第二十八話 だからッ俺は弱い自分を変えたいんだッ!!
第二十八話
―――Kenta VIEW―――
「――――――」
春歌・・・ごめん。ほんとにごめんよ。俺が弱いくせに調子に乗ったせいだ・・・。だから春歌はそんな俺を庇って代わりにアンノウンの攻撃を受けたんだ。春歌は肋骨の上からシップを貼っているそうだ。
ボロ雑巾にように俺の上をぶっ飛んでいった春歌の姿が脳裏に浮かぶ。
「ッ!!」
あのときの自分の、調子に乗っていた言動や敵を前にしての不甲斐ない自分―――それらを思い起こすだけで、ほんとに恥ずかしくて死にたくなる。
「・・・春歌・・・ごめん」
何度その言葉を口にしたんだろう。寮の屋上の柵に両腕をつけたまま俺は日府の景色を見つめる。景色だけは俺が元居た日本の街並みとなんら変わらない。でもここは、俺が見ている街並みは日之国の日府という街で、日本とは違う異世界なんだ―――
「ッ」
そのとき俺がいる屋上の重い鉄の扉がぎぃっと開く音がしたんだ―――。
「小剱 健太ってのは・・・お前のことか―――?」
そこに立っていたのは俺達より少しばかり年上―――三十代くらいかな?と思う一人の男だった。一瞬、春歌が、この寮の屋上にやってきたのかと思って、それに焦った自分に気が付いた。今は春歌と顔を合わせたくなった。ほんとは会いたいし、話もしたいけどさ―――そんな。こんな俺が話せるわけない。
「あの・・・―――」
この人、誰だろう? 俺を捜してたっぽいけど。髪は短く、典型的なスポーツをやる人の髪型で、体格は大きくはないけど、中肉中背。でもこの人の体型はがっちりとしていて肉体をかなり鍛えている人だということは俺でも解った。
「おっと悪ぃな、俺の名前は定連、定連重陽ってんだ。まぁ気軽に定連と呼んでくれや」
「定連・・・さん? 俺になんかようっすか?」
なんか前に諏訪さんが言っていた名前だったような・・・。
「え?一之瀬から聞いてねぇのか? ・・・ったく」
定連という人は気だるそうに頭をばりばりと掻いたんだ。
「は、春歌の知り合いっすか?」
その・・・この人、定連という人が口に出した『一之瀬』という言葉だけでぴくっと自分の身体が反応してしまったんだ。まさか―――この定連という男の人は春歌の彼氏だったりするのかな、この人は。
「お前・・・ひょっとして一之瀬に惚れてたりするのか?」
定連という珍しい名字の人はいやらしくニヤリとした笑みを零した。
「え!? い、いやなに言ってんすか、そんなんじゃないっすよ、彼女は・・・!!」
定連という名前の人の、俺をからかうような言葉と仕草にほんとは少しだけ、ほんの少しだけど俺は、面と向かって春歌が好きなのかって言われてドキっと焦ってしまったんだ。俺が春歌に惚れてるだって? そんな・・・そんなこと・・・そんなこと―――決して『ない』なんて断言することは俺にはできない。
「まぁ、なんだ。一之瀬は俺の後輩だ、俺と一之瀬の間にはなんのやましいこともねぇよ。って言うことは俺も警備局境界警備隊所属ってことに気づいただろ?一之瀬が後輩ってことは俺も隊長だぞ!! 偉いんだぞ?」
「・・・はあ・・・隊長さん?」
こんな軽そうでやる気のなさそうな人がマジで隊長職?信じられねぇ・・・。
「おいおい、その目は俺のことを信じてねぇな?健太」
「あ、いやそんなことは―――・・・ないっすよ?」
「なんだよ、その一区切りは・・・ってま、いいけどよ。よく俺、そう言われるからな」
「で、その隊長さんが俺なんかに何の用なんすか?」
自然と身体に力が入ってしまう。まさか、あの夜のアンノウンの件で定連さんに怒られるとかかな?
