第二十七話 今度は俺だ、俺がお前の相手をしてやるよッ
第二十七話
―――Kenta VIEW―――
「皆さん、いったん退がりましょう!! 彼がどのような能力を繰り出してくるか分かりませんッ!!」
春歌の指示で脚を一歩、後ろにしたときだったんだ、それが起こったのは。
「消えた?」
俺の目の前から錠剤を食ったあのおっさんの姿が消えた。
「アルスッ!!」
ナルの叫び声を聞いた俺がそっちに顔を向ける。すると、おっさんはいつの間にか、アルスの目の前に立っていた。そいつが腕を後ろに引き絞って―――
「がぁああああああああッ!!」
「ひぃッ!!」
俺はそのおっさんの野太いやばい声に思わず身体を縮み上げた。これはひょっとしてRPGでよくある、周回遅れにさせる雄叫びスキルに近いものかも。
マジでこの叫び声怖い。なんなんだこれは? 闇落ちか? 覚醒か? それとも―――何が起きたのか、わかんないんだけどそれはともかく。たぶんさっき、このおっさんが飲み込んだ白い錠剤が作用しているに違いないって。それは俺でも解かることだ。
とにかくこいつは今、理性を失っている。そんな奴が掌底打ちで今、アルスを狙ってるんだ!! いざ俺もこの模造刀を抜いてアルスに加勢をしなくては―――!!
「アルスッ大丈夫ッ!?」
「―――ッ!?」
その直後、アルスはおっさんの掌底打ちで吹き飛ばされた。そ、そんなバカな、アルスが吹き飛ばされただと!? それから地面をざざざざっと靴で擦ってやっと止まったアルス。アルスのもとへとナルが大慌てで走っていったんだ。ややあってアルスはむくりと立ち上がった。
「ははーん」
あのおっさんの掌底打ちを見た感じ、なんか軽そうだったもんな。吹き飛ばされたアルスも無事みたいだし、ということはこいつの攻撃力はたぶん見かけ倒しだってば。つまりは派手な技だけの見せかけの奴だ。そうだ、このおっさんのことを俺は『アンノウン』と名付けよう。俺は一歩踏み出し、この左手で顔を覆う。指の半影の先にアンノウンのその姿が見える。
「今度は俺だ、俺がお前の相手をしてやるよッ」
この俺がびしっと『アンノウン』に言い放ってやったぜ。
「フーッフーッ」
俺の言葉を、はたしてアンノウン自身が理解したのか、どうかは俺には分からないけど、その理性を失ったような『アンノウン』の虚ろな目と俺の視線が交錯する・・・!!。
「来いよ」
左人差し指を『アンノウン』に向け、来い来いと何回か折って曲げてみた。それから俺は模造刀の鞘を左手で握りしめ、柄を右手で握りしめたんだ。
「いろいろ懐かしいな『アンノウン』よ―――」
そう。この刀を握る作法というのは、俺にとっては懐かしいものなんだ。
「見せてやる、俺の真の力を・・・!!」
俺はすぅっと静かに模造刀を鞘から抜き放った。模造刀を目の前に一文字のように構える、鏡のような刀身に映るは俺自身の目元だ。眼は鋭く敵を射抜くぜ。
「いくぜ―――アンノウン」
ふッ決まったぜ!! 今の俺は完璧に決まってるぜ・・・!! 模造刀を上段に構え直す。
「来いッ!!」
「―――ッ」
「ッ!?」
き、消えた!? 『アンノウン』がまた消えた・・・だと? そう、あいつは俺の目の前から突然いなくなったんだ。
「健太ッ上です・・・!!」
「ッ!!」
春歌の叫び声に視線を上空に持っていくと、夜の闇の中、黒い塊・・・もといあの『アンノウン』が俺めがけて跳びかかってきていたんだ。
「うおッあっぶねぇ・・・!!」
とっさに俺は横に跳んでその攻撃を回避した。
「フーッフーッ!!」
男はうんこ座りで着地し、その血走った眼で俺を見ていたんだ。でもその距離はないに等しくて―――
「健太一度退がってくださいッ・・・!! その者は四名で対処しましょう・・・!!」
春歌ってば、そんな強い口調で言わなくてもいいじゃねぇか。俺は春歌の指示にしぶしぶ従う。
「お、おう分かった」
「行かせるか・・・」
「喋った?」
このアンノウンには理性があるのか。ま、そりゃそうか、あの白い錠剤を飲むまでは普通の人だったもんな。『アンノウン』がゆっくりと立ち上がったのを見届けた俺は春歌がいるところまで踵を返し―――
「ケンタ、敵から眼を離すなッ!!」
「ア、アルス・・・?」
アルスの俺に対する真剣な眼差しとその厳しい声についつい身体を竦ませた。ちぇあんなに怒らなくてもいいのにさぁ。
「ケンタ、後ろだッ後ろッ後ろを見ろッ!!」
「え?」
アルスが驚く顔を見届けた俺はゆっくりとまるでスローモーションのように振り返ったんだ。―――そこに立っていたのは鬼の形相をした『アンノウン』で、そいつは刃のない俺の模造刀を握る―――
「うおッ・・・!! こいつ素手で俺の模造刀を握りやがった・・・!?」
そのまま凄い勢いで俺から模造刀を分捕るとそれをそのまま後ろに投げ捨てたんだ。
「ちょっ何すんだ!! その模造刀高かったんだぞ!? 傷つけたら弁償―――ひぃッ!!」
アンノウンのその右手が握りこぶしになり、その右腕を振りかぶる―――うわッぼこられる・・・!!
