第二十九話 挿話 一之瀬家の人々 一
第二十九話 挿話 一之瀬家の人々 一
隊舎の中で春歌が手作りの弁当を上品にぱくぱくと食べている。今はちょうど昼休み中だ。奈留は俺と春歌に気を遣った?のか、それともこの重い空気に嫌気がさしたのか、アルスを連れて俺達の『混成隊』の隊舎から出ていった。だから、今この隊舎に残っているのは俺と春歌だけ。つまり二人きりの状況だ。
「―――」
右手に箸を、左手で弁当箱を、そして手作りのお弁当をぱくぱくと上品に食べている春歌を見る。あのアンノウンと戦った日から、あんまり春歌とは喋っていない。だって、春歌は俺を庇ったせいで、俺が弱かったから、俺があははは~と軽~い感じに調子に乗っていた所為で、彼女春歌が俺を庇って代わりにあのアンノウンのおっさんに殴られた。気まずいのは俺の所為だ。
「・・・」
俺の春歌を観る視線に気が付いたのか、彼女春歌の視線と俺の視線が交わった。
「っ」
俺はついばつが悪そうに視線を春歌から逸らしてしまった。だから、たぶん春歌も俺から視線を外したはずだ。
あ~なにやってんだよ、俺はッ!! つい先日も定連さんに、春歌にありがとうって言ってみろよって屋上で言われたばかりなのに。くそっ、俺のバカバカいくじなし。つまりこういうことなんだ。
『『境界警備隊』の隊員ってやつは一般人を護ってこそなんぼなんだ。隊員に殉職しろ、とまでは言わねぇけどよ。多かれ少なかれ『境界警備隊員』なら力のない誰かを護って怪我することは誇りなんだ』
『なぁ、健太。一之瀬に『ごめん』とかじゃなくて『ありがとう』って一回言ってみろよ?きっとあいつ喜ぶって』
『あのなぁ、なんで一之瀬が落ち込んでると思う? 自分が怪我したからじゃない、お前が落ち込んでるからだ。あいつは境界警備隊員として一般人の健太を護れることができて嬉しいんだ、なのにお前がよそよそしかったり、落ち込んだりしてるから、自分が余計なことをしたとあいつはそう思ってる』
『解ったか? なら今度言ってやれよ、『あのときはありがとう』ってな』
定連さんから言われた言葉がグルグルと頭の中で回ってる。
「あう・・・」
ポツリと俺は言葉とも取れないような言葉を漏らした。
「け、健太? な、なにか言いました?」
春歌の呼ぶ声につられるように俺は視線を向けた。
「えと―――」
箸を止めた春歌―――。な、なにか言わないと。やっぱりこんなのはいやだ。やっぱり俺は春歌とよそよそしいままじゃ嫌だ。だって俺は―――俺の中で春歌という存在はどんどん大きくなってるし。前みたいに普通にがんがん喋りたいよ!!
もう言っちゃえよ、健太。なぁ、健太喋って楽になろうぜ、と俺は自問自答した。
「えと、春歌―――」
俺は真面目な顔になって春歌を見つめた。
「は、はい。健太―――」
そんな少し緊張した面持ちの春歌と俺の視線が交錯する。
「この前は俺を護ってくれてありがとうっ。俺、ほんとに春歌には感謝してる―――もし、あのとき春歌が俺を庇ってくれなかったら―――」
ううん、と俺は首を横に振った。定連さんの受け売りってのがちょっと恥ずかしいかも。
「春歌―――『あのときはありがとう』」
「健、太・・・」
春歌が右手に持った箸で挟んでいたおかずがぽろっと弁当箱の中に落ちて転がる。
「俺もっと強くなるからっ次は絶対春歌に怪我なんてさせねぇ―――今度は俺がお前を護るから。俺、心を入れ替えるから―――だから」
「ぷっふふ―――」
「っ」
あ、春歌がかわいく笑ってくれた。言っておくが、ぷぷっていう感じの、人を小ばかにしたような笑みじゃないからな。そこんとこを間違えないでくれ。
「では、健太。私より強くなってくださいね。期待していますよ、健太」
「お、おうっ!! 期待してろよ、春歌」
「ふふっ―――はい」
あ、良かった。勇気出して言ってみてほんとに良かった。もう前のような陰鬱な感じも憂鬱な感じもよそよそしさも、霧杳は風に払われるのように消え去ったんだ。だから、次に、今まで俺が訊きたかったことも今なら春歌に訊ける。
「春歌。そのアンノウンに殴られた傷はもういいのか?」
「はい。ちょっとした青痣だけでしたよ?」
「え?」
そうなのか? なんかけっこうぶっ飛んでたし、アルスが肋骨に罅が、とか言ってたから、春歌に骨折させてしまった、と俺はずっとそう思って、いや思い込んでいたんだ。
「まぁ、ですが、医務隊の方々に自然治癒力を高めるような治療は施してもらいましたよ?」
その言葉に取りあえず安心した俺は、コンビニで買ってきた弁当をコンビニ袋から取り出した。ついでに菓子パンとボトルに入ったお茶も。
「へぇ、それって治癒能力向上とかいうやつか?」
「えぇ、まぁ・・・」
俺の疑問に、春歌は聞いているのか、いないのか―――彼女の視線はコンビニ弁当を持つ俺の手元を凝視していた。
「―――」
「ん?」
春歌のやつ・・・なにをじぃっと観てるんだろ? まさか、コンビニ弁当のおかずの中に春歌が好きな食べ物でも入ってるのかな?
