第二十二話 警備局『混成隊』始動
第二十二話
―――ANOTHER VIEW―――
警備局の棟内には常設された喫茶店がある。会合の休憩中に諏訪 侑那は塚本 勝勇に、ちょっと喫茶でも、と誘われたのだ。店内にて流れるゆったりとした曲調の音楽に合わせるかのように、彼塚本 勝勇と彼女諏訪 侑那の言葉は紡がれていた。
「・・・あの子がもう恋するお年頃になっているなんてねぇ・・・」
侑那は珈琲が入った杯を傾けながらしみじみと呟く。
「そうかい侑那? もう奈留は警備局学校の二年生だよ?」
対する勝勇は、意外そうに呟いて彼も珈琲が入った杯を傾けた。
「だって私は貴方と違ってずっとあの子の傍にいたわけじゃないもの。・・・それに私はいつも奈留ちゃんに避けられているみたいだし・・・」
侑那は視線を少しだけ伏せて、残念そうにふぅっと軽く息を吐き出した。
「あぁ・・・でもそれは―――」
「それは?」
彼女の視線はふたたび勝勇を捉えた。
「任務以外での会話に、うん、たぶん奈留は侑那に対してどう接していいか、つかめてないだけだと思うけど」
「だといいんだけどね・・・」
彼女はふたたび杯を傾けると、口の中を潤すように一口分の珈琲を飲んだ。
「お母さんの愛莉ちゃんに手を引かれていたあの奈留ちゃんがいつの間にか学生部隊に入隊しているのよ? 塚本くんは想像できた?」
「子供の成長は得てして早いものだよ―――侑那」
「うん。そう、それに奈留ちゃんって絶対お父さん似よね? ふとしたときに奈留ちゃんの顔を見てね、あの子のあの目つきとか顔立ちと髪の色が―――。いつもそう思うの、お父さんの信吾くんにそっくりだなぁ、だって」
「それはもう、くくく・・・どう見ても奈留はお父さん似で信吾にそっくりだよ・・・ハハハ」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・侑那、きみの考えが知りたい」
「考え?というと」
勝勇は侑那から視線を外すと、机の上で組んでいた自身の手を見つめた。
「侑那は日之民の少女と月之民の少年の恋愛はどう思う?」
「それ、あの子達のこと?」
勝勇はその視線を侑那へと戻したのだ。
「そうだよ。奈留はアルスランくんにとてもなついているからね」
「・・・まぁ、彼は日之国にとって危険人物じゃないと思うし、人格的にもいいほうだと思うけど?」
「そっか、ありがとう侑那」
「ふふふ。いつもそれ言う、塚本くん。はい、これ」
そこで侑那は内ポケットから一枚の、カードのようなものを取り出した。それは首にかける紐つきの警備局の身分証だ。
「どうも侑那」
「それより見てみて、その身分証」
「―――あれ?僕の身分証が役職就きになってるけど? 一般隊員と同じ身分証明書じゃないんだね・・・?」
勝勇は物珍しそうに、その侑那から渡された身分証明書を裏返したり、透かしたりしたのだ。
侑那は、勝勇の様子を見ながら、そこで珈琲が入った杯をテーブルに置いた。
「『転移者』が日之国にいる以上は日之国日夲の法令に則って保護と監視は続けないといけない。でも、今回はそれを塚本くんがかってでてくれたわけよね。それに塚本くんの過去の功績と警備局への貢献も鑑みれば、管理職に就けるのが相応しい、という私達警備局上層部の判断なの」
「へぇ・・・僕の貢献ね・・・なるほど。ま、でもそんな僕の昔話は置いておいてさ。アルスランくんと健太くんは稀有な転移者だ。・・・だからこそ僕は第六感社の動向が気になっているんだ」
「『第六感社』ね、私もよ」
侑那は警備局内とはいえ、この喫茶店内にいる他の人々には聞こえないように小さくその企業名を呟いたのだ。
「侑那、奴らは必ずまた『転移者』を狙ってくる。前もそうだった。昔、僕達の任務を散々邪魔してくれた彼らがそう簡単に方針転換をしているはずはない」
「塚本くん―――」
侑那が彼のその『顔』を見るのはずいぶんと久しぶりのことだった。昔、四名で精鋭の部隊として日之国内で任務を行なっていた、あの頃の塚本 勝勇の眼差しを彼女侑那はずいぶんと久しぶりに見たのだ―――。
ややあって勝勇が口を開く。
「僕は奈留が幸せになってくれることだけが望みなんだ。だから奈留の願いはできるだけ叶えてあげたい、そして障害は排除する。あの北西戦争の後、帰ってこない親友の娘を引き取った僕はそれだけを誓って今まで生きてきた」
「最初、塚本くんが奈留ちゃんを引き取るって言い出したときはびっくりしたけどね、ふふ、塚本くん、しっかりお養父さんしてるじゃない?」
「ふっ・・・『お養父さん』ねぇ。侑那、僕はお養父さんと呼べるほど立派な人間じゃないけれど―――君にそう言ってもらえて、少しだけほんの少しだけ・・・嬉しいよ。どうして僕はあのときあいつらを戦場に行かせてしまったんだろう―――って」
「―――あんまり自分を責めないで塚本くん、私にも責任はあるから・・・」
「でも・・・僕の一方的な罪滅ぼしに君まで巻き込んでしまった。ごめん、侑那」
「それもいいの―――」
「ほんとうにごめんよ、もし奈留が僕の手を離れたら僕は、きみと・・・。いや―――」
勝勇は口を一文字に結び、それ以上のことを言わなかった。
「ごめん。そのときがきたら、きちんときみに話すよ、侑那」
「塚本・・・くん―――」
ANOTHER VIEW―――END.
