第二十三話 警備局『混成隊』の初巡回
第二十三話
「本来ならば夜警なのですが、今日は小剱さんを加えての初回ということですので、昼間の巡回を行ないます。小剱さんは私や奈留さんが行なうことをしっかりと見ていてください、おいおい貴方にもやってもらいますので」
「は、はいッ一之瀬隊長ッ」
ケンタはびしっと敬礼を行なった。
右腕に警備局境界警備隊の腕章を付けたハルカを先頭にオレ達はこの日府の街中を闊歩していた。改めて見て思うことなのだが、やはりオレが住んでいたエヴル・ハン国の街とは大きく異なっているのだ。
「・・・」
そもそもこのような冷たい石のような材質でできた建物は王都エヴルバリクにはないようなものであるし、エヴルバリクにはオレ達草原の民が住まう毛氈製の天幕と、異国からきた商人使節団は木を伐った建物の中に住んでいた。また夏冬の移動に際してもその商人達は夏の都にも木を伐って作った建物を持っていた。だからオレが知る建物というのは毛氈の建物と木の建物しか知らないのだ。だが、この日之国の日府という場所はどうだ? 見上げればまるで巨大な木のような『ビル』というものがいたるところに建っているのだ。
「―――」
そして想像だにできぬほどの速さで動いている色とりどりの『自動車』という名の鉄の車。馬に引かせた馬車とは一線を画す音と臭い煙を出しながら道を疾走しているのだ。信号という三色のものをナルやハルカから教えられたときには不可解に思ったほどだ。どこを歩もうと人の勝手ではないのか?
「では、小剱さん。これより私達『混成隊』は日府の繁華街に入ります。気を引き締めていきましょう」
「おすッ春歌隊長!!」
「・・・春歌隊長?」
ケンタのその言葉にハルカがピクリと反応したのだ。眉間にわずかに皺をよせ、不服とまではいかないものの、ハルカにはなにがしか思うところがあるようだった。
「って春歌って呼んでいいよな?アルスも奈留もみんなそう言ってるからさ。ははっ」
一方のケンタはそのようなハルカの心の機微などおかまいなしに、いつものケンタ独特のお軽い調子は変わらないのだ。
「まあ構いませんが・・・では私のほうも・・・貴方のことを健太と呼んで・・・でよろしいでしょうか?」
オレは、ハルカが『ケンタ』と言わねばならぬを言いよどむところを見て彼女自身が、異性に対して親しみこめて下の名前で呼ぶことに慣れていないのかもしれない、とオレは思った。
「おうっ春歌。俺のことは健太って呼んでくれ。それに俺はアルスランのこともアルスって呼んでるしさ。ははっ」
ケンタは人懐っこい笑みを浮かべたのだ。ケンタのこのような人懐っこく、誰でも臆することなく話しかけ、人の心の中にすっと入っていけるところをオレは少し羨ましく思う。オレは王子として臣下達に育てられたのだ。動揺や怒り、悲しみをすぐに外に現すようでは忘恩の者どもや奸計を働く者どもに付け入られ、国を滅ぼす王になるとして慎むように教えこまれたのだ。
ふと、物思いから我に返り、ハルカとケンタのやり取りに意識を向けた。
「分かりました。では私も、貴方のことは健太と呼ばせてもらいますね、健太」
「よろしくな、春歌っ」
「はい。よろしくお願いします、健太」
そのやり取りを脇で眺めていたナルがふぅっと、自然にハルカとケンタの会話にまざっていく。
「じゃあ春歌。私のことは『奈留さん』じゃなくて『すばらしい奈留様』と呼んでみて?」
「分かりました。では私は奈留さんのことはこれまでどおり、奈留さんとお呼びしますので」
ハルカはナルの言葉をさも当然のように受け流したのだ。
「『すばらしい奈留様』・・・」
「本当にずっとそう呼べばいいんですか?」
「・・・―――」
ナルはじぃっとハルカを見つめていたが―――オレには少しづつナルという女子を解るようになってきたのだ。それはナルの心の機微というもので、オレがナルという女子と接した半年という時は伊達ではない。
ふむ。ナルの目と銀色の眉がわずかに動いたのが分かったのだ。おそらくナルはハルカの問いに、いろいろと彼女なりの思惑を巡らせながら考えているのだろう。
「場を和やかにするために言った冗談のつもり、今までどおり『奈留さん』とよんでくれていいよ、春歌」
「解っていますよ、奈留さん」
「うん」
