第二十一話 警備局『混成隊』結成
第二十一話
―――ANOTHER VIEW―――
警備局本局の局舎最上階に到着したエレベーターの扉が開いて、その箱の中から二人の人物がその姿を現した。
「―――・・・」
そのうちの一人、男のほうはその最上階の光景を一目見て、思わず立ち止まってしまったのだ。目に入りたるその懐かしい光景は、彼塚本 勝勇自身の過去をますます思い起こすものだったのだ。
「塚本さん?」
塚本と一緒になってエレベーターを上がってきた一之瀬 春歌は振り返ってその男塚本を見た。
「懐かしいな・・・と思ってね」
「・・・・・・」
一之瀬 春歌はなにも言わずに塚本の顔を見るだけだった。
「ごめん、行こうか春歌くん」
ふっ、と彼は柔らかい表情になり、またふたたび歩みを進めるのだった。
二人春歌と塚本は最上階にある局長室の扉の前でその歩みを止めた。春歌の右こぶしが軽くコンコンとその局長室の扉を二、三度叩く。
「諏訪局長。一之瀬 春歌です、入室してもよろしいでしょうか?」
「いいわよ、入って」
「失礼します」
「ん―――?」
諏訪警備局長は春歌以外の複数の足音が聞こえてくるのに気が付いた。それに違和感を覚えて手元の書類から目を離してふと視線を上げた。そこにいたのは、自分がよく知る人物だった。
「あら、塚本くんも一緒だったのね」
彼女諏訪 侑那の視線は、自分の直属の部下春歌とその後ろに静かに佇んでいた塚本 勝勇を捉えていた。
「―――や、侑那お久しぶり。僕の提案の所為で・・・いろいろごめん、迷惑かけたろう?」
「・・・ふ。ふふふ、そんなことはないわ」
諏訪 侑那は柔らかく笑う。その笑みは公人としての笑みではなく、親しみをこめた私人に対しての笑みである。
「いや、それでもごめん。・・・それはそうと、僕が書いた『報告書』と『提案書』は呼んでくれたかい?」
「読んだわ」
「その件について侑那の意見を聞きたいんだ―――」
「ちょっと待って、焦り過ぎ。慎重派の塚本くんらしくないわよ。ま、取りあえず座って、ほら春歌が当惑してる」
「・・・そうだね。報告書と提案者を書いていたら、昔のことを思い出したんだ。それでついつい嬉しくなって。ごめんごめん僕としたことが」
そこで塚本はそこにあった適当な椅子に腰かけたのだ。その様子をみて春歌も椅子に腰を下ろした。
「まずは春歌。貴女の案件だけど」
「はい」
「まぁ、あの二人。リラっていうイルシオン人の女の子とあの機人の女の子に関しては、入境管理法に基づいて日之国入境許可証は出せそうね」
「ありがとうございます、諏訪局長。彼女達に、日之国の入境許可証を発行します、と言った手前、発行できなかったらどうしよう、と内心焦っておりました」
「それは良かったわ。あとはあの二人が日之国から出境するまではしっかりと行動の把握をしておかないと」
「はい。それに関しましては、彼女達には同意の上で位置情報が判る端末を渡しておきました」
「ありがとう」
「諏訪局長。それとですね、リラさんからの情報でですが、イルシオンでなにかの動きがあったようです」
諏訪 侑那はすぅっと真剣な表情になった。―――それは、十二年前にイニーフィネ帝国の大規模侵攻により、魔法王国イルシオンが滅んだからだ。
「魔法王国イルシオン―――現在のイニーフィネ帝国領イルシオン総督府で動きが? その動向についての話を春歌は訊いた?」
「はい。しかし、彼女リラさんにも詳細は判らないそうですが、旧・魔法王国イルシオンのタワンナ候国領にて自らを『シン』と名乗る勇者が突如としてイニーフィネ帝国に対して反旗を翻したそうです。その『シン』と名乗る勇者は単身でタワンナ候国領を支配するイニーフィネ帝国の総督の一人を打ち倒したそうで―――」
「・・・単身で総督を!?・・・まさか」
諏訪 侑那の眉間に皺を寄せた。それは、偽情報かもしれないと、疑っているのだ。
