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五世界幻想譚-The Fantasy of Five Pieces-  作者: 高口 爛燦
第一章 かくも優しきこの日之国で
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第二十四話 日府の新たな都市伝説

第二十四話


 それはある夜警の最中に起きたのだ。―――ハルカ率いるオレ達混成隊の四名は、夜の街で目に留まった、とある挙動不審な男の後を尾行していた。その『尾行』が『追跡』へとその性質を変えていくのに、さほど時間はかからなかったのだ。

 オレ達から逃げおおせるべく男は走り出したのだ。

「・・・くそ、俺を犯人扱いしやがって警備隊めッ!!」

 風体の怪しい男は悪態をつきながら、それをオレ達四名は追っていく―――

「ッ!!」

 オレ達『混成隊』に追われていた風体の怪しい不審な男は自分が袋小路へと追い込まれていたことを今しがたになって気づいたようだった。

「そこは行き止まりです、もう逃げるのは止めにしませんか?」

 ハルカの静かで、だが有無を言わせない凛とした声がその場を支配したのだ。続いてケンタが自らの顔を、自らの左手で覆う。

「・・・そうだぜ。どれだけお前が足掻こうが、もうお前には勝ち目ねぇよ。この俺達、『境界警備隊(ボーダーガード) 選抜されし(セレクト)転移者混成部隊(スペシャルフォース)』に目を付けられたのだからな・・・!!」

 ケンタは自信ありげに口角を吊り上げ、にやりとした笑みを零す。ケンタは頻繁にこの―――つまり、開いた左手か右手の掌で自身の顔を覆う―――その動作を行なうだが、なにか意味はあるのだろうか・・・。

 ケンタは、この不審な男に対してさらに言葉を紡いでいくのだ。

「俺達に協力するか、それとも俺達から逃げ続けるか、お前はどっちを選ぶ? さぁ、選ぶといい。お前の運命をな―――」


「どうしたのだナルよ? 何か気づいたことでもあるのか?」

 そこでオレは自分の上位の裾をくいくいと、後ろから控えめに引っ張ってきた相手に振り返ったのだ。その相手とはナルのことだ。

「・・・んーアルス。なんか最近、健太の厨二病がひどくなった気がして」

 ナルはオレに、そのようなケンタが患っているであろう彼の病に関することを独白したのだ。

「ちゅーに病だと? それはどのような症状の病気だ? それともその病は生命に関わる大病か?」

 病というものは本当によくないもので人知れず人を蝕んでいくものだ。オレの実の母もオレが幼き日に大病に罹り死者の国へと旅立ってしまったのだ。

「ううん」

 ナルはふるふると首を左右に振った。

「幼少期から思春期特有の多かれ少なかれ誰でもなるものかな? でもたまに完治しない人がいて、そのまま成長するとあぁいうふうになるの」

 そこでナルはケンタを指さしたのだ。

「・・・それが今の健太だから」

「ふむ。誰でも罹る病とな?」

 では、そのちゅーに病とやらの病は、麻疹や水疱瘡のような認識でよいのだろうか?

「ナルのその口ぶりから察するに、また今のケンタが健在なところを観るに、そのちゅーに病とやらは完治しなくても生命には別条ないようだな」

「うん。生命に別条はないけど・・・でも見ていてイタイ」

「痛い?」

「うん」

「・・・・・・」

 痛いとそれだけで重篤な病に、オレは思うのだが・・・オレはそれ以上なにも口には出さなかった。あとでケンタに、ケンタよ貴公は見ていて痛い、と言ってあげたほうがよいのだろうか・・・?


「なぜあなたは我々、境界警備隊の姿を見た途端に方向転換をし、さらに我々から逃げようと走ったのですか?」

 その不審な男に対してのハルカの冷静で的確な詰問に、オレ達―――つまりオレとナル―――も互いの私語を止めて、その今しがたまでオレ達から逃げていた不審な男に視線を戻したのだった。