「―――健太。訊きたいことがあるのですが」
「うん?なに春歌?」
「健太は寮で自炊などはしていますか?」
「いんや」
と、俺は首を横に振ったんだ。
「健太貴方が元居た世界・・・確か日本でしたか? そこにいたときも貴方は自炊などはしなかったのですか?」
「うん。別にしてないかな。ごはんは母さんが作ってくれてたし」
「そうですか―――」
春歌の目がすぅっと細くなった。ちょっとこわい。
「―――では、いつもそのような出来合いのお弁当を食べているのですね」
「あ、いや。いつもコンビニ弁当ってわけじゃないってば。惣菜パンとか菓子パンとか・・・ほら、よく街中にあるハンバーガーチェーン店のハンバーガーとかも食べるし。あとラーメン屋とかたまに」
「健太は寮の食堂は使わないんですか? アルスランと奈留さんは使っているようですが」
「たまに、ほんとたまにかな。そんときはアルスや奈留に誘われて寮の食堂で食うこともあるんだけど、でもあそこ・・・ちょっとな」
俺は苦笑交じりだった。そう、警備局寮の食堂は俺達が入居している混成隊専用寮から徒歩十分弱のところにあって・・・まぁ、距離はめちゃくちゃ遠いってわけじゃないんだけど、警備局のほかの人達でけっこう混むんだ。
「遠いし、混むし」
それにしても春歌のやつどうしたんだろう。やけに俺の食生活に関することを訊いてくるよな。よし、じゃあ今度は俺から訊いてみるか。
「そういやさ。春歌、その今春歌が食べている弁当は自分で作ってるのか?」
「え、あ、はい・・・それは、まぁ」
「・・・?」
ん?春歌のやつ・・・なんか歯切れが悪いよなぁ・・・。それに視線までさまよってるし―――
「はは~ん。さては」
俺はわざとらしくにやにやと笑ってみた。
「な、なんですか健太」
すると、春歌はばつが悪そうに食べる動作に戻ったんだ。
「自分では作っていない、ということか」
「!! よ、よく分かりましたね。え、えぇ。貴方の言う通り母に作ってもらっています。いけませんか?」
「あ、いや。別にいいんじゃねぇか? 学校もあるのに朝早く起きて弁当を作るのってけっこう苦労するだろ?」
「そう、ですね・・・。私は一回実家に寄って母からお弁当を受け取って、それから警備局校に通学するのですが・・・。でも本当に時間があるときだけでは、お弁当を自分で作るようにはしています」
「そっか・・・母さんかぁ」
今頃、母さん・・・だけじゃなく親父もどうしてるんだろうか。俺は日本で失踪扱いにでもなってんのかなぁ・・・。俺は上を向いて虚空を見るようにぼうっと天井を眺めた。
「・・・あ―――・・・」
そのとき春歌は『なにも考えずに言ってしまった』か、もしくは『不注意でやってしまった』みたいな、決まりが悪い顔をした。
「す、すみません健太・・・」
「いや、いいって大丈夫」
俺は右手を軽く上げる。
「―――・・・」
それでもなお、俺が大丈夫だって言ってるのに、春歌のやつは自責の念に囚われているみたいだった。春歌が自責の念に囚われていることぐらい彼女の表情を見ていれば解ることだった。
せっかく春歌と俺の間に横たわっていた『気まずさ』が解消されたと思っていたのに、これじゃほんとにまた振出に戻ってしまったみたい―――てか、振出に戻してたまるか。
「ほら春歌―――」
まだコンビニ弁当に手を付けていなかった俺は、自分の弁当に入っていた塩鮭をこれまたまだ口に付けていなかった割箸で摘んだ。
「え?」
「なんか、春歌俺のコンビニ弁当をじぃっと見てただろ? だから鮭の塩焼きをあげる」
俺はひょいっと右腕を動かし、春歌のかわいい弁当箱の白いごはんの上にその鮭を置いたんだ。
「その代わり、なんか春歌のおかずの一品くれたら俺的にはいいなっ」
俺は、にひひひっと笑みをこぼした。
「―――っ」
その今の春歌の表情が、緊張と気まずさがなくなったものに起因するものだとしたら俺としてはとてもうれしいことだ。彼女も箸を持った右手を動かして黄色い食べ物、それは玉子焼きだ。