「はい、私もです諏訪局長。そこでリラさん達はその真偽を確かめるべく、すぐに旧・魔法王国イルシオンに向かうそうです。しかし、もう一人の日之民と同系の転移者の稲村 敦司ですが、彼も二人についていくと言い出していまして―――」
「そうね、私も聞いたわ。『転移者』の彼稲村君の言い分・・・。私としては稲村君にはこの日之国に残ってほしいのだけど」
「それは難しいかもしれません。稲村さんは、この五世界に転移してきたときに離ればなれになった友人達を捜し出すと頑なに言っていまして、我々警備局の定住案を頑として聞いてくれませんでした」
「はぁ・・・」
諏訪 侑那は困ったように大きなため息をついた。
「さっさと友人達を見つけ出して、このような物騒な異世界から早く元の世界に帰りたい、と稲村さんは言っています」
「仕方ないわね、稲村君の意志を尊重してあげて」
「分かりました、諏訪局長」
「次に塚本くんの提案の『転移者』小剱 健太君の境界警備隊入隊希望に関してだけど、私も塚本くんの提案に乗るわ」
「本当かい、侑那?」
塚本の顔がぱぁっと明るくなった。いつも哂うような笑顔ではなく、本当に童心に返ったときのような笑顔だった。
「貴方の考察、読んだわ。私も塚本くんの考えと同じで『転移者』は私達警備局の手元に置いておいたほうがいいと思うの。いつどこで第六感社やその他の非合法組織に狙われるか分からないもの」
「うん、僕もそう思う。過去にも何度かあったしね」
「えぇ」
「はいどうぞ、侑那」
ちょうど塚本はその羽織った上着のポケットから少し冷めた缶コーヒーを取り出して、彼女諏訪 侑那にわたしたのだ。
「気が利くわね、塚本くん」
「きみの好みの温度はまだ覚えているつもりだよ、僕は」
「あら、そう? もし私好みの温度が変わっていたらどうするつもりだったの?」
「それは、そうだね・・・―――どうしよう。たぶんきみが歳を食ったということかな・・・っくくく」
彼のその発言内容にすぅっと興が冷めたようで、諏訪 侑那の眼が細くなる。
「―――・・・はい、減点。じゃ歳を食った塚本くんにはまた実行部隊に戻ってもらおうかしら」
「くくく・・・今の僕はしがない警備局学校の寮監だよ?」
「ったく、よく言うわ」
「あの、諏訪局長・・・」
「ん?どうしたの、春歌」
「諏訪局長と塚本寮監は確か同期だと聞いたことがあるのですが、どういった経緯でそこまで親しくなったのでしょうか・・・?」
「―――」
塚本は無言を貫いて諏訪 侑那に視線を向けた。
「知りたい?」
塚本と視線を合わせること数秒―――諏訪 侑那は塚本から視線を外して今度はニヤリとした笑みを浮かべて自分の直属の部下である春歌を見つめた。
「ッあ、い、いえ・・・」
上官のそのニヤリとした意地の悪い笑みを認めた春歌は、藪を突いて蛇を出してしまったのではないか、と思った。
「ほんとに?」
「まぁ、はい。でも個人的には興味はあります」
「でもそれは塚本くん、しだいかな・・・?」
「ふぅ・・・まぁいいよ―――」
塚本は苦笑交じりだった。そうして彼は春歌に視線を送る。
「ただし春歌くん。他の隊員達には秘密にしておいてもらえるかい?」
「はい、それはもう。職務で知り得た秘密を言いふらすほど私は愚かではありません」
「そっか、それならいいよ。侑那」
「分かった、ありがと塚本くん」
その言葉を言いながら諏訪局長は春歌を見たのだ。
「塚本くんが昔、警備局境界警備隊員だったってことは知ってるわよね?」
「はい。私達、境界警備隊の中では知らない人はいないんじゃないでしょうか・・・?」
「もう十五年以上前のことかしら―――」
「正確には十八年前だよ、侑那」
「・・・なつかしいわ。私達は境界警備隊の同期で、塚本くんが警備局学校の寮監に異動になるまではずっと同じ隊だったのよ」
「へぇ・・・」
