第二十五話 忍び寄る影の如く
第二十五話
「そこまで言うのであれば、諏訪局長はなにかの証拠を掴んだのですね」
「えぇ。つい先日のことだったわ。定連 重陽隊長率いる部隊が繁華街の路地裏で、ある少年を保護したの」
「ある少年を保護?定連さんの部隊が? 私はそのような話は一切聞いていませんが?」
「え、えぇ春歌。だって公表していないもの―――非常に由々しい案件だったため、定連隊長より報告を受けた私は局長命令というかたちで、すぐに少年の保護に当たった隊員達に緘口令を出したわ」
「局長命令の緘口令まで出したのですか!?」
「えぇ」
「緘口令まで出した案件を私達に話してもよろしいのですか?」
「私は公人としても私人としても貴方達四名を信頼しています」
「「「「―――」」」」
オレを含めた四名はユキナのその発言を聞いて一同に押し黙ったのだ。
「定連隊長や隊員達の報告によれば、彼らの発見時、その少年は暗い路地裏に身体をくの字に曲げた状態で倒れていたそうよ。少年は虚ろな眼で涎を垂らしながら『力が―――力が足りない。力がほしい―――』と繰り返し呟いていて。不審に思った定連隊長が少年の身体検査ならびに持ち物検査をした結果、その少年の財布の中から正体も出どころも不明の白い錠剤が三錠見つかったの」
「諏訪局長、その少年と錠剤は・・・今どちらに?」
「錠剤のほうは新田研究官が警備局研究課にて分析にかけたわ。その結果はやっぱりその薬はただの薬じゃなかった。新田研究官が錠剤の成分と効果を詳しく分析した結果、その錠剤を摂取すれば、脳内のある部分に作用し、自身の第六感を上昇させ、それにつられるように能力も強化する物質であることが、判明した」
「能力を高めるんっすか? それなら別に―――・・・」
「ううん、健太君―――でも、その物質が人に与える効果は栄養剤のような、良い効果だけじゃなかったの」
「え?それって・・・」
「うん。研究課の新田研究官の科学捜査の結果―――その物質を人体に取り込むと、確かに一時的に能力が強くなるのだけれど、服用した状態で能力を行使すれば、その度に脳や神経を異常に酷使する。その代償に使用者は人としての大事なもの徐々に失い―――たとえば記憶だとか、感情だとか―――そして最後には自分の生命までも失う―――禁忌の錠剤だったの」
「「「「――――――」」」」
「自身の能力を強くすることができる夢のような錠剤をただで与えてくれる『黒服の薬売り』―――。それが、まことしやかに特に若い子達を中心に拡散しているみたい。貴方達はそんな話を耳にしたことはないかしら?」
「「「・・・・・・」」」
オレ達はお互いに顔を合わせて、聞いたことはない、と首を横に振ったのだ。「・・・定連さんが保護したその少年を事情聴取すればなにか分かるかもしれませんね、諏訪局長」
ハルカの進言を聞いたユキナは目を閉じ、首を左右に振ったのだ。
「・・・ううん。それは無理よ、春歌」
「え?」
ハルカはきょとんした。かくいうオレもそうだったのだ。
「その錠剤を持っていた少年は亡くなったの、春歌。―――少年は病院で容態が急変して」
「ッ!!」
死んだのか、その者は。
「死んだの?侑那」
「な、亡くなられたのですか・・・?」
彼女達の言葉が同時に重なりあったのだ。
「ま、まじかよ・・・!! もしこれが本当にあの黒服達の仕業で、もし俺が捕まっていたら―――」
ケンタはそこで己の言葉を止めたのだ。
「その危険な薬物に精神と身体を蝕まれた果てに少年は昏睡状態になって・・・私達が窓越しに見守る中―――彼は眠るように息を引き取ったわ」
「そんな錠剤を日府でばら撒いているのは第六感社に違いない、と私は思う」
「私も奈留さんの見解と同じです。しかし、この犯罪行為を行なったのが第六感社である、と断じるに足る確たる証拠を我々警備局はまだ押さえていません」