「うわっとッ!!」
俺はドンっと誰かに突き飛ばされて地面に投げ出され―――誰だよ、誰がやったんだよ、と俺は両手を地面につけたまま、後ろを振り返り―――
「春歌―――・・・!!」
『アンノウン』もとい・・・錠剤を飲んだ男の拳がアッパーで春歌を殴り上げるところだったんだ―――。
「がぁあああッ!!」
「ングッ・・・!!」
わずかな低い呻き声しか上げなかった春歌は、俺の代わりに殴られて、俺の頭の上を越えてまるで投げたぼろ雑巾のように空中を舞ったんだ―――
「―――ッ・・・!!」
俺は怖くてとっさに目をつぶってしまった、だって春歌がそのまま地面に叩きつけられるとこなんて見たくなかったんだよ。
俺がおそるおそる目を開けると、
「大丈夫か、ハルカッ・・・!!」
空中をぶっ飛ばされていく春歌が地面に落ちる寸前に、アルスが両腕と身体で春歌をキャッチした。それでもアルスの足はザザザっと地面を滑っていったんだ。
「は、はい。・・・腕でガードし、急所も避けましたので・・・私は大丈夫です、アルスラン―――」
「・・・そ、そうか。だが帰ったらきちっと医師に診てもらうのだぞ」
「それは、はい。・・・ぅ・・・!!」
「どこか痛むのか?」
「は、はい。胸の下、肋骨の辺りが少し―――」
「な、なんだと―――」
「ちょっアルスラン!!いきなり、服を捲らないでくださいっ・・・」
「ッす、すまない。だが故意ではなかったのだ!! う、うむッハルカよ、そなたと同じ女子のナルに診てもらおう。立てるか?」
「は、はい」
「――――――・・・」
俺はなにをやってんだよ・・・。俺は春歌に庇われて・・・俺の代わりに彼女がぶっ飛ばされたんだ。だから今、春歌はアルスに肩を貸してもらってようやく立てたんだ。春歌が俺を庇って―――。
「―――俺は―――」
その事実をじわじわと頭の中で理解していって―――。その事実を理解すればするほど俺は自分の身体が動かせなくなっていった。敵が目の前にいるのに。こいつは本当に俺達を殺すつもりだったんだ。―――・・・春歌が俺を庇ってくれて初めて、俺はこいつの恐ろしさに気づくなんて・・・俺は大バカだ。
「―――」
血走った眼の『アンノウン』と視線が合った。俺はなにも言葉は出せなくて、ただぶるぶると子鹿にように震えていた。
「健太」
「・・・な、奈留・・・」
奈留は地面に座り込んだままの俺を一瞥すると、すぐに顔を『アンノウン』に向け直した。
「まさか奈留―――」
「私が仕留める―――」
そして静かに俺が発する声を無視して、奈留はあの『アンノウン』に向かってとことこと脚を進めていったんだ。
「ッ!!」
『アンノウン』が近づいてきた奈留に対して勢いよく横薙ぎにその右腕を振るう。でも奈留は上体を僅かに逸らしただけで、その攻撃を回避する。マジですげぇ!!
