここにきて初めて苦々しく表情を変えた。
「えぇ、そうそのとおり。私の魔力で作り上げたゴーレム兵団、私の可愛いゴーレムちゃん達。でも、そんな恐い銃を持つ奈留ちゃんに負けちゃうかも?勝てるかなぁ、私?くすくす」
「じゃあ、本体を叩くまで―――ッ!!」
奈留は魔法使いの女に銃口の狙いを定め、たて続けに三回、銃の引き金を引いた。
「や、やるわね―――」
その三発は全て魔法使いの女の身体に命中し、身体をぷるぷると震わせながら、彼女はその膝をついた。
「―――」
奈留は無表情で銃を下ろす。
「・・・く」
魔法使いの女の右手で胸を押さえ、苦悶の表情を見せる。いかにも、私はやられました、とばかりに。
「見え透いた芝居は止めて」
「てへ、ばれちゃってた?」
魔法使いの女がすっくと立ちあがると、ぱらぱらと三つの弾丸が地面に転がったのだ。
「じゃーん!!見てみて奈留ちゃん。私の土石魔法で作り上げた、防弾衣」
魔法使いの女が外套の下をはだけさせて、その下を奈留に見せると、セラミックかサーメットでできた小さな板が張り合わされた鱗の楯のような防弾衣を着込んでいたのだ。
「銃使いとやり合うんだもん、そりゃ対策立てないとね♪」
「―――っつ」
「ね、ね。ひょっとして奈留ちゃんってイルシオン人と戦うの初めてだったりする? じゃあさ、こんなこともできるんだよ。・・・が命じるマナよ、ゴーレム兵の右腕は石剣となれ、『アームソード』ッ!!」
彼女の魔導書が光り輝いたかと思うと、そこから光る気体のようになったマナがゴーレム兵十体の右腕に纏わりついた。すると、十体全てのゴーレム兵の右腕が剣の姿へと再構築されていく。
「ッ!!」
「さぁ、行けッゴーレム兵団ッ日之国の境界警備隊を粉砕せよッ」
ゴーレム兵達がゆっくりと奈留とその周囲に展開していた警備局境界警備隊隊員のほうへと向いた。
「―――こんな、ところで、私は死なない・・・ッ!!」
奈留はその黒光りする銃口をゴーレム兵一体に向けて構え、その引き金を引いた。
「―――・・・」
それはそのときに起こったのだ。目を醒ましたアルスランはニコラウスに折られ、刃先の湾曲部分イェルマンを失った刀を握り締め、無言でゆらりと立ち上がったのだ。しかして、その眼は虚ろで虚空を見上げていた。
ANOTHER VIEW―――END.