ナルはこくっと頷くのだ。
だが、そのようなナルとハルカの親しき仲に、ケンタが『ニコヤカ』な笑みを浮かべながら両手をすりすりと擦り合わせナルににじり寄っていく。
「ははーッ、皆の者もひれ伏せよ。『皆の者ッ偉大ですばらしい奈留様』が歩道をお通りになられるぞ。おっと『偉大な奈留様』そこには水たまりがありまする、おみ足が濡れてしまいますぞ、『偉大な奈留様』。はわわわわわっ『偉大な奈留様』平民たるこの小剱にジュースを恵んでくだされ」
「・・・うん、春歌」
ナルはうんうん、と納得したかのように数度頷いたのだ。
「ははー『偉大な奈留様』。皆の者、『偉大な奈留様』がお通りになられるぞ・・・!! 控え、控えぇ~」
「―――ねぇ、春歌。健太のが想像以上にウザいから侮辱罪で逮捕していい?」
「い、今のが侮辱罪に当たるのかどうかは微妙なところですね。確かに毎日、顔を合わせるたびにこのように言われたら鬱陶しいですが・・・」
ハルカは苦笑交じりで言った。
「―――ん・・・これは仕方ないの」
ナルが右手をわきわきと握り開く。かの右手の五本の指に細かな紫電が走っているのだ。このナルの五本指に走る、小さな雷のような火花は紫色か黄色に見える。このナルの右手に走る小さな雷電はオレの見間違いではない。
「ふむ―――」
ケンタには、ナルの五本指に走る、あの小さな雷のような放電は見えていないのだろうか? いや、ケンタのことだ、彼自身浮かれていてそこまで視がいっていないのだろうな・・・きっと。
「健太。私と握手しよ?」
すぅっとナルがその白い手をケンタの前に差し出した。
「お? いいぜっ」
それに気づいたケンタも気前よく右手をナルに差し出す。うむ、ケンタよ。オレはお前の骨は拾ってやろう。
「びゃッ・・・!!」
ナルがケンタの右手を取ると、ケンタの身体が一瞬ビクッと震え、また変な声も出したのだ。とっさに健太は腕を退こうとしたものの、ナルにがっしりと力を入れて握られていたため、それは叶わなかった。
「大丈夫?どうかしたの、健太・・・? そんな鳴き損ねたカエルのような鳴き声出して(にやり)」
ナルがしてやったりと、にやりという、いやらしいと笑みを浮かべたのだ。
「ひ、ひどい・・・奈留たん―――。く、くそ・・・奈留たんの『雷少女』・・・め」
ケンタは、ぐはッやられた、と冗談めいた大げさな言動で胸を手で押さえた。無論、ナルは電撃を手加減したことをオレは解っている。
「『雷少女』・・・くやしいけど、なんかちょっとだけカッコいい渾名」
「かっこいいだろ? 俺さぁネーミングセンスだけは自信があるんだぜっ!!」
ケンタからオレには分からないような言葉が出たのだ。オレはすかさず訊く。
「ねぇみんぐせんす、とはどういった意味なのだ?」
「んと、アルスね。・・・あだ名をつけるのがうまいってこと」
「あぁ・・・通り名のことか」
「アルスの世界にもあった?」
「うむ、あった。名うての首領や負け知らずのどこぞの王とか、主君に悪口を吹き込むどこぞの臣下とか、そのような者に通り名やあだ名をつけるのだ」
「ふ~ん」
そのような中―――オレ達『混成隊』は、ついに出番がくるのだ。
「では、これより我々『警備局混成隊』は繁華街の街区に入ります。気を引き締めて行きましょう」
春歌の号令で、オレ達は彼女を先頭に衆人うずまく街区に突入するのだ。
「おうッ、任せてくれよなっ春歌」
「人ごみあんま好きじゃない・・・早く抜けたい」
「奇遇だな、ナルよ。オレもそう思うよ、ナル」
「うん。アルスと一緒」
オレ達は車道の横の一段高い部分で民衆の歩く『歩道』という場所を歩きながら、人が多い区画に入るのだった。
///////////
「はぁ・・・」
混成隊の隊舎に戻ってきたオレは、どおっと倒れ込むようにその柔らかく、ふかふかと尻が埋もれる黒い革張りの長椅子に腰をかけるのだった。その椅子のことをケンタは社長椅子と呼んでいる。オレがすでに警備局に協力して半年になるが、相変わらず日之国の『繁華街』の人混みに慣れないものだったのだ。
「・・・・・・・・・」
この五世界の・・・日之国の『街』というところはオレが思っていたような場所ではなかったのだ。日府はどこに行っても人が多くて、オレは人の多さに酔ってしまいそうになるのは、半年前となんら変わっていない。