「それは、警備隊の腕章したあんたらが俺を追ってくるからだろ・・・!!」


「さきほどからあなたの言い分には要領を得ないことばかりです。あなたの所持品を検査してもよろしいですか?」

「な、なに言ってすんか・・・俺はただの一般市民っすよ、警備隊のみなさん」

 オレ達が追い詰めた不審な男は、ハルカの言葉に明らかに動揺して一歩後退する。

「あなたは我々に対してなにか後ろめたいことでもあるのですか?」

「そ、それは・・・。え、えと・・・あ、あんたらが―――」

「つまりそれはなにかあると・・・そう、捉えてもよろしいということでしょうか?」

「・・・・・・」


 ハルカの質問に、ついにその男は下を向いて押し黙ってしまったのだ。ふむ、オレは半歩前に出た。

「だんまりか・・・。では、貴公はなぜオレ達から逃げようとしたのだ・・・?」

「アルスラン、あまり近づいては・・・」

 オレが不審な男に対してさらに踏み込もうとしたとき、ハルカが右腕を横に出してオレを制止したのだ。

「・・・そうだな」

 この不審な男がいきなり刃物などを懐より取り出すかもしれないのだ。


「俺は不審者じゃないっすよ・・・!!」


「そこ、右ポケットの中が怪しい」

 ナルは目ざとくなにかを見つけたらしく、人差し指で男の下衣を指さしたのだ。


「ッ!!」


「・・・・・・」

 明らかに不審な男の目の色が変わったのだ。これはナルの言う通り、その衣嚢(ポケット)の中に何かを隠し持っていると思ってよいな。

「その右ポケットの中に隠しているものを出してください」

 ハルカの力強く凛とした声が、その視線が、不審な男を射るように見つめたのだ。

「こ、これはその・・・ただの電話だよ」

 不審な男はへへっと薄ら笑いを浮かべながら、手の平に乗るほどの大きさの薄い板、電話を下衣の衣嚢から取り出した。


「少しその電話を確認させてもらってよろしいですか?」

「いいけどよ、その代わりアドレス帳見んなよ」

「分かっていますよ」

 ハルカはその電話なるものを受け取って、あれやこれやと検分しているようだった。


「いきなり素直になった」

 そのナルの小声の指摘にオレは肯いた。

「あぁ、観念したのかもしれないな・・・」


「特に不審な点はありませんね・・・」

「だろ?」

 ハルカは男に電話を返した。

「所持品検査も行なってよろしいですか?」

「別に構わねぇけどよ、早くしてくれよ?」

「私は女ですので健太、貴方がお願いします」

「俺?」

「はい」


「・・・ふむ」

 ケンタは両腕を上げた男の身体、特に衣嚢の辺りを服の上からポンポンと手で確認していった。

「ポケットの中にも特に変な感じのものは入ってなかったな・・・」

 持ち物の検査を終えたケンタは少しがっかりしている様子でそんなことを呟いた。


「当たり前だって、俺は不審者じゃないからな。で、これで俺の身の潔白は証明されたろ?早く返してくれよ、明日は夜勤なんだよ」


「はい。我々の捜査にご協力いただきありがとうございます」

「じゃあな、お勤めごくろうさん」

「はい、ありがとうございます・・・!!」

 ハルカが男に一礼し、男はオレ達に背を向けて夜の街にその姿を消していったのだ。


「―――・・・」

 オレはそんな男の後ろ姿を、男の姿が小さくなるまで凝視していた―――。

「アルス?」

「!!」

 ケンタがオレを呼んだことで、オレはハッと我にかえったのだ。

「どした?アルスなんかあったのか?」


「・・・いや」

 とケンタにはそう答えつつ、オレはあの不審な男の態度。特にあの・・・初めはオレ達から逃げ回り、追い詰めたときに手の平を返したような、あの不可解な行動に拭いきれない不信感を抱いたのだった―――