・・・・・・
―――ANOTHER VIEW―――
「よう、一之瀬・・・」
男は、気だるそうにしている表情とその声色を隠そうとはせず、境界警備隊の同僚の少女の姿を見つけると声をかけたのだった。
「おはようございます、定連 重陽隊長」
自分の名前をよく知る人物から呼ばれた春歌は、自分の先輩である隊長の姿を認めた。春歌は歩みを止めて背筋を伸ばし、定連 重陽という人物が近くまでやって来るのを待つ。
「諏訪局長から聞いたぜ?お前も大変だな。『転移者監察官』及びその『混成部隊』の統率の責を任せられたんだって?」
春歌に、定連 重陽隊長と呼ばれた青年は立ち止まっている後輩の隊長である一之瀬 春歌に追いつくと、横に並んだのだ。
「はい。ですが私にとってその任はとてもやりがいのある公務ではありますよ?」
「だな、お前ならそういうと思ったぜ。でもなぁ、もし俺がお前と同じようなことを言われたら無理だろうなぁ。自分の隊だけでも精いっぱいの俺だしな。両方やれと言われても、そう簡単にはできねぇーよ・・・俺にはなぁ・・・」
男はやれやれといった表情で、はぁっと息を吐いたあと虚空を見上げた。
「あれ?定連さんは聞いていないのですか? 私はこの任務にあたって一時的に自隊の統括権を副隊長二名に与え、彼らに隊長代行させることになったんです」
「ほう・・・」
春歌の言葉に定連の目に生気が戻った。
「はい。ですから、私は自隊の統括を離れ、副隊長二名に辞令を下すのみです」
「お前それ、出世街道まっしぐらじゃねぇーか・・・!! なんか俺、後輩のお前にいつの間にか抜かれてる気がするわ・・・」
「そ、そんなことはありません・・・!! え、えと・・・私は『稲村 敦司』の件がありましたし、一括するようにと『転移者』案件を諏訪局長に押し付けられたようなものですよ!!」
「それ、自慢かぁ?一之瀬。俺は安い自慢は受け取らねぇ主義なんでな」
「え、えと自慢ではなくてですね、そ、そうッ定連 重陽隊長がいなければ警備局境界警備隊は回りませんよ・・・!!」
「そうかぁ?」
「え?何を言われるんですか・・・!! 違反者をばったばったと検挙し、また情に厚い定連さんの手で立ち直った少年少女達は数知れず、隊員達みんなが定連さんを慕っています」
「でもな、俺。諏訪局長に頼りにされてる実感ねぇんだけどな。やっぱ俺の風体が怪しいんだな」
「い、いえっ定連さんは。ぱっと見、危なそうと言う人もいますが、私はそうは思っていませんよ」
「やっぱり俺ってそう思われてるんだな・・・」
定連はがくっと肩を落とす。それは目に見えて力なくふぅっとうな垂れるというものに近いと思われた。
「ち、違いますって!! 任務の時の定連さんはとても頼れる人なので」
「ありがとよ一之瀬。そう言ってくれるのはお前だけだよ」
「そ、そんなことはありませんよ・・・!! 他の隊長達もきっと、えぇそう、私と同じように思っていますよ・・・!!」
「・・・。まぁ、なんだ。もし、なにか問題があれば俺に言ってくれ。先輩隊長として少しぐらいは力になってやるからよ」
春歌に、定連 重陽隊長と呼ばれた男は半眼でだるそうにしながら、後輩の一之瀬 春歌にそのように申し出たのだ。
「はい、そのときは定連さんに相談させてもらいます」
「おう、まかせとけ。じゃあな一之瀬、俺、任務行ってくるわ」
それぞれの向かう先の途中で別れても、彼の気だるそうな口調は変わらないのだ。それがこの定連 重陽という名前の男なのだ。
「はい、では―――ご武運を」
「おう」
ANOTHER VIEW―――END.