「いやな、なんか一之瀬が落ち込んでるみたいだったからな」
「―――」
やっぱりそっちの話なのね。
「んでもって訊いてみたら、一之瀬が、お前のほうがよっぽど落ち込んでるって言うもんだからよ」
「・・・そ、それは俺を庇ったせいで春歌が怪我をして・・・」
「まぁ、気にすんな、って言うのもアレか。でもな、健太、お前は武術の心得があるわけじゃないんだろう」
「え?・・・あ、まぁ、その・・・ないっす」
でも自分で発したその言葉は自分で自分の心を傷つけたんだ。子供の頃の俺は祖父ちゃんが失踪するまで、ひたむきに竹刀を手に、祖父ちゃんみたいな剣豪を目指していたから。
「だろ?『境界警備隊』の隊員ってやつは一般人を護ってこそなんぼなんだ。隊員に殉職しろ、とまでは言わねぇけどよ。多かれ少なかれ『境界警備隊員』なら力のない誰かを護って怪我することは誇りなんだ」
「――――――」
やっぱ俺、力がないって思われるたんだな・・・。どよーん。
「なぁ、健太。一之瀬に『ごめん』とかじゃなくて『ありがとう』って一回言ってみろよ?きっとあいつ喜ぶって」
「でも・・・やっぱそんなこと言えないっすよ、俺は」
俺の所為で春歌が怪我をしたんだ。俺にはそんな『ありがとう』なんて言う度胸も器量もないんだってば。
「あのなぁ、なんで一之瀬が落ち込んでると思う? 自分が怪我したからじゃない、お前が落ち込んでるからだ。あいつは境界警備隊員として一般人の健太を護れることができて嬉しいんだ、なのにお前がよそよそしかったり、落ち込んだりしてるから、自分が余計なことをした、とあいつはそう思ってる」
「―――ッ!!」
俺は定連さんのその言葉に、雷に打たれたような衝撃を覚えたんだ。奈留の本気になった雷を本当に喰らったら死んじゃうけどね。
「解ったか? なら今度言ってやれよ、『あのときはありがとう』ってな」
「わ、解ったっす。でも、でも・・・俺は―――」
「・・・・・・・・・」
定連さんは俺の言葉を待つように何も声を出さなかったんだ。
「俺は強くなりたいんだ・・・!! さっき言われたこともあるけど、俺が落ち込んでいた理由は、ほんとは違くて・・・―――」
俺は定連さんをきっと睨むように見てしてしまう。俺はたぶん自分の思いのたけを誰かにぶつけたかったんだ―――
「健太・・・?」
「―――ほんとは俺が・・・春歌を、みんなを護りたいんだ。でも俺が弱いからあんなざまで・・・だからまだ誰かを護れるなんてまだ思わないです・・・。せめて自分を、自分の身は自分で守れるように・・・なりたいんです」
「・・・そっか。解ったぜ健太。やっとお前の気持ちが」
「俺が弱い所為で!! 俺が弱いから!! 春歌が俺を庇って―――!!」
だから彼女は肋骨損傷という傷を負った―――その事実は変わらない。
「健太・・・お前はもう充分解っているはずだ。そう自分を責めるなよ」
「でも・・・!! でも・・・俺が!! 俺が弱い所為で・・・!! だからッ俺はそんな自分を変えたいんだッ!!」
「そうか・・・ッ。解ったぜ、お前のその気持ちとその覚悟がよ」
定連さんは右手で自分の顔半分を覆い、左手は俺のほうを指す。そんな真剣な顔の定連さんと視線が合う。そして、定連さんの口の端は少しだけつり上がるかっこいい表情だった。まさかこの人も俺と同じで・・・オタク―――・・・なのか・・・!?
「この俺が少しお前に稽古をつけてやろうか?」
「え?」
定連さんは顔に当てた手をそのまま上に上げていき、その自身の短い髪をかき上げたんだ。マジかっけッー!! なんなんだよ、この人は!!
俺は定連さんの『この俺が少しお前に稽古をつけてやろうか?』との申し出にしばらく何も言えず―――
「どうなんだ、健太?」
「は、はいッお願いしますッ俺に稽古をつけてください!!」
俺は即答した。
そのすぐあと、俺は定連さんの後について寮の屋上を出たんだ。
「健太、お前は『転移者』だったよな?確か」
「は、はいッ!!」
「なら能力は目醒めたか?」
「い、いえッまだです。全然わかんなくて・・・」
「そうか・・・ならこの俺がお前を覚醒させてやるよ。日之国のやつらを・・・いや一之瀬だって護れるぐらいの強さにしてやるよ」
「―――!!」
マジかっけーよ、この人。
――――――
「はぁッはぁッ・・・はぁ・・・」
「ほらほら健太ッペースが落ちてきてるぞッグラウンドあと十周走れ・・・!!」
「で、でも・・・はぁ・・・定連さん、俺―――」
「無駄口が叩く暇があったら、まだまだ頑張れるだろ。よし、やっぱお前が倒れるまで日府をランニングするぞ」
「ひぇーーー!!」
そうここ数日、混成隊の任務を減らしてもらって俺の基礎体力をつけるために定連さんの鬼しごきに遭っていた。まぁ俺自身が鍛えてほしいって頼んだんだから別にいいけどな。
――――――
「71・・・72・・・・・・73・・・―――」
ダメだ・・・もう腕の感覚がなくてもう上半身が上がらない―――ガク。
「―――・・・」
昨日は鬼ランニング・・・。今日は鬼腕立て伏せ、鬼腹筋、鬼背筋の筋トレ地獄・・・―――。
「よく、頑張った健太。」
「・・・はい」
俯せに寝転んでいる俺は視線だけを動かして立っている定連さんを見る。明日は何の『鬼』が俺を待っているんだろうか・・・――――。
「じゃあ少し休憩して水分補給しろ。そして仕上げといこうか。次はプールだ」
「はい?」
げ・・・!! 次の特訓は明日やるんじゃねぇの!? しかも休憩少しだけって!! ひぇー今の時代は根性論じゃねぇんだぞーーー!!