「では、次の区画を一回りして帰局しましょうか」

「おう」

「うむ・・・」

「アルス大丈夫・・・?」

「ナル?」

「ううん。やっぱ私の気のせいだったみたい」

 やはりナルは目ざといというか勘が鋭いな・・・。オレの心の機微は彼女に筒抜けらしい。

「―――ナルよ」

「アルス・・・?」

 オレはナルだけに聞こえるように彼女に、俺が不信に思った先ほどの不審な男の言動についてを話して聞かせるべく、ナルに近くに寄るようにと。

「近こう、寄れ―――」

「え、そ、そんな・・・アルス(てれてれ)」

「ふむ、先ほどの不審な男のことだが―――」

「・・・なんだ・・・」


 なぜ、オレ達がこのように夜な夜な街を巡察し回っているのか、それはあのときの集まりにまで遡るのだ―――


六日前―――警備局混成隊の隊舎にて


「最近、ちょっと妙な事件が立て続けに起こっていてね・・・」

 ユキナは、はぁっと重い溜息をついたのだ。

「妙な事件・・・ですか?諏訪局長―――」

「えぇ春歌。事件と呼んでいいのか、噂と言えばいいのか。その妙な噂の出どころを貴方達、少数精鋭の混成隊に捜査してほしいのよ」

 ケンタは手を挙げたのだ。

「諏訪さん、妙な噂ってなんなんすか?」

「そう、健太君の街にも『都市伝説』みたいなものはなかったかしら?」

『都市伝説』っすか?ありましたよ」


 今度はオレが手を挙げたのだ。

「都市伝説とは?」

 オレが頭の中で思い描いているそれと、この日之国での認識との間にはズレはないのだろうか。

「知らない?アルス」

「その街の伝説のことだろう? 例えばオレが聞いたことのある話ではその昔、エヴルバリクの塔の上には善い竜が棲んでいて、その竜は夜な夜な人々を護るために、人知れず空を飛んでいたという、そんな話だ」

「竜が?」

「そうだナル。(エヴレン)だ」

「「「・・・・・・」」」

 皆の視線がオレに向いたことをいいことにオレは再び口を開く。

「オレの部族にも伝えられている話は、以前にナルには話したと思うが―――」

「うん、前にアルスから聞いた。アルスの世界で伝えられている話。天上界と人間界、地下世界の話とか、神様と女神、神々の伝説・・・。アルス達エヴル人がその竜―――神様が遣わし、古の最も強い神獣である竜の名を冠した草原の民って」

「そうだ。天神(テングリ)天女神(ウマイ)の、その四守護竜の天地火水の善竜が当時の(ハン)の前に降臨したからだと、オレの祖父のクルトという者から聞いたことがあって・・・祖父が言うには、それにあやかって我々の民は、火竜(オテュラン)水竜(スゥバリク)地竜(イェルヴレニ)天竜(キョクルゥ)の四竜にあやかり、それらを四つの姓にしたのだ、と」


「へぇ、アルスの世界はそんな伝説があるのか」

「しかし健太、彼の話はこの日府の都市伝説とは毛色が違うものだと、私は思いますよ」

「そうだよなぁ、なんか俺らの話とはスケールが違うもんなぁ・・・神話といってもいいと思うぜ」

「えぇその通りです。日之国日夲的な都市伝説というものはアルスランが語ったような文学的・宗教学的に価値の高い話やそういった意味合いのものではなくてですね。そろそろ本題に入りませんか―――諏訪長」 

 ハルカはユキナを見つめたのだ。それに反応してユキナは息を吸い込み―――だが、そこに割って入った者がいたのだ。

「ちょっと待って春歌」

「なんでしょうか、奈留さん」

「アルスに『日府的』な都市伝説を知ってもらいたいの」

「日府的な、ですか?」

「うん、春歌。アルスに日之国の日府の都市伝説を知ってもらうことで、きっと今回のこの任務の成功率は上がる、と私の勘が告げている。ね、アルス?」

「う、うむ」

 ナルに熱視線を送られて、オレは改めて考えさせられたのだ。

「・・・ふむ」

 『日府的な』?その意味に込められた『都市伝説』とはいったいどのようなものだろうか? オレと彼女達との間に横たわる文化の違いというものなのだろうか。都市の伝説と言えばその街が『どのように成った』のか、という、ある種の訓話のようなものが一般的だが・・・。


