第二十六話 遭遇、戦いの始まり
第二十六話
「―――!!」
ハルカがあらかじめ四名で示し合わせて決めていた手の仕草を行なったのだ。それを見て静かに、ケンタ、ナル、オレと脚を止めて息を潜めた。
「「「!!」」」
「―――・・・」
通りの夜道を足早に、まるで逃げるように歩く先ほどの怪しい男は、ときおり首を左右に回し、周りの様子を窺っているのだ。そのたびにこれの行動の繰り返しなのだ。
オレ達四名の混成隊が尾行している、先ほどオレ達が職務質問をした男は表の通りから灯火の少ない薄暗くて狭い路地裏へとその歩みを進めていく。
そしてオレ達は物音も声も立てずにその怪しい男を慎重に尾行けていき―――
「―――」
最後尾のオレが、後ろを振り返り注視しながら、自身の右脚を一歩前に踏み出したとそのときだったのだ。
「―――!!」
ハルカが右手を横に差し出して後方のオレ達―――ケンタ、ナル、そしてオレの歩みを牽制したのだ。それはオレ達が尾行けていた怪しい男が、オレ達に背を向けて立ち止まったからだ。
「クククク、アハハハハッ・・・!!」
突然、嬉々としてその怪しい男は、オレ達混成隊に背を向けたまま大声で笑い出したのだ。
「―――」
「「「―――(こく)」」」
オレはハルカの人差し指の動きを見て、そっと気配を殺しながら、壁際ぎりぎりへと退避した。
「俺を尾行していたことは分かってんだよッ警備屋さん」
「すでに我々が尾行していたことは気づかれていたようです。みなさんすぐに出ましょう・・・!!」
ハルカの的確な指示でオレ達は壁際から退避した。
「誘われているとも知らずに。ようこそ俺らの領域へ」
怪しい男はゆっくりとオレ達に振り返ったのだ。
「アルス、春歌、健太―――私達、敵に囲まれてる!!」
ナルが周囲を見渡す。
「はい。私にも分かります」
「うむ・・・いるな。多くの気配を視線を感じるぞ」
周りの建物や物陰からなどからオレ達に向けられる多くの敵意を感じたのだ。敵の兵力の数までは分からないが、もうこの場はすでに戦場となっているのだ。
「え、なになに?どうしたのみんな・・・?」
ケンタだけはなにも感じ取れてはいないようだったが。
「くるぞ、ケンタ・・・気を抜くな」
「アルスどした? そんな怖い顔してさぁ」
「ケンタ、お前もオレ達と背中合わせになってくれ」
「お、おう。こ、こうか?」
最後にケンタがそうしてくれたおかげで、これでオレ達はお互いに四つの背中を合わせて敵の部隊と戦える。
「あぁ、それでいい」
「えぇッ!? いつの間にか囲まれてるしッ俺ら・・・!!」
オレ達四名はお互いに背中を預けあって臨戦態勢を整え、そうこうしている間にも、敵部隊のとある者は物陰から、またある者は堂々と建物の扉を開けてオレ達を囲い込むように次々と部隊を展開させてくるのだ。だが、甘いな。この者達は素人だ、遊びだ。オレがエヴル軍を率いていたとしたら、このように『だらだら』と指揮下の兵達を展開させるようなことは決してしない。
「・・・なんだこの敵兵達のだらしなさは。ここは遊び場ではないのだぞ?」
オレは顔を顰めたのだ。
「アルスのいた世界とは違うの?」
オレのすぐ右に立っているナルは警備銃を手に持ちながら、オレに訊いてきたのだ。
「無論だ。どの国の軍隊も彼らのようにだらだらと動くことはないのだ」
「ふーん」
「それともあれか? オレ達の目の前の彼らはかなりの精強で頑強な部隊であって、彼らはオレ達を制圧することなど露を払う動作に等しいのだろうか? それで余裕を持っているからこそ、このように動作が緩慢なのだろうか、ナルはどう思うのだ?」
オレの問いを聞いてナルは呆れたように半眼になったのだ。
「アルス―――私はアルスを追い詰めた敵のことはよく解らないけど、今私達の目の前にいるこいつらがアルスを追い詰めた敵兵達より強いと思う? そんなわけない」
ナルは彼らを見て呆れたような顔つきで、ふるふると首を左右に振ったのだ。
「ふむ。ニコラウス=フィロス皇帝侍従長率いるルメリア帝国軍団精鋭部隊と彼らか―――」
オレを崖の上まで追い詰めたルメリア帝国軍団と今この場にいる敵兵達とを見比べてみる。
「―――?」
そのとき、彼らを観てふと疑問に思ったことがあったのだ。これは戦時に置いてはなくてならないものだ。