一之瀬 春歌は自分の上官の話を食い入るように聞いていた。部下の視線を全く気にせず、彼女は虚空を見つめながら、その懐かしい若き日の思い出にひたっているのだ。その様子を見て今度は塚本が口を開く。
「それより前の警備局学校在学中に僕と侑那は同じ学生部隊に配属されてね。最初に顔を合わせたのが二十二年前だったはずだよ・・・。優秀そうな女の子だけど、うわっなんかきつそうな感じの女の子だなぁってのが、初めて侑那を見た僕の印象―――くく」
「あら、そんなことを思っていたのね、塚本くん」
「まぁ、でも・・・そんなことはなかった、かな? ・・・くくく」
「・・・諏訪局長と塚本寮監、二人の出会いは学生部隊のときだったんですね。私のことではないのに、そのような方が私の上司だったなんて―――私は誇らしく思います」
「本当は僕と侑那二人だけじゃないんだ、春歌くん―――」
塚本は悲しそうに視線を伏せ、眼鏡をくいっと押し上げた―――。
「え・・・?」
「僕と侑那には他に大切な二人の仲間がいたんだ―――でも彼らはもうここには帰って来ることはない」
「塚本くん・・・」
塚本の言葉に諏訪 侑那の表情も翳る。
「だから僕は実行部隊を辞し―――、寮監になったんだよ。今の僕は、あの二人が儲けた子が幸せになることだけを願って生きているんだ―――」
ANOTHER VIEW―――END.
―――Arslan VIEW―――
「・・・・・・・・・」
ケンタの事情聴取からすでに数日が経っていた。
オレ達三人、つまりオレとナルとハルカは警備局の頭目であるユキナに呼び出されたのだ。呼び出された場所はユキナがいつも詰めている最上階にある局長室だ。今日オレは初めてこの部屋に入るのだ。
「・・・・・・」
そこはエヴルバリクにあった謁見用の天幕の室内とは趣が違うが、局長室という部屋の中は赤色を基調とした絨毯が敷かれていたのだ。壁には刺繍画の代わりに紙に描いたと思われる一枚の絵画が掛かっていた。
「・・・アルス?」
オレが物思いにふけっているのをナルに気づかれていたようで、そんなオレをナルが見詰めていたのだ。
「いや、なんでもないよ。ただどの椅子に座ればいいのか分からなかっただけだ」
赤い高級そうな絨毯の上には円卓が一つ置かれており、椅子の数は六つあったのだ。
「ッ」
「アルスこっち」
オレの手を取るナル。ナルの手は柔らかくて暖かかったのだ。
「う、うむ・・・」
オレはナルの手に引かれて、入り口から見て右のほうの席に腰を下ろした。
「侑那まだ来ない・・・」
ナルはジト目でそう呟いた。
「仕方ありませんよ、奈留さん。諏訪局長はいろいろと忙しいのですから」
同室にいるハルカが奈留をなだめる。
「くわぁ・・・」
ナルはあくびをかみ殺し、両腕を伸ばしてノビをしたまま、円卓の上に突っ伏したのだ。
「―――・・・」
そのナルのあくびをかみ殺したときに出した声とその仕草が、ネコ科の小動物のその仕草になんとなく似ていて、かわいらしく思ったのだ。
「そもそも塚本と健太が張り切りすぎてるのが悪い。春歌も会ったでしょ?健太に」
ナルは机の上に突っ伏したまま、顔だけをハルカのほうに向けてだるそうに言ったのだ。そしてその流し目の視線は、やれやれ面倒くさいことを押し付けられて、と思っているに違いないのだ。
「はい。『転移者』の小剱さんには私も何回かお会いし、簡単な面接を行ないました」
「うん私も。それでなんか、春歌と私で素人の健太の面倒をみるって話」
ナルは机に突っ伏したままの姿勢が辛くなってきたようで、ゆるりとその上半身を起こす。
「はい。今日はその小剱さんの入隊にあたっての話を諏訪局長と塚本寮監と私達と、それに小剱さんを入れた六人で話し合うのです」
///////////
「諏訪局長。これまでの春歌くんとアルスランくんそして奈留の三名から成る特別編成隊に健太くんを加えてみてはどうかな。健太くんも、アルスランくん同様に境界警備隊のその他大勢の中の一隊員ではなく、一個隊としてみるのは」