―――Arslan VIEW―――
「小剱さん、公務に当たってこの防弾防刃衣を着用するのが規則となっています。サイズはそれぞれ合うものがあると思いますので、自分の大きさに合うものを着用してください」
「はい。一之瀬隊長―――!!」
ケンタは元気よく返事をすると、がさごそと自分に見合う防弾衣を探し始めたのだ。
「えっと・・・どれがいいかな、いいかなぁ♪」
鼻歌まじりのケンタを見ながら、オレは今日という日はなにを成すのか、思い起こす―――
「―――」
今日はオレ達、ハルカとナルそしてオレに、ケンタを初めて加えての公務なのだ。座学で『境界警備隊』の公務の概要をハルカが率先してケンタに教え、―――基本は首府である日府とその周辺の日和の街の巡察と風体の怪しい者への声かけ―――を行なう。
「ん、ん? これはどんな感じ?」
ケンタはその服の手触りを探っているようだった。
「―――」
オレも本当にこのような薄い服でハルカが言うような斬撃などを防ぐことができるのだろうか?と、それは初めにオレも思ったことだ。
「どうだ、ケンタ?」
思わず、オレはケンタに声をかけたのだ。
「うおすっげーアルスッ!!」
「ど、どうしたのだ?ケンタ」
いきなり自分の名前を大声で叫ばれてオレは少し驚いたのだ。うむ、少し引いてしまいたいような思いに駆られるではないか。
「防弾防刃衣ッマジでッ!?なんかほんとに特殊部隊って感じがするぜッ!!」
「そ、そうか・・・そうだな」
「なんかテンション低いなぁアルスってば」
「て、てんしょん?」
それはどういう意味だ? そんなオレをよそにケンタはかなり興奮しているようだった。
「健太浮かれすぎ。この日之国ではこんな『服』はありふれた物だから」
見かねたナルが割って入ってくれたのだ。
「んなこと言ったってよー、奈留たん。こんな防弾衣なんてものは俺がいた日本オタクスタン国では特殊部隊か国を護ってくれる部隊しか着ないものだったのッ!! あ、でも二次元ではわりと着てるよ!!」
興奮した声でまくし立てるケンタを横目に見ながら、オレはその服を確かめるように触っていく。
「・・・―――」
オレは、本当に初めてこの上衣を見たとき、このような服で本当に斬撃などから身を護れるのか、と不信に思ったものだ。
「アルスどうしたの?そんなにそのチョッキをじっと見て」
「あ、いや。最初にオレが境界警備隊に入隊したときのことを思い出していたのだ、ナルよ―――」
「ん?―――あのときアルスは『本当にこのような服で敵の斬撃や射撃を防げるのか?』って言ってた」
「そうだ。だが、それは本当のことだったのだ」
「うん。だってこの服はアルスがよく知っている鎧のようなものだから」
「そういうものだったのだ。オレは実際にこれを着てみて解ったよ」
そのときのこと経験してからオレがますます彼女達の言葉を信用するようになったのは言うまでもない。
「アルスラン」
思案顔のオレとナルの会話にハルカが割って入ってくる。
「もっといえばこの防弾防刃衣というものは貴方がいた中世にあった鎖帷子や挂甲、鎧から発展したものなのです」
「・・・ふむ」
「もう一度、以前やったときように、その防弾防刃衣の強さを試してみますか?」
いやいい、とオレは断りを入れながら―――ナルやハルカが『大丈夫』だと言っているのだ。オレはとっくの前に彼女達を信じようと思っている。
「だがオレは、自分が生きてきた世界が中世だと言われても全然ピンとこないのだがな・・・」
「―――」
オレは苦笑しながらその防弾防刃衣を着こむのだった。
「わわっ一之瀬さんっこれどうなってるのー!?」
「ハルカよ、ケンタが呼んでいるぞ?」
「―――そのようですね」
ハルカは踵を返すと、防弾防刃衣の違うところから首を出して、ごそごそもがもがと、もがいているケンタの元に向かったのだった。