「アルス、疲れたの?」
「あぁ・・・少しな」
それに街中は煌びやかで毒々しいほどの派手な色合いの看板や装飾の建物がありすぎて―――その光景たるは草原の地で生きてきたオレにとっては眩しすぎるのだ。それに高い建物が多すぎて青い空も緑に萌える草原も山も何も見えなくて寂しいのだ。
「アルス、紅茶だけど飲む・・・?」
「・・・悪いなナル。飲ませてもらうよ」
「ん、どうぞ」
「ありがとうな」
オレはナルから、開栓済みの缶に入った紅茶を受け取った。
「んく・・・」
牛乳入りの紅茶をゆっくりと味わうようにそれを口内に流し込む。そのような日府だが、この日之国の飲食物の味はどれも美味いものばかりなのだ。だが、えぐいほどの旨味のある食べ物もけっこう多い。オレがぱっと思い浮かべたものとして、以前ナルがぱりぱりという音を立てながら食べていたもの。ナルに訊けば、芋を薄く切って油で揚げた菓子であるということだ。もう一つ思い浮かぶ食べ物として、肉をパンとパンで挟んだ食べ物、ハンバーガーという食べ物だ。―――あのような美味い食べ物はオレが今まで生きていたエヴルバリクにはなかった。
「―――」
オレは物思いに耽るのを止めて、缶を傾けてその中身を飲んでいるナルのほうに視線を向けたのだ。
「(ちびちび)・・・」
ナルは両手で缶を包み込むように握りしめ、ちびちびとその中身を飲んでいたのだ。
「・・・・・・」
ナルのその缶入りの飲物を飲む仕草が、かわいいと思うのはオレだけだろうか。
「アルス?」
オレの視線にナルが気づいたのだ。
「・・・いや、大したことではないよ」
「??」
ナルは小首を傾げるのだ。
「・・・エヴルバリクのお茶チャイより美味い飲物かもしれぬな・・・この口当たりは」
かわいいと思ったオレの気持ちをナルに極力悟られないようにしながら、オレは缶入りの紅茶を喉に流し込んでいくのだった―――。
「ふい~すっきりしたぜ」
その気の抜けた声と共に扉ががちゃりと音を立てたのだ。それに続いて、つい先ほどオレ達と別れて野暮用に行っていたケンタが遅れて帰ってきたのだ。
「春歌はどこ?」
「おう奈留、なんか諏訪さんに今日の報告をしに行ったわ」
「ふ~ん」
「それより今日は疲れたよなぁ、街中歩きまわってさ~」
「それは確かにな」
オレもケンタのこの発言には同意できたのだ。
「よっと・・・」
ケンタはこの隊舎の室内に置かれている鉄製の椅子に腰かけた。そのケンタが腰かけた椅子はパイプ椅子という名であるということを以前、ナルに教えてもらった。
ケンタの椅子に座る様子を一瞥したナルは、とことことオレのほうに歩いて寄ってくる。
「・・・私もその社長椅子に座ってもいい?アルス」
「よいのではないか?」
ナルよ、オレの許可を取らなくてもよいのだが・・・?
「じゃ失礼するね、アルス」
「―――・・・」
ナルがオレに背中を見せ、腰をかけようとして後ろ向きに立っている場所は、オレが腰かけているところの真正面で、どうとってもオレの膝の上に座ろうとしていたのだ。ふぅっとオレはそう思いつつ、口を開くのだ。
「・・・では、ナル。オレも少し失礼するぞ」
オレの膝の上にちょこんと座ろうとした、ナルの女性らしくくびれた腰をオレはがしっと両手で捕まえたのだ。
「・・・ッ(ビク)!!」
ナルが驚きに身体を震わす小さな震えが、自身の両手にも伝わってきたが、構わずオレは実行する。
「よっと・・・!!」
オレの膝の上に座ろうとしているナルの力をうまく利用し、彼女自身を横にずらすようにオレの隣に座らせたのだ。もちろん、ナルをどさっと強く座らせないように気を遣いながら、優しく力加減を考えているのだよ。
「―――」
さすがにオレの膝の上にナルを座らせるなど、彼女との関係はそのようなものではない。それにこの場にはケンタやじきにこの隊舎に帰ってくるであろうハルカ。このようなところでナルを膝に座らせている光景を見せてしまえば、オレとナルとの関係を、ハルカとケンタに誤解させかねない。だが、決してナルが嫌いというわけではない、言っておくが。
「ナル?」
「・・・・・・―――」
ナルはそうして俯いて黙り込んでしまったのだ。まさか、先ほど、オレが腰を触ってしまったことでナルを怒らせてしまったのだろうか?