「確かに塚本くんが言ったとおり、そのほうが目は届きやすいわね」
「誰も知らない中に入るより、俺もそのほうがいいっす」
「そして四名全員を改めて少数精鋭部隊のような感じで再編成するんだ。その隊の名は『混成隊』としよう」
「塚本は張り切りすぎだと私は思うの」
ふと、今まで『私は関係ないし』などと、一言も発言していなかった、ナルがおもむろに口を開いたのだ。
「そうかい?奈留」
「うん。塚本の魂胆がまるっとするっと透けて見える」
「奈留には全てお見通しかな?」
「ふんっ」
「塚本くんの提案書に目を通してみて、四名の精鋭部隊だけで構成する、この『混成隊』の案。私も、どの部隊を参考にしたのかすぐに解ったわ」
「あらら・・・侑那もそう思ったんだね」
「塚本くんと私と愛莉ちゃんと信吾くんね」
「そうそう」
「っ・・・!!」
ユキナの発言、そのあとユキナがナル自身に向けた熱い視線に、ナルがぴくりと反応したのが見て取れたのだ。ふむ、さてオレはどうしたものか―――・・・そのようなやり取りを見ていてオレは思ったのだ。
///
「春歌を隊長にして、奈留ちゃんが副隊長。それにアルスラン君、小剱君」
「もちろんアルスランくんもいいよね?」
カツトシの提案にオレも肯いた。
「うむ。そなたの案にオレも賛同しよう」
「じゃ・・・次にまずは昼間の巡回班と夜警班についてだけど―――
「・・・・・・」
そのような自身もそれに加わっているのだが、そのような実行部隊の案などはオレにとっては些末なことだったのだ。そのようなことより、オレはナルの様子が気にかかっていた。
「ふむ―――」
そう。ナルは、普段のナルらしくはなかったのだ。・・・ナルはおそらくユキナの発言や彼女が自分に向けてくる視線を意識しているからなのだ、とオレは思っていたのだ。
///////////
「ナルちょっとよいか?」
「アルス・・・?」
オレはこの集会の息抜きの時間に彼女ナルに声をかけたのだ。
「ナルと二人だけで話がしたいのだ」
「・・・え? う、うん―――いいよ」
「どうしたのだナル?俯いて。具合でも悪いのか」
「―――」
彼女は無言でふるふると、まるで小動物の動作のように首を二回横に振ったのだ。
「あれ?俺を一人にするの?」
「すまないな、ケンタ。ちょっとナルに話があるのだ」
「あー別にいいけどよ。一之瀬さんもどっか行っちゃったし、一人だとなんかこの局長室に居づらいから早く戻ってきてくれよ?」
ふと気づいたのだ、ケンタは終始ハルカのことを名前ではなく、氏族名のほうのイチノセと呼称している。
「うむ」
「行こうか、ナル」
「う、うん・・・」
そうしてオレはナルを局長室から連れ出したのだ。
///
「あ、あのアルス・・・二人きりでの話ってなに?」
「う、うむ。いや大したことではないのだが―――」
だが、オレはナルに、自分が抱いた疑問を話してもいいのだろうか? それにいつも、いや以前からユキナはナルに話しかけるときだけ、妙に親密感を滲み出させたような話し方をしてくるのだ。そこから話してみるとするか。
「―――ユキナはナルのことが好きなようだな」
「・・・なんだ、そのこと―――」
ナルの目がすぅっと、まるで興が冷めたかのように。ふむおかしいな、先ほどまでのきらきらと精力に満ちたような目つきはどこにいったのだ? ―――今のナルの目は生気を感じられなくなっていたのだ。
「―――・・・」
「ナル?」
そして、ナルの目が細められ、ここにはいない遠い人を見つめているような眼差しになったのだ。
「諏訪 侑那・・・警備局局長―――、死んだ・・・ううん、まだ帰ってこないお母さんの―――」
そこでナルは言葉を区切ったのだ。それから首を緩く左右に振って―――、
「―――親友だった人・・・なの」
「・・・―――」
そのように彼女はポツリと、まるで独り言のように呟いたのだった―――。
Arslan VIEW―――END.