――――――
「はい、そこまで全力でバタ足」
「―――!! ―――!! ―――!!」
ひぇ~プールの中で力尽きて溺死しそうだ・・・!! まだまだ今日の鬼しごきは続きそうだった・・・。
「お、終わりっすか・・・?」
「いや、次は水の抵抗を受けながら全力でプールの端から端まで走るんだが?」
「・・・・・・はい」
マ、マジかーーーーーッ!! このプールって50メートルはあるじゃねぇーか!!
―――――――――
そんなこんなの筋トレの鬼セットが数週間続いたときだった。最初のほうは全身筋肉痛だらけで身体を動かすだけでほんとにやばかった。そんななのに自主的にランニングを一時間、腕立て伏せを、休憩を織り交ぜながら、てか定連さんはウォーミングアップって言うけど俺はそんな気がしないんだよな。俺ほんとはいじめられてるんじゃね?
そんな毎日が続いたとき、初めて定連さんが俺を警備局の練習道場に連れていってくれたんだ。
「・・・・・・」
でも、なんかこの雰囲気と光景が俺には懐かしかったんだ。俺の日本にある実家の道場になんとなく似ていたから。
「健太」
「・・・あ、はい」
そうして俺は定連さんについて道場の中に入っていった。
「どうして俺が健太を今まで追い込んでいたと思う?」
「そりゃ、俺をいじめ―――じゃなくてえっと基礎体力をつけるための運動っすよね?」
「それもある。だがな、能力覚醒のためには心身を追い込まなきゃなんねぇんだ。お前が元居た世界ではどうだったかは知らん。だが、俺は決してお前をいじめてるんじゃねぇからな。そこんとこ覚えておけよ」
「は、はいッ。疑ってすんませんでしたッ定連さんッ!!」
「別にいいけどよ。さて、次の特訓に入るか。これを持て―――」
定連はさんは籠に無造作に押し込まれていた竹刀のうちの一振りを手に持つ。
「これは竹刀っすか」
「そうだ」
定連さんはその練習用と思う竹刀を俺に渡した。
「さぁお前の全力を俺にみせてみろ。思い切り打ちこんでこい、健太」
定連さんからその竹刀を受け取ったんだ。もちろん俺は防具の代わりにあの防弾防刃衣を着込んでいる。防具は?って俺は定連さんに訊いてみたんだけど、その答えは『お前は防具を着けて公務を執行するのか?』と言われてしまったんだ。
「・・・・・・」
竹刀を握る手に力をこめる。
「――――――」
でも本当に丸腰の定連さんに切りかかっていっていいんだろうか? 定連さんは警備局の隊長とは聞いているけど、今はでも丸腰のはずだ。
「どうした?」
「あ、はい。でも定連さんって丸腰だなぁって」
「はい?そんなの気にすんなよ、俺はこう見えても警備局境界警備隊の部隊長だぞ? それにな、健太。今はお前の実力を知りたいたいんだよ、下手に力を抜かれると俺が困るぜ」
「分かりました、なら遠慮なくいかせてもらいます―――ッ」
俺は渾身の力を脚に込めて定連さん目がけて竹刀を下段から切り上げる。
「・・・!?」
「おっと・・・!! なかなか筋はいいな」
でも、その俺の竹刀の一撃を苦も無く避けながら定連さんは余裕しゃくしゃくといった感じで口を開いた。それよりなにより俺の全力の一刀が―――あんなにあっさりと避けられるなんて・・・。
「―――・・・」
祖父ちゃんが失踪してから六年の間、日本で竹刀を持たなかった俺の腕が鈍っていたということなんだな・・・。
「さぁ、どんどん打ち込んでこい健太!!」
「あ、はい・・・!!」
それをしばらく繰り返したときだった。ちなみ相変わらず俺の竹刀の一つも定連さんには掠りもしなかった。
「俺が思うんだが、健太は『枠』にはまるとかじゃなくてそのなんて言ったらいいんだ? ・・・たぶんもうすでに『下地』ができてるんじゃねぇのか? ひょっとしてお前どこかで剣道を―――」
「・・・」
祖父ちゃん・・・。俺の脳裡に浮かんだのは子供の頃に失踪したその人だった。
「まぁ、詮索しねぇけどな。人にはそれぞれ語りたくねぇ過去ってもんがあるからな。・・・健太、お前にもそれはあるようだしな・・・」
定連さんはどこか哀愁を漂わせてふぅっと短い息を吐いて、俺にはそれがとてもかっこよく見えたんだ。
「・・・・・・!!」
やっぱこの人についてきてよかった。定連さんはマジかっけー・・・!!
「じゃあ次行くぞ」
「どこにすか?」
そして、俺は疑うことなく、定連さんのあとについていったんだ―――。