「言っておくが、・・・なぁ・・・そのナルがオレの膝の上に座ろうとしたからだぞ・・・? オレが、ナルに触れられるのが嫌で、それで膝の上に座らせなかったわけじゃないからな? そこのところを誤解しないでくれよ・・・?」
オレは親しき者に接するような砕けた言い方でナルに声をかけたのだ。
「うん・・・」
「その・・・すまないな。ナルに嫌な思いをさせてしまったようだ」
「・・・(ふるふる)」
彼女はオレに分かるように、頭を横に何回かふるふると振ってそれを否定したのだ。
「―――・・・」
「ううん。嫌じゃないよ・・・アルス」
「そ、そうか」
ナルの小さな呟きにオレもそう答えるのだった。
「・・・うん」
そこで、ごほんっと、すかさずケンタの咳払いが入ったのだ。
「ま、俺としては巡回中にこうなんかやばい事件でも起こるかなぁと思ったんだけどさ。まさに今、この隊舎の中で『接触事件』が起こってるぜ―――」
「・・・・・・・・・」
ケンタのやれやれといった声が聞こえた気が・・・した。いや実際には聞こえてるのだがな。
「あ、まだ休憩が一時間以上あるじゃねぇか―――」
ケンタはこの詰所に置いてあるテレビというものをぽちっと点けたのだ。
「健太。な、なに見るの?」
ナルは努めて普通に冷静に、テレビを点けたケンタに訊いたのだ。
「あぁ、うん。昨日の夜に録っておいたアニメ。俺が今ハマってる『おれおの』っていう深夜アニメでさ」
「ふ~ん。健太は『おれおの』にハマってるんだ」
どうやらケンタとナルはその『おれおの』なるものを識っているようだ。無論はオレは知らない。
「『おれおの』とはいったいなんなのだ、ケンタよ」
「えっと、今、日府で流行ってる深夜アニメだってば。『おれの斧が異世界でホラをふきまくるんだがっ!?』っていう作品名でさ。原作が小説で、それでアニメ化したんだけどさー。見てみたら俺的におもしろくてさぁ」
「ふ、ふむ・・・」
「主人公で『シューヤ』って名前のやつが異世界に転移するんだけどさ。『主人公シューヤ』が持っていた斧も一緒に異世界に転移しちまうんだ。その異世界で、主人公が持ってきた『斧』が、斧の姿のまま人格を得て、しゃべりのおっさんみたいに喋りまくるようになってさ。主人公がその『斧』の言うとおりに行動するだけで、異世界女子達と仲良くなっていって―――」
「―――」
「んで、その主人公が転移してきた異世界はギルド制度が発達しててさ。主人公は喋る斧と、その異世界で仲良くなったヒロイン達とパーティーを組みながら、ギルドからの依頼をこなすことで生活費を稼ぐんだ。そうそう、ときにはヒロイン達の悩みを解決したり、強敵と渡り合ったりしながら―――かくかくしかじか」
健太の講釈は終わりなく続いていくのだ。そのとき、ナルが黒い社長椅子から身を乗り出したのだ。
「えっと、その回から『聖剣(美少女)』が登場するんだったっけ?」
「え?奈留たんもこの作品知ってんの?」
「うん・・・」
ナルはこくっと肯いたのだ。
「前に途中からだけど、アニメを見た。(ふんすっ)やっぱり、あそこで『斧』の妹が『聖剣(美少女)』っていうのは無理があったと思う」
「え?そうかぁ奈留たん? 俺的にはほら、あの『喋る斧』と『聖剣(美少女)』が同じ鉱石から作られてたってことが判ったときには、あぁなるほどなって俺は思ったんだけど?」
「そう? あの『聖剣(美少女)』、という人物の登場自体が絶対作者の後付けだと思うけど、私は」
「そっかなー。なぁ、アルスはどう思う?」
「なんの話だ?」
「え?聞いてなかったのかよ、アルス」
「す、すまぬ」
ただオレは、ナルとケンタという二人の会話についていけなかっただけなのだ。『おれおの』『喋る斧』『擬人化』などと言われてもオレには解らぬよ。
「だから、アルス。―――あ、『おれおの』始まった」
「やっぱアルスにも見てもらおうと思ってさ、俺かけたわ」
「アルスも一緒に観よ?」
「う、うむ」
オレはナルに促されて、ケンタが点けたテレビという記録映像を三人で見ることになったのだ。うむ、そのあとどうなったかと言うと、しばらくして帰ってきたハルカはケンタに、公務中に何を遊んでいるのですか、とはじまり、ケンタはくどくどと説教をされるはめになったのだ。
ナルは何も言わず、我関せずを貫き通していたのだがな―――
///////////