「お前は身体強化系か―――。でも薬物のせいで思考力が鈍化していて動きが単調すぎ―――・・・」
奈留はすぅっと右腕を出し『アンノウン』の頸を右手で軽く握ったんだ。
「バイバイ―――」
それはその直後だったんだ、奈留の身体中に細かい紫電が縦横無尽に走ったのは。
「ガッ!!」
その直後、まるで雷光のような蒼白い光がフラッシュのように閃いて、それとほぼ同時に電気がバチっとショートする音が聞こえた。そして白目を剥いた『アンノウン』の身体がゆっくりと前に傾き、膝をついて地面に倒れ込んだんだ。
「ナル、こっちだ。早くきてくれ・・・」
ゆっくりと奈留が振り返る。奈留の足元でうつ伏せになって倒れているアンノウンは白目を剥いたままピクリとも動かない。
「アルス―――春歌の怪我の具合は?」
「肋骨が少し痛むらしい」
「ん、分かった」
アンノウンをいとも簡単に倒した奈留は、とことこと小走りで戻ってきてその途中―――俺の目の前で止まった。
「な、奈留・・・俺・・・―――」
俺は後ろめたさや恥ずかしさで奈留の目をまともに見ることができなかったんだ。
「健太も早く行く」
「・・・あ、うん」
俺はやや遅れて立ち上がると、奈留のあとについて春歌のもとまで歩いていった。
「肋骨に罅が入っているかもしれない。ナルよ、早く救護隊に来てもらおう」
「うん」
「そ、それには及びません。私は自分の脚で歩けますから―――」
「・・・ばか」
「奈留さん? ちょっ胸ポケットの中に手を入れてまさぐらないでくださいっ!! 」
「私の電話はさっきの放電で壊れてしまったの。だから春歌の電話を使うだけ」
「そ、そこはこそばゆいですって―――ひゃっ」
「我慢して、春歌」
奈留はごそごそと春歌の警備服の内ポケットやらズボンのポケットをまさぐる。
「あった」
お目当ての電話を見つけたようで、奈留は液晶画面を指で操作して電話を耳に当てた。コールすること数秒、電話の相手が出たんだ。
『春歌?』
「ううん、私」
『あら―――奈留ちゃん? 私と話がしたくてかけてきてくれたの?』
「今はそんな冗談を言ってる場合じゃない。それより春歌とアルスが負傷した、早く救護隊を呼んでほしい、侑那」
『場所はどこッ!?』
「場所は―――」
Kenta VIEW―――END.
―――ANOTHER VIEW―――
その女の名前は知っていた。『薙刀女』に遭遇すればもう終わりだ、と裏界隈では有名な話だ。自分に油断はなかったはずだ、と逃げている彼はそう思ったのだ。裏界隈においては有名で名の知れていた『薙刀女』は攻撃対象から外した。だからあの無名の少年を狙ったのだ。しかし、銀髪の少女に不覚を取った。
「くそ・・・あいつら―――」
電撃による火傷を負った男はよろよろと逃げていた。あの中では弱そうな少年を狙ったつもりだった。しかし、そう思い通りにはいかなかったのだ。そうして結果的に彼は相手の頭目の一之瀬 春歌に手傷を負わせることになったのだ。『だから』自分は彼女達の油断を隙いて今こうして逃げることができていた。そして自分に深手を負わした謎の銀髪の少女―――。
「―――・・・くそ・・・あの銀髪。―――!?」
ふと、前方に何者かの気配を感じた男は脚を止めて顔を上げたのだ。
「―――」
自分の行く手を塞ぐようにして佇んでいたのは、一人の影―――その影の主は男のように見えた。その男の後ろに停まっていた車のライトの影になり、その前方に佇んでいた者の表情は逃げていた彼には逆光となり、見ることができなかったのだ。
「やれやれだぜ。ったく、なんで俺が『針崎所長』の尻拭いをしなくちゃいけねぇんだ?」
「ッ!!」
ざりっとアスファルトを一歩踏みしめてきた前方の男に、火傷を負って逃げていたほうの男は一歩後ずさりをしたのだ。
「仕方ないじゃない、これも『まっさん』に言われた業務なんだしぃ、ね♪」
そのような軽い口調の女の声と一人の男の影―――
「颯希は俺が忙しいことを知ってるだろ?」
その影の者は黒塗りの車の中にいるであろう女に話しかけているのだ。
「私に言われてもさー」
「ったく、なんで俺なんだよ・・・。碓水とか旦悟とか他にもいるだろ―――」
男は気だるそうな態度でばりばりとその短髪の頭を掻き、黒塗りの車の中にいる相棒とおぼしき女に視線を送った。
「あ、逃げた」
「おいおいおい・・・」
「はぁ―――、はぁ―――、はぁッ」
身の危険を感じた男は男女が会話している隙を突いて踵を返し、逃げることに成功したのだ。
「ふぅ、それにしてもあいつらは何者だったんだ?」
男はあの二人の関係を想像してみたのだ。
「ただのカップルには見えねぇし―――」
それが起きたのはその瞬間だったのだ。
「んなッ!!」
逃げていた男の両眼が驚きに見開かれる。目の前の空間が歪んで・・・いやまるで空間から滲み出てくるかのように、先ほどの二人の男女が『空間を越えて』自分の目の前に出現したのである。
「―――手間かけさせるなよ、ザコが・・・」
空間を越えて出現した男のほうがなにかの武術の構えを見せる。
「―――!!」
逃げていた彼は咄嗟に踵を返そうとしたが、それは叶わず、男の一撃を受けてその場に崩れ落ちたのだった―――。
ANOTHER VIEW―――END.