「では、この玉子焼きを健太に進呈しますね」
それを春歌は箸で摘んで俺のコンビニ弁当の白いごはんの上に乗せた。
「おうぅ、こんな俺にすまねぇ春歌さんや」
「いえいえ」
俺は芝居がかった言動でゆるゆると春歌が俺にくれた玉子焼きを箸で摘むとそれを自分の口の中に放り込む。
「―――む」
「ど、どうでしょうか、健太―――・・・」
固唾をのんで?いる春歌。ほんとに彼女がそんな心情かどうかは分からないけれど、俺はその春歌の前で、ゆっくりと味わうように咀嚼してゆく。
「旨い」
美味いけど美味いじゃなくて旨いだ。ちなみ俺ん家の玉子焼きは醤油派で母さんは解いた卵に醤油を入れて玉子焼きを焼いていた。そんでもって今俺が春歌からもらって食べた一之瀬家の玉子焼きはたぶん出汁を使っているんだろう。出汁の旨みを感じたから間違いない。ちなみ俺は砂糖派の作る玉子焼きもまるでスイーツみたいだからけっこう好きだ。つまり俺は玉子焼きに関してはなんでもいける口なんです!! てか玉子料理けっこう好きだし。
「それはよかったです」
ホッと春歌は胸をなで下ろしているみたいだ。
「ん、でもこの春歌のお母さんが作った玉子焼きはなんか優しい味がする」
「・・・」
春歌は箸を止めた。
「どした?」
「・・・もし、もし健太がですね」
「うん」
春歌は彷徨わせていた視線を俺を見つめることで止めたんだ。
「その健太がよかったらですけど、私の母に健太の分のお弁当もお願いしてみましょうか・・・?」
「・・・え、でもいいのか? なんかその・・・お母さんに悪くないか・・・?」
「いえ、たぶん私の母なら『三つも四つも作るのは一緒』と言いそうですね」
せっかくの春歌の厚意だし、ここで頑として断るのも変だよなぁ・・・。
「うん、じゃあお願いしようかな・・・」
「分かりました、では母に言ってみます」
「あ、うん。でもほんとにお母さんがしんどそうだったり、その・・・ダメならダメで大丈夫だからさっ。なんか人として『ただ飯を絶対に作ってくれ』なんて言うのはおかしいし」
「はい」
そして春歌は俺があげたコンビニ弁当の塩鮭をぱくっと口に入れ―――その途端に顔がしぶくなった。
「―――辛っ」
春歌は白いごはんを二口三口と口に運んだ。そのあとにお茶を上品な飲み方でこくこくっと数回喉を潤した。
「よく、健太はこんなにも辛い塩鮭をいつも平気で食べてますね・・・!!」
「そうかぁ?」
「いえ、この塩分濃度は身体にはよくありませんっ。そもそも塩分、塩化ナトリウムを摂りすぎては腎臓によくなく、さらに高血圧に―――くどくどくど」
「・・・」
春歌の心に火を点けてしまったようだった、俺は。いやでも、どうしてあんなにコンビニ弁当っておいしいんだろう。コンビニ弁当のあの美味さは日本も日之国も変わらない。あとコンビニのおにぎりも好きだ。
「って私の話を聞いているのですかっ健太は」
「おう、聞いてますです、はい」
さらにしばらく春歌の講釈を聞きつつ。
「―――ですから、たとえ母が健太の弁当作りを渋っても、必ず娘の私が母を説得してみせますからっ」
「お、おう・・・ほどほどに頼むぜ・・・春歌さんや」
いや、うれしいよ? 春歌のお母さんが見ず知らずの俺のために手作りの優しい味のお弁当を作ってくれるのは。ただ、たまにはぎとっとしたヘビーなごはんも食べてみたくなるわけでして。
「はい。おまかせを」
このあとのこと―――俺の混成隊の任務が入っている日の昼ごはんは一之瀬家の弁当となり、それを奈留に知られてからかわれたのは言うまでもない。
まぁ、でも良かった。春歌と仲直りっていうもんじゃないけど、またお互いに遠慮なくしゃべることができるようになってさ。マジで定連さんの言う通りにしてよかったぜ。ほんとに定連さんってかっけーッ!! 俺は定連さんにほんとに師事してよかったと思うんだ―――