「だったらしっぽを掴むまで」
「奈留さんのおっしゃるとおり、諏訪局長。我々混成隊が必ず彼らの尻尾を掴んでみせます・・・!!」
ユキナはハッとして顔上げたのだ。彼女ユキナの顔は先ほどまでの陰鬱なものではなくなり、眼光鋭くオレ達四名の顔を力強く順番に見渡す。
「私達警備局境界警備隊は日之国日夲でこのような犯罪行為を行なう者達を許してはなりません。私から貴方達混成隊に特別任務捜査権を与えます。貴方達にはその怪しげな錠剤の出どころを調べてほしいのです。―――これが貴方達の次の任務になります。私は貴方達の任務の貫徹及びよい報せを期待します」
「「「「はいッ」」」」
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ケンタが加わわり四名になったことにより、寮監の塚本はオレ達混成隊のために丸々一棟の館を提供してくれたのである。彼女達の館はオレとケンタの館の真向いにある。ハルカやナル曰く、このような一軒丸々の特別寮の提供は、前例もなき厚遇とのことだ。
「では私達はここで、今夜はお疲れ様です」
「ばいばいアルス、健太」
三日三晩夜の巡回を行ない、この日の朝方の帰局にて四日目となった。今夜も特にこれといって事が起こることはなかったのだ。
「おう、また夕方な」
「朝だが、おやすみだ、二人とも」
王や王子ではない男が后達や姫が住む後宮にみだりに入ったり、入り浸たることは重大な背信行為となる。それと同じく、オレとケンタ、ハルカとナルのすなわち男女で館が別れていたのだ。これはオレがいたエヴル・ハン国でも、こちらの日之国でも変わることはない、人としての常識なのだ。
「・・・・・・」
オレは二人の背中を見送ったのだった。
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「ふぅ・・・」
館の中でケンタと別れてオレは自分に宛がわれた部屋に戻ってきたのだ。
「・・・・・・」
そう。この日之国では人が仕事で外から帰ってこれば、皆すべからく湯浴みをするという習慣があったわけで、オレは疲れた身体を起こして風呂場に向かったのだった。ちなみにエヴル人は湯浴みを毎日行なうという習慣はなかったが、ときおり川の清水などで水浴びを行なうのが習慣だった。
「――――――」
オレは身体を洗い清めたあと、浴槽に貼った温水に頸まで浸かるときに、瞑想に耽るのだ。目を閉じて今日の無事を天神や天女神に祈り、巫覡の者達がよくそれを行なうとの同じように、しばしオレも心の中で語りかけるのだ。
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その夜はなぜか寝苦しく感じたのだ―――。眠っていた意識がふぅっと引き上げられるかのように浮上していく。
「―――・・・?」
身体が熱いのだ。―――それに自分ではない者の息遣いがすぐ傍から感じ取れ―――
「ッ」
敵襲か!? まどろみの中を浮遊していたオレの意識が急速に目覚めたのだ。敵がまだこの部屋の中に潜んでいるかもしれない―――。オレは寝台から勢いよく跳びあがろうとしたものの、その考えに至り、息を殺して相手の出方を窺うことにした。
「――――――」
薄目を開けて部屋の中を見回したがそのような者の影も形も見えない―――。まさか、身体を不可視にできるような能力者がここにいる? まさかな・・・と、そう思うものの不安の募りで喉が渇いたため、寝台から身体を起こし―――
「ッ」
オレが起き上がろうとしたものの、オレの身体は何者かによって引っ張られ起き上がることができなかったのだ。それはなぜか?それはオレの身体ががしっと拘束されていたからだ。頸元を確認しても刃物を突き付けられているようなことはない。
「―――」