「なぜ彼らは軽装なのだ? なぜ彼らは戦いに赴くというのに剣も槍も持たぬのだ?能力を持っているから武器は必要ないのだろうか?」
「でしょ? 仮にこいつらが強くても、私も春歌もいるから変に、あのときのルメリアとのことを思い出さなくてもいいよ、アルス」
「そうだな―――フフ」
ナルのその優しい言葉に不思議と、安堵を覚えたオレは普段通りに身体の力を抜くのだった。
「くくく、どうだこの数は? さっさと逃げたほうが身のためだぜ? 警備屋さんよぉ。へへ、もう逃がさねぇけどなッ!!」
この烏合の衆の中から賊崩れの風体の一人の男が下衆の笑みを浮かべながら、先頭のハルカに向かって歩み寄ってくるのだ。
「あなたがたは早くこの包囲を解き、我々境界警備隊の捜査に協力してください。さもないと執行妨害にてあなたがたを拘束しますよ」
「はぁ? お前ら自分の立場が解ってんのか?」
「解っていないのはあなた方のほうだと私は思いますが?」
ハルカはいつでもどこでも冷静な性分なのだ。オレはハルカの部隊長としての力量を素晴らしく思う。このような戦場においては冷静でなくてはならないのだ。
「てめぇ・・・すかした顔をしやがってッ!!」
「―――」
賊の男が右手を出し、ハルカの肩に指一本触れた、まさにそのときだった―――
「せいッ」
ハルカの清涼なる一喝。それは一瞬のできごとだったのだ。ハルカが賊のその右手を掴んで引くと、ハルカの肩に触れた賊の男の身体が傾いて一回転する。
「わわッ!!」
賊の男はハルカの武術の技に掛かり一回転し、はたして自身の身に何が起きたのか解っているのか、いないのか、賊の男は寝ころんだまま、呆けて夜空を見上げていたのだ。
「見事でとても華麗な体捌きだったぞ、ハルカよ」
「ありがとうございます、アルスラン」
賊の手がハルカの肩に触れた、あの刹那にハルカは、賊の右腕を掴み、賊の向かってくる力を利用し、相手の体勢を崩す。そのときに足払いもかけてその勢いのまま賊を転がしたのだ。これは相当な手練れではないとできない体技だろう。ハルカもまた相当に武術の鍛錬を積んでいるに違いないのだ。
「あなたを公務執行妨害で拘束します」
清涼なるハルカの声。地面に転がっている賊の男がハルカを見上げたのだ。
「ふえ?」
ハルカは懐から銀色に輝く手錠を取り出すと男の両の手にガチャリとそれを掛けたのだ。
「ッ!!」
それを目の当たりにした敵達の間に動揺と怒りの感情が渦巻き、それを皮切りに敵意が蔓延していくのだ。賊のある者は刃物を、またある者は鈍器をその手に取ったのだ。
「警備局混成隊全隊員に告ぎます。我々はこれより武装化した集団との交戦状態に入ります。ですが犯罪者の無力化と捕縛を最優先に、容疑者の中から死者、重傷者を出さないよう心掛けてください。そして健太貴方は私や奈留さんの側から離れないでください!!」
「・・・お、おう・・・―――」
しかし、なにか物申したい、というような表情のケンタの視線がオレを見たのだ。だがオレはなにも言わずに周りの敵達へとその視線を向けたのだ。
「――――――」
対する敵は十人と少しばかりだったのだ。
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まさに死屍累々とはこれのことだ。ハルカは己の持つ薙刀に能力を被せての一薙ぎで跳びかかってきた賊の五人を吹き飛ばし刹那で黙らせたのだ。ナルは、短刀を手に持ち向かってくる四名の賊の脚を的確に警備銃で狙撃し、彼らを地面と接吻させた。残りの抵抗した三名をオレがその警備刀の柄頭と峰で打ち据え、あとの一人が投降することで彼ら烏合の衆の抵抗は終焉したのだ。そして倒れて無抵抗となっていた賊達をケンタとハルカが次々に拘束していった。
「―――」
オレ達混成隊に手下を全滅させられたという事実があるのに、最後に残った男は涼しい顔をしていたのだ。それがオレには解せなかったのだ。
「残るのはあなた一人です。両手をあげなさい―――」
ハルカが強い口調で男に要求したのだ。
「クククク・・・―――ハハハハハハッ!!」
そのハルカの凛とした声を振り切るように、賊が奇声のような高笑いを発したのだ。
「ついてねぇなぁ、おい―――んぐ」
賊の男は懐から茶色の小瓶を取り出し、蓋を回して開けるとそれを一気に呷ったのだ。
「あんたがあの―――『薙刀女』かよ」