「侑那もいい?時間を取ってしまうけど」

「うん。いいわよ、奈留ちゃん」

「うん。なんかおもしろい話を―――あ、春歌はダメだった、また地雷を踏む」

 ナルは興が冷めたような視線をハルカに送ったのだ。

「じ、地雷なんて私は踏みませんよ?」

「じゃ、春歌。なにか、おもしろい都市伝説を話して?」

「え、えっとですね?」

 ハルカはしばし考えるような素振りを見せたのだ。

「そう、ですねぇ―――あ、そうです!! 私の家の座敷牢は上を歩くだけでぎぃっと鳴くんですよ、不思議ですよね。きっと床下に大きなカエルがいるんですよ」

「あんぽんたん」

「なにか言いましたか、奈留さん?」

 ハルカの眼がすぅっと細くなったのだ。

「ううん。なんでもないよ、春歌」

 そのハルカの視線を受け流しつつ、ナルは、今度はケンタに視線を向けたのだ。

「―――やっぱ健太、なにかおもしろい話をして?」

「おう、みんな聞いてくれ!! 俺が住んでた日本では、こんな噂があったんだ。『俺だけの路地裏』曰く夜一人で歩いていたら、見知らぬ路地裏に迷い込んでいて、夜が明けるまでその場をぐるぐる迷い続ける。とか、『発電機アルバイト』六時間中ずっと自転車を漕ぎ続ける高額バイトが街のどこかにある、とか。怖い系では『午前二時だけに現れる校舎五階の十三段目の階段』その時間ちょっきしにその階段を上ると異界に繋がってるとかなんとか。『鏡の向こう側の異世界』、それも階段の話と似ているから本質的にはおんなじ話かもな・・・。路地裏と階段、鏡の話は典型的な怖い話の部類だからなんで広まったのか納得できるよ。でも『発電機アルバイト』のほうはかなり眉唾もんだけどなー、バイト代を支払ったら、採算なんて取れねぇよ。誰がそんな都市伝説を言いふらしたんだろ? それより『下水道のワニ』のほうがまだ信じられる」

「なるほどですね。健太が居た、その日本と言う国でもいろいろな話が伝わっているんですね」

 ハルカはケンタの話の内容と彼の話し方に感心したようだ。

「まぁな、春歌。その手の話はもうネットの中でジャンルになってるよ」

「・・・へぇ。都市伝説ですか・・・」

「さすが健太。健太の話は内容が濃かった」

「だろ?奈留」


「アルス、つまりはね。『都市伝説』とは、健太が言ったように根拠がないただの噂話が広まったもの。でも話の種になった事柄はあるかもしれないし、ないかもしれない・・・。つまり与太話、迷信みたいなものなの」


「噂話―――・・・」

 理解できた。地下の魔王エルリクの使い魔エスレルがその手に持っているとされる魔剣、『エスレルの剣』と似たような話だな。使い魔エスレルがその手に持っている剣からほとぼしる雫が三滴、人間にかかっただけでその人は絶命するという。『エスレルの魔剣』と呼ばれる恐ろしい剣―――オレの国の都エヴルバリクの地下にはその魔剣が埋まっていると一時期、王都エヴルバリクで噂になったことがあったのだ。しかし、皆、オレも含めてだが、恐ろしくて掘り起こそうとする者は誰一人としていなかったがな。あとオレが聞いたことのある噂話では、かつて英雄が使っていたとされる―――さる『聖剣』がまだ遥か聖なる山の頂に刺さったままになっているという。その聖剣は―――然るべき使い手が己を抜いてくれるのを待っているのだという。

「―――」


「そうなのです。日府の都市伝説というのはアルスランが語ったような文学的に価値があるような叙事詩的な内容ではなく―――」

「春歌の家はカエルが出るらしい」

「な、奈留さんっ、その話はもういいじゃありませんか・・・!!」

「おほんッ!! で、ですね諏訪局長がいう『都市伝説』とは―――今回の任務の詳細をお願いしてもよろしいでしょうか?諏訪局長」


「えぇ。言うならば、『黒服の薬売り』―――。とある裏サイトに欲しいと書き込めば、黒服の人達がどこからともなく現れてその薬をただでくれるらしいわ。これが今、日府でまことしやかに噂されている都市伝説よ」


「――――――」

 ふむ。黒服とな。


「薬をただでくれるんすか・・・?それなら別に―――」

「健太君、貴方ならピンとくるんじゃない―――?」

「え?」

「その薬を無料でくれるのは『黒服』に身を包んだ人達だ、そうよ」

「―――ま、まさか・・・!!」

 ケンタは何かに気が付いたように慄いたのだ。かくいうオレも『黒服』とユキナから聞いたことにより全てが繋がったのだ。どうやらその考えに至ったのはナルも同じようで、彼女ナルは呆れたような顔をしてはぁっとため息をついた。

「ほんと企業は碌な事をしない。甘い言葉で学生を誘い込み、きっと市中で薬物を用いた人体実験をやっているに違いない―――」

 ハルカはナルよりも厳しく深刻な表情をしており、彼女ハルカはユキナを見つめながら口を開いたのだった―――。

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