では、なぜそのような事態にオレは陥っているのだろうか。それは何者かがオレの身体にしがみ付いている所為だ。
「ふむ」
この既視感に覚えがある。・・・そう―――あの義妹の女の子だ。・・・オレの義妹の名前はイェルハという。そのイェルハもエヴルバリクにあった後宮から度々こっそりと抜け出してきては、オレの寝所に忍び込んでいたのだ。
「イェルハよ。お前は今どこにいるのだ―――?」
イェルハは今も、オレの元居た世界にあるルメリア帝都バシレイアの宮廷にいるのだろうか・・・―――。彼女イェルハは生粋のルメリア人で父王トゥグリルの後妻の連れ子だったのだ。イェルハのルメリア帝国での名はフローラ=バシレウス。つまりはオレの父や叔父達を殺した憎き仇敵ルメリア皇帝アレクシウスの孫娘に当たる。
「―――」
そして『今』。イェルハと同じようにして、オレの寝間着を握っているその者に視線を送った。
「・・・」
すぅすぅと規則正しい息遣いをさせながら、その銀髪をしたナルはオレの寝台の中で眠っていたのだ。いつの間にナルはオレの寝所に忍び込んできたのだろうか・・・。
「――――――」
オレは、ナルの肩に手を伸ばし、ゆるゆると揺することで彼女をその眠りから覚まそうかと思ったが―――いや、やはりやめておこう―――。ナルのその寝顔がとても穏やかなものだったからだ。
「――――――」
ナルの肩下まで伸びた銀髪をそっと、まるで清水を掬うように手に取り、手の平を傾ければ、それが本物の銀粉のようにさらさらと手から零れていく。
「―――ナル」
オレの手からナルのその美しい銀髪がさらさらと零れ落ちてから、オレはまたゆっくりと上体を下げ、床に伏せたのだった。
「―――」
ナルはオレに対するその好意を隠そうとはしていない。理由は分からないがしかし、なぜかオレはナルに好かれているのだ。だが、オレには思い当たる節はない。オレはハルカにも同じように接してはいるが、ハルカからは特段の好意を抱かれているとは思えない。
「オレは―――」
―――オレの手は血で汚れているのだ。血に塗れているのだ。戦にてオレは自身が生き残るために、敵意をエヴル人に向けてくる数多のルメリア兵やダニシュメン兵を斬り殺し、また射殺したのだ。ナルと触れ合うことにより、その怨念に満ちた敵の返り血を彼女につけるわけにはいかないのだ―――。
「―――・・・」
ナルには・・・オレの寝所に・・・勝手に入ってこぬように・・・言っておかねばなるまい―――。そのようなことを思いながら、オレの意識はふたたび泥の中に潜るように消えていったのだ。
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オレ達『混成隊』の四名は、幾度となく続いた徒労の果てについに、この瞬間を得たのだ。
「こ、これは不当拘束だッ!! 警備局はその権力を傘に着て我ら善良な一般市民を市民だと思っちゃいないッ犯罪者だと決めつけている!! 警備局が俺を狙ってるッ陰謀だッ不当拘束だッ・・・!!」
「我々はあなたを犯罪者だとは思っておりません。それにあなたを逮捕・拘束するつもりもありません。これは捜査上のただの職務質問であって任意同行ですらありません。あなたも日之国の日之民であるならば、我々警備局の捜査に協力してください」
「これは陰謀だッイジメだッ!!政府が俺を狙っているッ俺をこの世から消そうとしているんだッ!!」
「―――」
ふぅと、ハルカは困ったような顔で溜息を吐いたのだ。そうしてオレ達のほうに振り返ると首を横に振った。
オレも思うことが、こちらの話を全く聞き入れてくれない者と話をするのは骨が折れるものだ。
「もうよいな。行くぞハルカよ」
「そうですね、アルスラン」
「手間を取らせてすみませんでした、では」
ハルカは残念そうにこの不審な男に一礼を行なう、その不審な男から踵を返したのだ。それにオレやナル、ケンタも続く。