ガリっとまるで固い飴を奥歯で噛み砕いたような音を発てると、その賊の男は数回ガリガリと歯で噛み砕いた錠剤を咀嚼し、最後に喉がごくりと嚥下したのだ。
「なぁ・・・いいもん見せてやるよ」
賊の男の口角が不気味に吊り上がり、彼奴の身体がドクンっと一回、脈打ったのだ。
「「「「!!」」」」
賊の男のその狂気をはらんだような異様な表情にオレはただならぬものを感じ取ったのだ。
「来るぞ・・・!!」
オレは反射的に腰の辺りまで下げて持っていた警備刀を相手に向かって構え直したのだ。
「がッ!! がぁあああッがあぁぁぁああッ!!」
賊の男は血走った眼を大きく見開き、両の拳を握り締め、胸を前に突出し、背中を弓なりに逸らした男の野太い奇声が夜の街に響き渡った。
「いぃ!? マジか!?なんなんだよこいつッ・・・!!」
「呑まれた・・・」
ケンタの驚愕の声、ナルの無感情の呟き、ハルカは―――慎重に事を運ぶのだ。
「皆さん、いったん退がりましょう!! 彼がどのような能力を繰り出してくるか分かりませんッ!!」
そして、オレはすっかり変貌した賊の男から視線を外すことをしない。
「!!」
変貌した賊の男の身体が一瞬ぶれるように見え、そのすぐあとのこと、賊の男はオレ達の眼前から消えたのだ。否―――男は驚異的な速度と力で跳ねるように地を蹴ったのだ―――
「な、なんだと―――!!」
その刹那―――オレは驚きに目を見開いた。賊の男がオレの眼前にいる・・・だと―――
「アルスッ!!」
ナルの叫び声が聞こえ―――
「がぁああああああああッ!!」
その直後におおよそ人の声とも思えないような叫び声をあげた―――。この声はまるで獣、理性のない獣が発する咆哮のようなものだったのだ。
「―――ッ!!」
男の咆哮―――その咆哮と共に彼奴は己の右腕を弓の弦のように弾き絞る―――!! これは掌底打ちの動作だ。
「ぐッ―――!!」
オレはとっさに警備刀の腹でその相手の掌底打ちを受け止め―――きれない・・・だと? バカな・・・警備刀ごとオレを吹き飛ばすというのか―――!! しからば自らの脚を後方に跳ねてその掌底打ちの衝撃をころす―――!!
「ぐ―――!!」
地を勢いよく蹴り、地面から足を離したオレの身体は相手の掌底打ちでいとも簡単に宙を飛び、そして再び地に落ちる寸前になんとか態勢を整え着地する。―――それでもなお、オレは地面をざざざざっと靴の裏で横滑りし、なんとかその体勢を整えた。靴の底からうっすらと煙が上がり、摩擦で焦げたような臭いを感じた。
「痛ぅ・・・手が痺れた」
「アルスッ大丈夫ッ!?」
吹き飛ばされたオレに血相を変えて駆け寄ってきたナルが、地面から立ち上がろうとしていたオレの手を取り、また身体を支えて起き上がるのを助けてくれたのだ。
「すまない、ナル。・・・オレは大丈夫だ・・・ただ、あの者の掌底打ちを受けたときに手が痺れた程度だ」
「ほんとに大丈夫アルス? 怪我とかしてないッ!?」
「うむ。血を流すような怪我はしていないぞ、ナルよ」
「よかった、アルス・・・」
「やれやれ・・・オレは少し鈍っていたようだ、ナルよ」
日之国に来る前のオレの日常を思い返したのだ。ダニシュメン騎兵との戦い、ルメリア帝国軍団と相対したこと。オレを射殺そうとして矢を射かけてきたルメリア兵の者共。オレが斬り殺したそのルメリア兵。本当に少し前までは戦いの日々だったのだ。
「ううん、そんなことないと思う。普通の隊員だったら、あそこであいつの掌底打ちをあんなにも華麗に、アルスみたいに受け流せなかったと思う」
オレはこの者の掌底打ちをうまく受け流せたはずだ。―――だが、それでもオレの感情を―――あのときの感情をふつふつと思い出させるには充分だったのだ。
「ナルよ。オレを気にかけてくれてありがとうな」
「う、うん。でも帰ったらちゃんとみないとダメ・・・私がみてあげる」
「うむ。よろしく頼む、ナル」
「うん・・・任される」
ナルの口元が僅かに綻んだのだ。おそらく初めの頃は分からなかったであろう、だが今ではもう彼女の表情と感情が分かるようになってきているのだ。
「あの者―――」
オレは口角をつり上げたのだ。そうしてオレは自分を打ち飛ばした相手に睨み付けるような視線を向けたのだ―――
Arslan VIEW―――END.