「―――」
この混成隊の頭目であるハルカからその言質を取った不審な男は無言でオレ達と視線を合わすこともなく、逃げるように足早に立ち去っていったのだ。
オレ達は不審な男に対して踵を返したふりを行なったのだ。
「―――」
ナルは何も語らずに、だが厳しい顔つきでその男の背中を注視していたのだ。―――その意味するところは。
「・・・・・・」
ハルカも何も言わずにその男の背中が小さくなっていくのを観ていた。
「―――行ったか。―――ついに俺達の任務ってわけだな」
ケンタがにやりと口角をつり上げるのだ。その顔に表れている感情はケンタの自身の自信の現れであり、またこれから起こることへの期待感でもあるように、オレには思えた。そして、ケンタのその気持ちはオレも解るものだったのだ。
「春歌、追うんでしょ?」
「ハルカ、尾行るのだな?」
オレとナルの声が見事に重なりあったのだ。
「えぇ・・・―――ですが、もうしばらく待ち、対象者と距離を開けましょう」
オレ達はハルカのその言葉に肯き、道の端へと寄る。つまり手筈としては二段階目なのだ。最初の声かけで調査対象者が非協力的だった場合は、わざと解放して相手を泳がせる。そうして焦燥感に駆られる相手を、オレ達が気配を殺して尾行していくという、つまりはそういう流れだ。
「・・・俺達『選抜されし転移者混成部隊』から逃げられると思うなよ・・・!!」
ケンタは嬉々としながらそう呟くと、気配を殺して先頭を思慮深く進むハルカの次に続く。ケンタもまた足音を殺した忍び足であるというのは言うまでもない。
「ふむ・・・さて」
「アルスどうしたの?」
脚を前に出さないオレを一番後ろにいたナルが疑問に思ったようだった。
「あぁ、解っているよナル。今日はオレがこの部隊のしんがりを務めようと思っていたのだ」
「しんがり?」
「あぁ。しんがりというのは後方部隊のことだ。友軍の撤退時に、敵軍に後ろから突かれたときには自軍を逃がすために敵を死に物狂いで食い止めるのが、そのしんがりの役目だ」
「それを今日はアルスがするというの?」
「そうだ。しんがりは軍部隊の誰かがやらなければならないからな」
「じゃあ、私もアルスと一緒する」
「いいのかナル? しんがりには生命の危険を伴うぞ?」
「前は春歌と健太に任せて、後ろは私達二人で警戒しよ? 私は狙撃ができるし、アルスの頼りになると思う」
「―――狙撃」
今、ナルが弓矢を隠し持っているようには見えないのだが、彼女の得物はその火薬の力で射撃する『警備銃』という短筒だ。
「アルスに私の真の『得物』を見せてあげる。誰にも言わないでね」
ナルは人差し指を唇の前に立てると、懐から手の平に収まるぐらいの、ずしりとした重みがあるであろう黒い塊をオレに見せてくれた。
「―――それはいつもの得物か?」
ナルの手の中にあった短筒はいつものとそれと違うように見えたのだ。
「ううん。これはいつもの殺傷力を押さえてある、あの警備銃じゃない。いつも念のために持ってきてる私の奥の手―――」
「ほう、奥の手とな」
「しッアルス、春歌に見つかる」
「―――」
ナルの忠告を受けてオレは、ナルの手の中にある『獲物』を無言で食い入るように見つめた。闇夜の街灯を反射し、黒光りするそれは傷も凹みもなくナルが大切にしてあるということが、一目で解ったのだ。
「お母さんが昔使っていた形見の一つなの―――」
「―――」
―――ナルの母親アイリという者のか。以前、少しだけナルから聞いたことがある。ナルの父も母も警備局にいたそうで、二人そろって、とある任務に出てからまだ帰ってきていないという。
「もし、大事になれば頼む」
「うん、まかせて」
オレは弓矢を携えていないのだ。だから狙撃ができる者が仲間にいるということは頼もしい限りだ。




